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19・作戦開始

「副所長って仕事が速いですね。昇さんとは大違いです」

「そう? ま、昇よりは動けると思うけれど、まだまだだって父には言われるわ」

 二人で行ったある女性の素行調査はスムーズに進み、十九時頃にはその日の仕事はひと段落していた。

アリアは積極的に音江槇を居酒屋に誘い、お疲れ様と言ってビールで乾杯をしたところだった。

 槇は上機嫌で話し、アリアがいいタイミングでビールを勧めるので、あっという間に槇のジョッキは空いていった。

「周君は飲み込みが早いし、身軽で咄嗟の機転が利いて、この仕事に向いているかも」

「そんなに褒められると、これから失敗できませんね」

「あなたなら大丈夫よ」

「なるべく早く一人前になれるように、副所長に付いて色々学びます」

「もう、堅苦しい話しはやめましょう。折角美味しいものを食べに来たんだから」

「そうですね。じゃあ、乾杯!」

 二人は何度目かの乾杯をした。


「周君、私もう飲めない……」

「大丈夫ですか? しっかりしてください」

 居酒屋でかなり飲んだ音江槇は、アリアに肩を支えられてようやく歩いていた。

 アリアの思惑通りに槇は調子よく次々とビールを飲み干して泥酔した。

 これで音江槇の部屋へ上がりこめれば、しめたものだ。

「家まで送りますから、住所を教えてください」

「あらん、大丈夫よ」

 槇は凍りついた歩道にそのまま寝そべってしまいそうなほどよろけながら、どう見ても全然大丈夫な状態ではないのに、そんなことを言っている。

 アリアは槇をタクシーに押し込んでから自分も乗り込んで、何とか住所を聞き出し、槇のアパートへと向かった。

「槇さん、何号室ですか?」

「えぇーもう着いたのぉ? えとねぇ、一〇二だったかなあ」

 アリアは自分の力では歩けなくなっている槇を抱きかかえた状態で、タクシーを降りた。

そのまま槇をずるずると引きずるように歩き、アパートの共用の入り口ドアを押し開けて一〇二号室の前にたどり着いた。

アリアと差ほど体格の差はない槇を抱えるのはかなりきつく、玄関前にたどり着いた時には自然と大息が出た。

アパートは真新しく、モダンな造りで独身者向けのような二階建てだった。

一階でよかったと、アリアは心底思った。

「鍵は何処ですか? すいませんがバックの中を見ますからね」

 その場にぺたんと座り込んだ槇に、アリアは一応断ってから、槇の黒いショルダーバックを開けて探した。バックから鈴の音がして、神社で買ったような金色の鈴がついた鍵が見つかった。

「槇さん、こんなところで寝たらだめです。ほら、部屋へ入りましょう」

 槇はアリアが立たそうとしてもたこのようにくにゃりと座り込んでしまい、らちが明かなかった。アリアは仕方なく、槇をおぶって部屋へ入った。

「困った人。ここまで飲むかなあ、普通」

 自分が飲ませてつぶれるように仕向けたにもかかわらず、アリアは内心、文句の一つも言いたくなるほど、槇を運ぶのは重くて労力がいった。

 槇をソファにどさりと下ろし、アリアは腰を伸ばして一息ついてから部屋を見回した。

 シンプルな部屋だった。

父親である所長とは一緒に住んでいないようだ。

ソファの目の前にあるサイドボードには幾つか写真たてが飾ってあり、普段のキャリアウーマンのイメージにはあいそうもない陶器製のミッキーマウスの置物や、微笑みを浮かべている可愛らしい天使の置物などが並んでいた。

