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18・妙案

「東さん! 携帯の電話番号を勝手に教えないでください!」

「何を怒っているんだ。何か不都合でもあったか?」

 翌日、アリアは事務所に出勤し、席についている調査員たちの間をずかずかと通り抜けて、奥でパソコン作業をしている昇の前に立って、真っ先に抗議した。

が、昇は全く意に介さず、アリアの方を見向きもせずにパソコンに向かっていた。

「プライベートなことを干渉されるのは嫌です」

「ああ、例の年上の派手系彼女とあの美希って娘がかち合ったのか? 悪いことは言わない、年上はやめてあの娘にしておけ」

 昇は相変わらずパソコン画面から目を離さない状態で、勝手なことを言っている。

「東さん、あの娘はあなたのお兄さんの見合い相手ですよ? よくそんな酷いことを言えますね」

「あの美希って娘、本当にオーケーしたのなら、何故その足で周に会いに行った? それに、兄貴は絶対後悔するに決まっている。今のうちにやめておいた方が兄貴のためだ」

 そう言われれば、そうだ。美希さんは何故わざわざ坂本周に会いに来たのか。ただ見合いの報告をしたかっただけだろうか。いや、違う。まさか坂本周に気持ちが移ったのか。

……だめだ、昇の言動に惑わされては。

「そんなこと、わからない、と思います」

 アリアは美希の態度を思い起こすと、確かに思い当たることがあり、強く否定できなかった。

「兄貴に遠慮することはない。好きになった方が勝ちだ」

「僕は、別に美希さんを好きなわけじゃない」

「そうか、やっぱり例の年上の彼女に頭が上がらないのか」

「東さん!」

 昇はアリアの方をちらりと見てニヤッとしたので、アリアはつい大声を出してしまった。

「周、さっきから東さん、東さんって背中がむず痒いんだよ。この前言っただろう? 昇でいいって。もう忘れたのか?」

「……すいません。でも先輩だし、昇さん、でいいですか?」

「仕方ないな。本当はさん付けもしっくりしないんだが」

 いつの間にか話しがすりかわって、アリアが謝る羽目になっていた。

話していても空回りするばかりで、昇は涼しい顔だ。

昨日何処をほっつき歩いていたのかも、結局、昇ははぐらかして言おうとしなかった。

だが、遅い時間に事務所に寄ったとき、佐藤美希に出くわしたらしいことは教えてくれた。

いてほしい時にいなくて、余計な時だけ事務所にいる。困った奴だと、アリアは昇の頭を小突きたい気分だった。

「込み入った話は終わった? もてる男は辛いわね」

 音江槇がアリアの背後から顔を出した。その時になって、アリアは事務所で作業をしている五人の調査員達がくすくす笑っているのに初めて気がついて赤面した。

全部まる聞こえだ。穴があったら入りたい。

「副所長、すいません仕事中に私語ばかり」

「そんな堅苦しいことは言わないわよ。ねぇ、周君って年上の彼女がいるんだ」

「いません!」

 槇が興味津々の顔で訊いてきたので、アリアは強い口調で即答した。

音江槇までそんなことを。アリアは内心うんざりしていたが、それが顔に出そうなのを堪えた。

 音江槇まで坂本周に興味を持っているのだろうか。まてよ、これは使えるかもしれない。

アリアに『仕事』を遂行するための妙案がふと閃いた。

アリアは硬い表情を崩して、「でも、年上の女性が好みです」と言って槇に向かってにっこりしてみた。

「いやねぇ、周君、私に気を使わなくってもいいのよ」

 槇はそう言いながらも、まんざらでもなさそうに頬を少し染めて、周の背中をドンと叩いた。

「こんなおばさんつかまえて、ゴマすっても給料は増えないぞ」

「昇!」

 茶々を入れた昇の頭上に、槇の鉄拳が降りた。

「いってー。なにするんだよ、本当のことを言っただけなのに」

「その減らず口、直さないと給料減らすわよ」

「横暴だなー。所長助けてくださいよ」

昇は後ろを振り返って、決算書類と睨めっこをしている所長に助けを求めた。

「夫婦漫才はそのくらいにして、皆さんそろそろ仕事に取りかかってください」

 と、所長は真面目な顔で注意した。

「ということで、槇、さっさと仕事しろ」

 言いながら、昇は手の平で槇をしっしっと追い払うような仕草をした。

「副所長と呼びなさいよ! その言葉そのままそっくり昇に返すわ。さ、行きましょう、周君」

「おい、待てよ。周は俺のアシスタントだぞ」

「あら、煩わしいんじゃなかったの? 今日から私のアシスタントです」

「いなきゃいないで不便なんだよなあ」

 と、昇がぶつぶつと不満を呟いているのがアリアに聞こえ、自分のことを多少は頼りにしていたのかと嬉しくなった。

だが、「書類を自分で作らないとならないじゃないか」と昇が呟いたので、面倒な書類を任せて、自分だけまた何処かへサボりに行こうとしていたのかと、アリアはがっかりした。

「じゃ、僕は副所長についていきますから、昇さんは書類頑張ってくださいね」

「ああ。周もせいぜい槇に襲われないように気をつけろ」

「口の減らない奴! 余計なことばかり言ってないで、さっさと仕事しなさい」

 アリアが返事をする代わりに、槇が昇をたしなめた。

 いいコンビだ。いつもこんな感じなのか。

憎まれ口を叩いているが、二人は楽しそうだった。昇はアリアにはここまで砕けた態度はとることがなかった。

身構えていない無防備な表情をしていた昇。きっとそれが普段の昇なのだろう。

幼馴染っていいなと、アリアは少し槇が羨ましくなった。

でも本当に、ただの幼馴染だろうか。音江槇は昇のことをどう思っているんだろう。昇はどう思っているのか。もし、ただの幼馴染以上の感情があるのであれば、さっき閃いた作戦は無理だ。だとしたらどうやって音江槇から手っ取り早くCDのありかを聞き出して盗み出すか。

事務所を出てから、アリアは足早に歩く槇の後ろについて歩いていた。

そして、歩きながら色々策を練ったが、良い案はそうそう浮かぶものではなかった。

 うまくいかないかもしれないが、とりあえずトライしてみよう。この機会を逃す手はない。

「副所長、もう少しゆっくり歩いてください。僕、まだ雪道に慣れなくて」

「あら、ごめんなさい」

 槇がはっとして、後ろを振り向いた瞬間、アリアはよろけて槇の腕につかまった。

バランスを崩した槇は、アリアの予想通り、咄嗟にアリアの腕にしがみついて、アリアはごく自然な格好で槇を抱き締めることができた。

「すいません、副所長。何処か痛めましたか?」

「だ、大丈夫よ。周君、気をつけてね」

 槇はアリアと顔を会わせずに、そう言って俯いた。

 なんとかなるかも。

 アリアは音江槇に好意を寄せる坂本周を演じることにした。


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