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12・佐藤美希

「年上のお姉さんは嫌いかしら」

「いいえ、そんなことありません」

 この状況では、そう言うしかないではないかとアリアは内心ふてくされていたが、佐藤美希の機嫌を損ねないように笑顔で答えた。

 どうして十無の見合い相手と酒を酌み交わさないとならないのか。一刻も早く帰りたい。

しかし、アリアの思いとは裏腹に、佐藤美希は直ぐに返してくれそうにもなかった。

「周ちゃんは、仕事楽しい?」

「はい、まだ見習いですが」

 先ほど名前を告げたばかりなのに、佐藤美希は早速、ちゃん付けでアリアのことを呼び始めた。

 初めて会った男に随分馴れ馴れしいなと、アリアはマイナスイメージを持った。

これからきっと、日を改めてお見合いをすることになるだろうに。

 精一杯おめかしをしてきたというが、パンツスタイルにゆったりとした生成り色のセーターで、普段着のようだった。

 お洒落と言えば、胸元の長い淡水パールの三連ネックレスと、お揃いのイヤリングをしていることくらいか。グレーのコートも、普段から着込んでいるもののようだった。

 佐藤美希はくっきりした二重の大きな瞳が特徴で、少し低めの鼻は愛らしく、話しをする度に身振りが入るので、軽くウエーブのかかったこげ茶色の髪がその度に揺れていた。

アリアと並んで歩くと、ヒールのあるブーツを履いている分、やや背が高く、学生時代は運動系のクラブをしていたのではと思えるようながっちりとした体形で、佐藤美希は全体的に見て明るく、はつらつとした印象がした。

 十無はこういう人が好みだろうか。元気一杯で好感の持てる佐藤美希は男性に受けそうに思う。

ぼんやりしていて、覇気のない自分は問題にならないなと、アリアはなんとなく自分と彼女を比べていた。

「周ちゃんは無口ねぇ。それともつまらない?」

「い、いえ。少し緊張して」

 アリアは日本酒を口にもって行きながら、慌てて否定した。

「街角でナンパした女だと思って気軽にしてよ。あ、でも、女の子に免疫がなさそうね」

「佐藤さんは、今まで付き合ったことは?」

「ねぇ、美希でいいわ。ふふ、なんだかあなたとお見合いしているようね。実は彼氏って今までいないのよ。周ちゃんはちょっと私の好みかな。って、嫌な顔しないでよ、冗談だから」

佐藤美希は、面食らっているアリアの背中をドンと叩いた。

二杯目のジョッキを空にして、早くも酔いがまわっているようで、美希の目は潤んでいた。                                      

「私、本当はこんな感じじゃないのよ。もっと静かで、いるかどうかわからない存在なの。周ちゃん、信じていないでしょ?」

 圧倒されて口を挟めないアリアに、佐藤美希はひたすら話し続けた。

「学生の時も、大人しくてよく忘れられる存在だったわ。私は合コンの人数合わせに呼ばれる女だったの。本当よ、東君に聞いたらわかるわ。彼はきっと私のことを覚えていない」

 三杯目のジョッキが運ばれてくると、彼女は景気よくぐいっと飲んだ。アルコールに強そうには見えないが、ハイテンションで、お見合いがすっぽかされての自棄酒のようだ。

「それで、大学を卒業してから、これじゃだめだって思って自分を変えようとしたの。だから警察学校の同期生は、明るい私しか知らないのよ。警察学校では何でも率先して行動したから、常に注目されて。自分を変えて正解だったと思う。でも、ずっと自分をつくっているようで、最近疲れてきて」

 天真爛漫な性格でもないのか。悩みなんてなさそうだったけれど、彼女なりに色々大変なのかなとアリアは思い、佐藤美希の身の上話に、頷きながらじっと静かに聞き耳を立てた。

「それで、気がつくと二十七歳でしょ。親がお見合いはどう? なんて言い出して。初めは結婚相手くらい自分で見つけるからとつき返していたけれど、周りにそういう対象になる人っていないのよね。別に理想が高いってわけじゃないのよ? 何かこうピンと来ないの」

「で、お見合いする決心がついたんですね」

「結婚はまだしたいと思わない。でも、彼氏くらいいてもいいかなって。そう思った時、大学時代の東君を思い出したの」

「好きだったんですか?」

「そう言われると、わからないけれど、心の何処かに引っかかっていたのね。いつだったか、人数合わせで合コンに出る羽目になって、面白くない顔をしていたら、彼が隣に座っていて、君も無理に連れてこられた口だろう、僕もだよって笑ったの。その笑顔がちょっと良いなって思ったわ。ただそれだけのことよ」

 アルコールのせいか、佐藤美希は頬を赤く染めて、三杯目のジョッキも空けてしまった。

「東君って大人しかったけれど、彼、頭が良くて、見た目も良い感じでしょ? 目立つのよ。物静かで少し近寄りがたい感じがあって、女の子はみんな遠巻きにしていたの。私、東君が三回も告白されているのを見たことがあったの。だから、きっともう結婚していると思ってた」

彼女は軽い気持ちで、東十無なら見合いしてもいいと親に言うと、あっという間に話しは進み、本当になってしまったと話してくれた。

だが、本当にそうだろうか。学生時代、ずっと十無のことを目で追っていたのではないか。

でなければ、そうそう告白の場面に遭遇しないだろう。

「彼のことがずっと好きだったんですね」

「いやだ、違うわよ」

 佐藤美希はぶんぶんと手を大きく横に振って否定し、

「本当にちょっと会いたかっただけ。もしかしたら昔の私を知っているかもしれないし、変わっちゃって驚くかな、なんて」

と、少し声のトーンが落ち、呟くように言った。

「きっと、彼は驚くだろうね。でも、無理しているあなたより、素直に自分を出している頃のあなたの方が素敵だと思います。素直に自分を出せなくて疲れたのでしょう? 周りの目なんかいいじゃないですか。自分がいいと思う生き方で。あなたは充分魅力的です」

「周ちゃんて、年下とは思えないわ」

 彼女の始めの元気は何処かへ行き、両肘をテーブルについてアリアを見つめて苦笑した。

アリアはどうして見合い相手に励ましの言葉なんてかけてしまったのだろうと後悔したが、十無のことを彼女はずっと思っていたのだと思うと、彼女が一緒にいてくれたら十無は幸せなのかもしれないと思ってしまった。

どうせ口出しする立場にはないのだ。

「周ちゃんて、不思議な人ね。始めて会ったのに、色々話してしまったわ。気が合うのかしら?」

 それはきっと、あなたと同じだから。素の自分を出せない辛さ。常に偽っている自分に疲れる時もある。

私は自分を出すことはできないけれど、あなたは頑張って。

アリアは黙って微笑んだ。


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