ダイニングキッチンと十帖ばかりの居間の他には、寝室らしい部屋が一つあるだけだった。

 アリアは念のため、槇がすぐに目を覚まさないか確認するのに、「槇さん、風邪を引きますよ」と、肩を揺り動かしてみた。

槇は「うん」と言って寝返りをしただけで、目を開くことはなかった。

 仕事の手間が省けた。今夜CDのありかがわかれば『音江槇に好意をよせる坂本周』なんて面倒な役柄を演じなくても済むのだ。

 部屋の中をざっと目で物色し、窓際にある木製デスクに目星をつけたアリアは、大きな音が出ないように細心の注意を払いながら、引き出しを下から順に開けてみた。

 種々のファイル、録音テープが並んでいるが、肝心のCDは見つからなかった。

ノートパソコンが部屋にみあたらない。

 ここには置いていないのだろうか。後は車の中か。それとも事務所か。

「周君、お水……」

 熟睡していると思っていた槇が突然呼んだので、アリアは飛び上がりそうなほど驚いて槇を見たが、彼女は目を瞑ったままで、アリアの行動は見られなかったようだ。

「お水ね、今持って行く」

 ことを急いてしまったか。危ない、気をつけなければ。

 コップに水を汲みながら、アリアは気を落ち着かせた。

「槇さん?」

 アリアがコップを運んできて声をかけても、槇はすうすう寝息を立てて、起きる気配はなかった。

「やれやれ。今度は本当に眠っているのか」

 アリアは槇の側にかがみこみ、顔をじっと覗き込んだ。

「周、なにやってんだ?」

 背後から突然声をかけられて、今度は本当に飛び上がった。

 振り返ると、東昇が不審そうにこちらを見ていた。とんだ邪魔者が来てしまった。

「昇さん、どうしてここに?」

「それは俺の台詞だ」

「槇さんと一緒に居酒屋へ行って、彼女が酔いつぶれてしまったので送ったところです」

「ふうん、副所長じゃなく『槇さん』ね。で、送り狼か」

「違います! 何もしていません」

 アリアがむきになって強く否定しても、昇はにやにやして、聞き入れない。

「今、キスしてただろ。いや、いいんだ。年上の彼女には黙っていてやるから。これで貸しができたな」

「貸しって……どうしてそうなるんです!」

 玄関からすぐの居間へ昇が入った時、アリアはかがんで槇の顔を覗き込んでいたところだったのだ。

確かにアリアのその後姿を見れば、そういう風に見えたのかもしれない。

でも全くの誤解だった。

「でも周、寝込みを襲うのはだめだね」

「だから……」

「何よぉ、耳元でごちゃごちゃと」

 槇がもそもそと体を起こしながら、目をこすった。まだぼおっとしているようだ。

「昇? どしたの?」

「周がお前にキ……」

 アリアは咄嗟に昇の口を押さえ、「飲みに行こうって誘いに来たんです。そうですよね、昇さん」と、言い直しながら、面倒はごめんだと昇に目配せした。

「ああ、そうそう。兄貴が見合いの後から元気がないし、ぱっと盛り上げてやろうと思って。メンバーが寂しいから槇を誘いに来たんだ」

 本当に誘いに来たのか。って十無もいるのか。

 半開きになっている居間のドアの影に、十無のコートが見えた。

 十無も今のを誤解しただろうか。アリアはそう思って、坂本周に扮していることを忘れて自然に顔が赤らんでしまい、それを隠すように俯いた。

「こんな夜中に、一人暮らしの女の子の部屋に誘いに来る? 普通」

「女の子って年でもないだろ。それに、周はいいのか?」

「失礼ねぇ。周君はいいのよ、紳士だものねーっ」

 槇は憎まれ口を叩かれても、昇が来て嬉しそうだった。少し酔いが醒めたのかまともに話しているが、槇の頬はまだ紅潮していた。

 待つのに痺れを切らした十無が、居間へ入ってきた。

「ほらみろ。時間が遅いからやめておけって言ったのに」

「兄貴はずるいよ、自分はドアの影で隠れているんだから。いっつもそうだ。兄貴は高みの見物で、都合の悪いことは全部俺のせいにする。でも、驚かしてやろうって言ったら、兄貴だって、よし! って乗り気だったじゃないか」

「いやそれは、酔った勢いで……」

 十無も昇も、もうだいぶ飲んできたようだが、話し方はいつもと変わりなかった。

だが、真面目な十無がこんな悪戯に参加するなんてことは考えられないし、多少気が大きくなり大胆になっているようだった。

「いいわよ、ここでよかったら」

 目が据わりかけている槇はにやりと笑い、「お見合いの時の話、じっくり聞かせてもらうわ」と、言った。

 アリアは十無の話を聞きたい気持ち半分、このメンバ―で飲んだらアリアだとばれやしないかと不安があるのが半分、複雑な気持ちでいた。

 日付はもう、翌日になっていた。


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