15・対面
東十無はさすがに見合い相手の佐藤美希のことを気にしていた。
昨夜はお見合いをすっぽかして現場に行ってしまった。肝心な時に仕事を優先してしまったのだ。
その選択が間違っていたとは思わないが、今回は見合いのために一週間の休暇をもらって旭川に来ているのに、先方に失礼だったと多少、反省していた。
十無は昇がうまく謝ってくれたのだろうかと心配しながら、ホテルの部屋から、朝一番に佐藤美希へ電話を入れた。
「あら、東君。昨日のことは気にしなくていいのよ。充分楽しかったから」
聞けば、昇ではない男が来て、意気投合してそのまま一緒に飲みに行ったのだという。
いくら十無でも、自分の見合い相手が知らない男と楽しく過ごしていたと聞けば、あまりいい気はしなかった。
「東君、焼いてくれるの?」
十無が一瞬無言になると、携帯電話から嬉しそうな声が聞こえてきた。
「行けなかったんだから、俺は何も言えません。改めて、今晩会ってくれますか?」
「喜んで」
十無は電話を切ってため息をついた。
「やれやれ。昇の奴、面倒くさがって事務所の人間に伝言を頼んだな。アリアと会えたのかも訊きたいし、事務所に顔でも出すとしよう」
十無は早速音江探偵事務所へ向かった。
十無が事務所のドアに手を掛けて開けたとたん、中から笑い声が漏れ聞こえてきた。
「いやだ、じゃあ周君は女装させられたの? 酷いわねぇ。そんなの断ったらよかったのに」
「そうもいかないですよ。それが採用条件だったから」
「お父さん、周ちゃんがあんまり可哀想よ」
「槇、仕事中は所長と呼びなさい」
十無は賑やかな声がしている事務所の奥へ黙って入っていった。
音江所長とその娘で副所長の槇、それに見知らぬ若い男が珈棑を飲みながら、衝立で仕切られた応接室で談笑していた。
「あら、珍しいお客さん。旭川へ来ていたのね。私も今着いたところよ。こちらへどうぞ」
槇が十無に真っ先に気づいて笑顔を見せ、隣へ座るよう十無に勧めた。
「お久しぶりです」
「十無君、同じ顔なのであまり久しぶりの気がしないなあ」
変わらないねぇと、十無の顔をしげしげと見ながら、所長が頷いている。
「そんなに似ていますか?」
「ああ、そっくりだ」
十無は気恥ずかしくて、頭をかいた。
「本当によく似ていますね」
所長の隣に座っている若い男も、へええと言って珍しいものでも見るような視線を十無に向けた。
「見習い職員の坂本周くんよ。いま、昇のアシスタントをしているんですって」
「昇のアシスタント?」
「でも、今日は逃げられました」
と、坂本周は眉を寄せ、笑いを堪えながら言った。
「周君は昇にもったいない。私のアシスタントをしてもらいたいわ」
是非お願いしますと、坂本周は笑顔で答えた。十無には二人がすっかり打ち解けているように見えたのだった。
槇は昇のことが好きだったはずだ。若い男の前だからって、顔を上気させるのはどうか。
十無は槇の態度に嫌悪感を抱いた。それに、坂本周という女性受けしそうな若い男も気に食わなかった。
女はどうしてああいう頼りなさそうな優男が好きなのか。もしかして、昨日の夜、昇の代わりに行った奴というのは、この男なのか。
「お見合いの彼女、大丈夫でしたか?」
十無が詮索していると、坂本周のほうから話を振ってきた。
「もしかして君が行ってくれたのか。悪かったね、昇に頼んだことなのに」
「いいえ。楽しかったです」
坂本周は屈託ない笑顔を見せたが、十無にはそれが見合いをする前から相手に愛想を尽かされた男だと、莫迦にされているように感じたのだった。
何が楽しかった、だ。普通これから見合いをするという女と一緒に飲みに行くか。女はみんな自分の方へなびいて来るとでも思っているのではないか。こういう奴は鼻持ちならない。
十無は顔には出さなかったが、男のプライドを傷つけられて陰惨な気持ちになり、坂本周に対して敵意を抱いたのだった。
こうして坂本周は東十無にとって最悪の印象を持って対面したのだった。