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1・すれ違い

 十二月にもなると、デパートではクリスマスツリーの飾り付けがなされ、夜の街は電飾に彩られて華やかな雰囲気になる。

 賑やかなのは嫌いではないが、自分が楽しめないとなると、それはただ騒がしいだけだ。

盆や正月は勿論、そういった行事にはまともに休みが取れたためしはない。それに、この年末年始にかけては、犯罪は減るどころか増える一方だ。こんな時期くらい静かにしてくれないだろうかと、つい思ってしまう。

 東十無の場合、所帯を持っているわけではなし、そのことが苦にはならないのだが、この状態がこれから先ずっと続くのだと思うと、味気ないような気がして少し憂鬱になった。

 夜遅い帰宅途中、十無は寄り添って歩く若いカップルとすれ違い、なんとなしに彼らを目で追っていた。

結婚なんて夢のまた夢だ。

そんなことを考えると、一人の少年の顔がおのずと頭に浮かび、十無はそれをかき消すように首を横に振って小さくため息をついた。

何を考えているのだ。

「なに、背中を丸めて歩いているの」

 ふいに背後から、聞き慣れたアルトの声がして、ポンと背中を叩かれた。十無は立ち止まり後ろを振り返った。

今、かき消したばかりの悩みの種、アリアだった。

 コートに両手を突っ込んで首を縮めて歩いていた十無は、やつれた姿を見られてしまって決まりが悪く、「お前は元気そうだな」とぼそぼそと話して頭をかいた。

「刑事さんは元気じゃないみたいだね」

 いつもの黒いサングラスで、表情はあまり読み取れないが、アリアが悪戯っぽく笑っているのはわかった。

「誰かのせいで、仕事に追われて疲れきっているからな」

「まるで、世の中の事件を私一人で起こしているような言い方」

 十無が嫌味を言っても、アリアは妙に上機嫌だった。何か良いことでもあったのか、それとなく訊いたら、アリアは、「うん、まあね」と、十無の顔を見上げて素直に答えた。

 アリアが喜ぶことってどんなことだろう。十無が全く想像がつかずに黙っていると、アリアのほうから教えてくれた。

「クリスマスは旭川へ行くことになったから」

「そうか……」

 なんだ、アリアはクリスマスにはいないのかと、十無は内心がっかりした。いてもどうせ一緒に過ごせるはずもないのだが。

 アリアにとって、その地には何か想い入れがあるのだろうか。決まって寂しそうに俯き、でも懐かしそうに話す。

「刑事さんも来る?」

「俺? この忙しいのに急に休みが取れるわけがないだろう。……って、なにを言っている。どうして泥棒のお前と北海道へ行かなければならないんだ」

 アリアの意外な誘いに、一瞬、顔がほころびそうになり、十無は慌てて難しい顔を作り不機嫌に答えた。

 残念そうに「そうだよね」と、アリアは地面に向かって呟いた。

 男物の上質なグレーのハーフコートを羽織っているが、小柄で細身なアリアの拗ねたような仕草は、女性のようにも見える。

 十無は可愛いと思った。が、その感情をかき消すように、額に手を当てて頭を横に振った。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 コートの裾が触れるくらい間近で、十無の顔を覗き込むようにして首を傾げているアリアがいとおしく、十無は抱きしめたい衝動に駆られたが、一歩後ずさり、離れることで自分を制した。

 何を考えている。こいつは男だ。しかも、窃盗犯だ。たとえ初めて会ったときに女性の姿をしていたとしても。

 十無が心の中で葛藤していると、アリアは「じゃ」と片手を挙げて、くるりときびすを返し、振り向きもせずに反対方向へ足早に行ってしまった。

 アリアが側にいた右側の腕の辺りが、触れたわけでものに火照ったような感覚が残っていた。きっと、本当に触れたら電気でも走るのではないか、こんなことで動揺してまるで中学生並みの反応だなと思い、十無は一人で苦笑した。

 だが、一体何をしにきたのだろう。まさか人ごみをうろついてスリの『仕事』の最中だったのだろうか。そう思って、アリアが行った方向に再び目をやったが、もう姿は見えなかった。

 あいつ、今本当にここにいたんだよな。

 アリアのことを考えていて、幻でも見たような気がした。何気なく、再び両手をコートのポケットに突っ込んだ。十無の右手に何か硬いものが当たった。それは手のひらに乗る位の、見覚えのない白い小箱だった。

