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11・お見合い

「形式ばったことはいいのよ。同じ大学の同級生でしょう。それに、うちの美希は東さんのことを知っていて、是非にとこちらからお願いしたのですもの。電話で直接お食事にでも誘っていただけるとありがたいわ」

 旭川に着いた翌朝、東十無が緊張しながら挨拶に行った先の、旭川方面本部署長の奥さんは、愛想良くころころと笑いながら、気さくにそう話した。

 今日、娘さんは勤務だという。上がってお茶でも、という誘いを丁重に断ると、彼女の携帯電話の番号をメモに書いて渡された。

気の利いた店の一つもわからない北国で、十無はどうしたものかと携帯電話とにらめっこをして、暫く思案していたが、まずは彼女に旭川へ着いたことを知らせることにした。

 昨夜、女性と親しそうにしているアリアを見かけて滅入っていた十無は、すぐ彼女に連絡を取る気にはなれなかった。

一夜明け、少し落ち着きを取り戻した今になって、先方に心配をかけてしまったのではと十無はそのことを後悔していた。

眩しい日差しの中、十無は目を細めながら、道路の両脇に降り積もった一メートルはある白い雪山の間を、おぼつかない足取りでゆっくりとバス停まで歩いた。

しかし、どうして俺なのか。学生時代そう目立った存在でもなかったし、多分、話したこともないだろうに。

大学の同級生と聞き写真を見ても、彼女のことはぴんとこなかった。

佐藤美希さとうみきの名前を出されても、なんとなく聞き覚えがあるという程度しか覚えていなかった。

思い出そうとしてもそれ以上のことは、彼女と接点がないのではないか。

そんなことを考えながら、十無は停留所についた。

バスを待つ間、教えられたばかりの番号に早速電話をかけた。

「はい」

 何回かの呼び出し音の後、唐突に若い女性の声が電話の向こうで返事をした。

「もしもし、佐藤美希さんでしょうか」

「ええ、そうですが……あ、東くん?」

 明るくはきはきしたその声は、十無とわかると事務的な受け答えから、慌てた声に変わった。

「仕事中すいません。昨夜遅く旭川へは着いていたのですが、連絡が遅れてしまい……」

「そんなこと! 気にしないでください。私の我がままでこんな辺鄙なところまで来ていただいたのに。でも本当に来てもらえるなんて!」

 十無が話し終わらないうちに、佐藤美希は電話の向こうで耳が痛くなるような大きな声で興奮気味に話し、その緊張が十無にも伝わってきた。

 佐藤美希の話し振りに圧倒されながらも、十無が今夜会いましょうかと誘うと「はい! お願いします!」という元気な声が返ってきた。

 バスに乗ってから、十無は見合い写真に納まっていた佐藤美希の顔を思い出していた。 

確か、朱色の振袖を着て大人しそうな雰囲気だった気がしたが、電話の感じでは体育会系の娘だろうかと想像した。

窓から見える、真冬に晴れ渡った青空と、きらきらと陽に反射して輝く雪景色を眺めて、十無は目を細めた。

 十無がバスに揺られながらぼんやりしていると、コートの懐にある携帯電話が振動した。取り出して画面を確認すると、昇と表示されていた。

 今朝から何度もコールがあったのだが、十無は今回も携帯電話をそのまま懐に戻した。

 今は昇と話す気にはなれない。きっと、昇のことだから何処かから情報を集め、お見合いのことも、旭川へ来ていることも知れているのだろう。

昇はアリアに会って、もうこのことをアリアに話してしまっただろうか。

だとしても、アリアはたいした関心も示さず、へえ、そうと聞き流したかもしれない。

だが、それは仕方のないことだ。

あいつには彼女もいて、俺はただあいつを追う刑事に過ぎない。

十無は自分に暗示でもかけるように、何度も頭の中でそう繰り返していた。

 

 その頃アリアは、所長から頼まれた尋ね人に関する調査報告をするため、東昇と共に依頼人の指定場所へ赴いた後、午後からは新規の依頼人宅へ車で移動中だった。

「俺は東京から追ってきた浮気調査の書類を作らないとならないのに、余計な仕事までさせられて、今日は馬鹿に忙しい」

「そうですか?」

「ああ。お前がそうやって見張っているから、息抜きもできない」

 アリアは音江探偵事務所所長から、昇が脱線しないよう注意してほしいと念を押されていて、昇はそれが面白くないのか移動中にポロリ、ポロリと口から愚痴が飛び出した。

 昇が仕事熱心だと思えたのは一瞬だった。

所長が心配するように、昇は事あるごとに脱線した。

旭川にはまだ日も浅いはずなのに、昼飯にと入ったラーメン屋の店員とは顔見知りで、ラーメンの話で盛り上がったかと思えば、駅前に駐車して客待ちをしているタクシーの運転手に通りがけに声をかけ、この前は世話になったね、景気はどうかなどと長々と世間話を始める。

