一線上のアリア
掲載日:2026/06/01
カーテンの隙間に埃が踊った。
九月の夕暮れの六畳間の隅に匂う。
ラベンダーの香りが君のいない部屋でずっと笑っているの。
爪を嚙む音。
秒針が奏でるハーモニー。
指先で弾いた壊れたFメジャー。
机の上に置き去りの五線譜。
どれだけ言葉を束ねてみても。
君の喉のその震え一つ、表現できやしないな。
「馬鹿らしい」
もう音楽なんて忘れてしまおうか。
君のいない旋律に。
もう意味などはないと悟ったから。
この静寂の耳鳴りの日々を。
「美しい」なんて思えない。
僕を揺らすのはいつだって。
あの夏に響く君の弾いた鍵盤なんだよ。
ノートの端の、書きかけのフレーズ。
アリアはまだ未完成のままで。
ねぇ、聞こえているかい?
君のいない世界で。
僕はまだあの日置いていかれた。
夏の中にいる。
もう、音楽なんてやめてしまおう。
君のいない部屋で、僕はただの抜け殻。
この静寂を、耳鳴りのような日々を。
どうか、誰も愛さないでくれ。
調律の狂ったピアノを閉じて。
君の「さよなら」のあとに。
ただ秋は暮れていく。




