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第3話 雨の日の万年筆

六月の終わり、梅雨の雨がしとしとと降り続いていた。

事務所の窓ガラスを濡らす雨粒を眺めていると、桐原所長が静かに口を開いた。


「今日の依頼は、ちょっと変わっているよ」


差し出された依頼票には、こう書かれていた。

──依頼人:岸本亮二(会社員・42歳)

──探し物:父が使っていた古い万年筆


「万年筆、ですか」

「うむ。ただの筆記具と思うかもしれないが……依頼人にとってはそうではないようだ」



喫茶店で待ち合わせた依頼人の岸本さんは、やや疲れた顔つきの中年男性だった。スーツはきちんとしているが、どこか心ここにあらずといった様子。


「……実は先日、父が亡くなりまして」

彼は低い声で語り始めた。


「父は厳しい人でした。僕が子供の頃から、何をするにも『もっと努力しろ』と叱るばかりで……正直、距離を置いていました。けれど遺品を整理していたら、母が言うんです。『お父さん、君に万年筆を渡したがっていたのよ』って」


「ですが、その万年筆がどうしても見つからない。渡される前に亡くなってしまった。……最後に、父が何を伝えたかったのか知りたいんです」


彼の声には後悔と寂しさがにじんでいた。



僕はさっそく、彼の実家を訪ねた。古びた和風の家。遺品はほとんど整理されていたが、机の引き出しや本棚を探しても万年筆は見つからない。


ふと、居間の片隅に置かれた古い日記帳に気づいた。

「これ……お父様の日記ですか?」

「ええ、仕事のことしか書かない人でしたが」


ページをめくると、几帳面な字で日々の出来事が綴られている。ところが最後のページだけ、インクのにじんだ文字で短い言葉が残されていた。


──「伝えたいことがある。机の下を見よ」


僕は驚き、岸本さんと一緒に書斎の机を調べた。すると、机の裏板に小さな木箱が貼り付けてあった。

開けると、中には黒光りする万年筆が一本。キャップには「亮二へ」と小さく刻まれていた。


「……父さん」


岸本さんの目から、大粒の涙がこぼれた。



数日後、彼は再び事務所に現れた。

「おかげで、ようやく父と向き合えた気がします」

そう言って微笑む表情は、どこか晴れやかだった。


「父は不器用だった。でも最後まで、僕のことを思ってくれていた……それがわかっただけで十分です」


僕は頷いた。

探し出したのは万年筆という一本の道具だが、依頼人が取り戻したのは父への記憶と絆だったのだ。


桐原所長が、柔らかく笑みを浮かべる。

「優斗君、良い仕事をしたね。雨は人の心を沈ませもするが、同時に清めもする。今回の依頼は、まさにそういうものだった」


窓の外を見ると、雨は止みかけ、薄い光が街を照らし始めていた。

僕は静かに息を吸い込み、次の依頼に思いを馳せた。

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