その他、場外馬券売り場やパチンコ屋など、あっちへ寄りこっちへ寄りしているうちに、待ち合わせの時間ぎりぎりに慌てて車を飛ばすという具合だった。

「これも仕事のうちさ」

 アリアがその度に時間を気にして昇の腕を引っ張ると、決まってそう答えが返ってきた。

だが、どう甘くみてもアリアにはぶらぶらとうろついているようにしか映らなかった。

報告書だって、やろうと思えばできるのに、暢気な仕事だ。

結局今日一日で二件の仕事に関わっただけだ。それも、午前中は一時間程度しか仕事らしいことはしていなかった。

「着いたぞ」

 住宅街にある、平屋のモダンな造りのその家は一般住宅の三区画分はある敷地に、どっしりと構えられていた。

玄関横の駐車スペースはロードヒーティングが施され、きれいに雪が解けていた。

アリアは事前に、浮気調査の新規依頼ときいていたので、依頼人の暗く沈んだ表情を想像していたのだが、玄関先で夫人のにこやかな笑顔に迎えられて酷く違和感がした。

 二人は応接室に通されて、まずは温かいお茶でもてなされ、今年の冬は雪が多いので除雪車が間に合わず、家の前に雪山ができてと、その五十代の夫人は近所の井戸端会議でもしているように話し始めた。

 アリアはいつ用件を切り出すのかと、じりじりしながら聞き入っていたが、昇は構わず、この雪には困ったものだと相槌を打っている。

「まあ、東京の人なの。旭川は初めて? こっちは寒いでしょ」

「ええ、婆ちゃんがこっちにいるんですが、小学生の時に一度来たっきりで。最近仕事で来るようになりましたが。でも、家の中はこちらの方が快適ですね。床暖房や、セントラルヒーティングが整った家が多くて」

「そうねえ、こっちはもうあなたくらいの年でも家を建てられるし、山もあって住むには良いところでしょ。お嫁さん連れてこっちへ住みなさいよ」

 ひとしきり世間話に花が咲き、四、五十分経過して、昇の嫁さんを紹介するという話しまで広がったところでようやくひと段落し、用件に移った。

 夫人が途中で立ち上がり、居間の電気をつけたので、アリアは腕時計に目をやると、四時をまわったところだった。午後三時を過ぎると外はもう薄暗くなってくる。

 聞けば、浮気調査といっても形ばかりのもので、しょっちゅうスナックのホステスと浮気をしている夫に灸を据えたいのだという。

「あれは、病気なの。治す薬がないでしょ? 一人息子が事故で死んでからは一層酷くなってねぇ」

 夫人は怒りというより夫を同情しているような口振りで、ふうとため息をついた。

「つい話し込んじゃって、ごめんなさいね。あなたくらいの年の子を見ると、息子を思い出しちゃって。生きていれば、同じくらいかしら」

 夫人は少し目を潤ませているようだったが、玄関先に二人を送りに出た時には、久しぶりに楽しかったわと言って、笑顔を見せた。

「寂しそうでしたね。息子さん最近亡くなったんでしょうか」

 車に乗り、依頼人の家が見えなくなると、アリアはそのことが気になって昇に聞いた。

「いいや、所長の話しではもう十年にはなるらしい」

「だって、つい最近のことのように……じゃあ、ご主人の浮気って」

「かなり何度も繰り返しているようだ」

「どうして離婚しないのかな」

「それは人それぞれさ、家庭の中のことだ。あの人なりに夫を支えているんだろう。もしかして夫も、夫なりに妻を大事に思っているのかもしれない」

「……僕には理解できない」

「俺にもわからないよ」

 ふふんと鼻で笑いながら、昇は呟いた。

 浮気って何だろう。最後に戻ってきさえすれば良いものなのか。一時の迷いだったと。 

でも、あの夫人の夫はもう十年もの間裏切り続けている。

気持ちはそう簡単に割り切れるものじゃないというが、あの夫人は他の女のところへ夫が行っても、愛し続けるというのか。それとも、男女の愛はなくなり、経済的に繋がっているだけなのか。