 箱を開けると、手回しの小さなオルゴールが入っていた。

銀色のシリンダーがむき出しに見えるつくりで、オルゴールの中身だけのようなものだ。

手のひらの上で回すと、反響せずにシリンダーを弾くパチンパチンという音がして、雑踏の中で耳を澄ますとやっとメロディが聴こえた。それはよくある『星に願いを』の曲だった。

「アリアの仕業か」

 手先の器用なアリアはスリがうまい。十無に気付かれずにコートのポケットに小箱を滑り込ませるのは造作もないことだろう。小箱には小さなカードも入っていた。

『少し早いメリークリスマス。A』

「そっけないな」と、口では呟いていたが、思わぬ贈り物に、十無はついにやけてしまった。

「わざわざこれを渡すために来たのだろうか。昇にではなく、この俺に」

 十無ははっとした。知らず知らずのうちに、自分は昇に対抗意識を持っていたのだろうか。

確かに、刑事である十無は他にも対応しなければならない事件があり、そうそうアリアにばかりかまけてはいられない。

その点、昇はというと、雇われ探偵業で時間はある程度融通が利く、というか無理矢理利かせている。

今までもアリアが旭川へ行けば何かと理由をつけて、強引についていく。昇は思ったらじっとしていられない性分で、積極的に行動しているから、どうしたって昇のほうがアリアといる時間は多いのだ。

それに、自分は刑事という立場もあり、諦め半分、どうにもならないという思いもある。しかも相手は男だ。

 ある程度自分の地位を築いた今、二十代前半の頃のように、何もかもかなぐり捨てて自分の気持ちをアリアにぶつける勇気は十無にはなかった。

 小さい頃から何をしても比べられる双子の兄弟。数分違いで兄だという十無は、しっかりしたよくできる兄という立場を自ら作りあげて確立し、常に優位にいた。

だが近頃は、自由奔放な同じ顔の双子の弟、昇が妬ましく感じることがある。

 十無は無意識に、デパートの装飾品売り場の方へ足を向かせていた。

  

 十無のコートの右ポケットにはアリアからのオルゴールの小箱、左には閉店間近のデパートで迷いながら衝動買いした赤いリボン付きの小箱が入っていた。

 昇には知られないようにしなければと、やや緊張して顔をこわばらせながら、自宅マンションのドアを開けてただいまと言った。

「兄貴? 今日も遅かったな」

 八畳ほどの居間では、コタツに入ったままの昇がやけににやついた顔で出迎えた。そして、テーブルには十無が貰ったのと同じ、白い小箱があった。

「おい、それ……」

「なんと、これはアリアがくれたんだ」

 嬉しそうに、昇は小箱をそっと開けて中のオルゴールを見せてくれた。それは十無の物と全く同じで、カードまでも同じ内容だった。

 昇がそれをコタツテーブルの上に置いて手回しすると、手のひらの時とは違って小さな割にはよく響いて綺麗な音色を奏でた。

 十無はがっくりと気落ちしたのだが、平静を装ってポケットから小箱を取り出し、テーブルの上にトンと置いた。

「これって……」

 昇が目を丸くした。

「俺もさっき、アリアから貰ったんだ」

「なんだ、そういうことか」

 今度は昇が肩を落としてため息をついた。

 十無も苦笑しながら、コートを脱ぐと、向かい合わせに座り、コタツに入った。

「紛らわしいことをするなよ」

 誰に言うでもなく、昇は呟いた。

 全く同感だ。何故わざわざ別々に渡す必要があるのか。昇と俺は同じアパートに住んでいるのに。

曲まで同じだなんて、ぬか喜びした分、ショックが大きい。魔法が解けて、日常に戻されたシンデレラの気分だ。だが、シンデレラのように、その後王子様が再び現れるなんてことはありそうもなかった。

「兄貴も、一人で喜んでいただろう?」

「べつに……」

 十無はポーカーフェイスで返したが、昇は内心を見透かしたように苦笑している。

 さて、つい買ってしまったプレゼントは一体どうしたものか。 

少し奮発してしまったので、気軽にお返しといってアリアに渡すにはためらわれる代物だ。それに、どうしてこんな物にしてしまったのだろうと、十無は今更ながら後悔した。男から男にネックレスなんて。到底渡すことができない。

 十無はコ―トのポケットに入れたままの小箱のことを考えて深いため息をついた。

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