「そうだな、俺たちが五十代になる頃には気持ちがわかるかもしれないな」

「僕はわかりたくないですね、そんな変な愛の形なんて」

「おまえ、あんまり愛に幻想を抱かない方がいいぞ」

「なんですかそれ」

「周の彼女なんか一番危険なタイプだな。見えないところで何をやっているものやら。気をつけろ。何なら俺が特別に身辺調査してやってもいいぞ」

「だから、彼女じゃないですって。そんなに気に入ったのであれば、紹介しますよ。口説くなり好きにしてください」

「自分の彼女を提供するとは、随分と自信家だな。だが俺も好きな奴くらいいる」

「どんな人です?」

 昇は正面を向いて運転しながら、鼻の頭をかき、「そいつは、男かもしれないが」と、呟いた。

 アリアは耳を疑い、そして言葉が出なかった。

自分のことを言っているのか、まさか。

 アリアが聞き返そうとした時、昇の携帯電話が鳴った。

「兄貴からだ!」

 昇は電話の画面を見て驚き、車を道路脇に停めながら電話にでた。アリアも十無という名前を耳にして、鼓動が速まるのを自覚した。

「兄貴、旭川の何処にいるんだ」

 開口一番、昇は真っ先に訊いた。

「……なんだって? 見合い相手に行けなくなったと伝えろ? 俺は使い走りか。都合の良い時だけ連絡して。何度もかけたのに無視していただろう? おい、待てよ」

 十無は用件を言うと、急いでいるようで、一方的に電話を切ったようだ。

「本当にDが現れたのか? 見合いが嫌で逃げ出したんじゃないだろうな」

 昇は切れた携帯電話に向かって、文句を言っている。

十無は今夜、見合い相手と会う約束をしていたのだが、Dが現れたためそちらへ行くことを優先したらしい。

だが、見合いの彼女に連絡がつかず、やむなく昇に助けを求めてきたのだった。

 休暇中だから、Dの件を優先する必要はないのだろうが、行かずにはいられないのだろう。仕事と割り切れない、十無らしいなとアリアは思った。

「……兄貴の尻拭いか。そうだ周、お前行ってこい」

「僕が、ですか?」

「急用で来られなくなったと伝えるだけだ。誰でもいいだろう。駅前まで送るから、頼んだぞ」

 昇はアリアの返事も聞かずにそう決めて、駅方面へ車を走らせてさっさとアリアを街中へ降ろして行ってしまった。

「伝えるだけなんだから、待っていてくれてもいいのに。厄介払いされたみたいだ」

 見えなくなった車に文句を言いながら、待ち合わせの場所へアリアは渋々向かった。

 アリアは十無の見合い相手に会うのは嫌だと思う反面、どんな人なのかという興味もあった。

 デパートの前と聞いてきたが、寒いため、風除けに信号待ちの人や、バス待ちの人で若い女性が数人立っていた。

お互いに相手の顔もわからず、何せ相手は十無を待っているのだから探すのに苦労する。

 片端から声をかけるのも嫌だ。アリアは数分観察し、腕時計を見て人を待っている素振りの女性に声をかけてみた。

「佐藤美希さんですか」

「ええ、そうですけれど」

 佐藤美希は怪訝そうに大きな目を見開き、アリアの顔をじろりと見た。

「東十無さんに頼まれて、仕事で急に来られなくなったと伝えるようにといわれて」

「え? 私、携帯を持っているのに?」

 そう言って、電話を取り出すと電池切れとなっていた。

「私ったら、なんてドジなの」

 佐藤美希は酷く情けない顔をして、自分の頭を拳でこつんとはたいた。

「折角会う約束をしていたのに、本当に申し訳ないと言っていました」

「ついていないわ」

「すいません」

「あなたが謝らなくてもいいわよ。あなた、東君の部下?」

「いいえ、僕は直接お会いしたことはありません」

「じゃ、どうしてこんなことを頼まれたの?」

「十無さんの弟、昇さんに頼まれて」

「ああ、探偵事務所の」

 なるほどと、佐藤美希は大きく頷いた。

彼女は話す時、腕や顔がよく動く。身振りの大きいのが印象的だった。

「それでは僕はこれで」

「え、行っちゃうの? ちょっと待って」

「何か伝えておきますか?」

「いいえ、それは後で電話するわ。私、このまま家へ帰るのはとても情けないのよ。両親はもう結婚が決まったかのように喜んでいるし。すっぽかされたと知ったらがっかりするわ」

「そうですか」

「あなた、今夜時間つぶしに付き合ってよ」

「それはちょっと……」

 意外な展開になり、アリアは困った。

「可哀想と思わない? これでもかなり意気込んでおめかしして来たのよ?」

「でも、僕はあなたと面識がないですし」

「あら、このお見合いもそんなもんよ。私のほうは東君のこと知っているけれど、東君はきっと私のことなんか覚えていないわ」

「知り合いなんですか?」

「ああ、寒い! 話しの続きは何処かお店に入ってからにしましょう」

 結局、断りきれずにアリアは彼女に付き合うことになった。

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