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腹ペコ幽霊と冴えない僕は1DKで麺をすする  作者: 功野 涼し
ふわふわ浮くきみの手を僕が握るのが日常になるまでの日々

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7/16

賑やかランチ

 家に帰って休憩もそこそこにお昼の準備を始める。鍋に塩を入れ沸騰し始めるお湯を見て、パスタの麺を早く入れてと手をパタパタさせ急かしてくる。苦笑しながら僕がパスタの麺を2束鍋に入れると、帯から解放された麺が不格好ながら放射状に広がる。


「おぉ」


 メー子が小さく感嘆の声をあげるので、たいしたことはしていないけれどちょっぴり嬉しくなった僕は菜箸で麺を誇らしげに押して鍋の底に沈める。


 麺が入っていた袋の表に書いてあるゆで時間を確認したあと、時計を見ておおよその時間を決めた僕はミートソースの温めにかかる。


 今まで料理なんてほとんどしてこなかったのもあり、部屋を借りたときに初めからついていた小さなIHコンロは一つしかなく、鍋が占領している今は温めるなら電子レンジしかない。


 ソースを器に移し電子レンジに入れて温めのボタンを押してあとは電子レンジに任せる。


 鍋から電子レンジへと興味を持ったメー子は淡い光を浴びながら中で温まるミートソースをキラキラした目で見ている。その間に鍋の中を時々かき混ぜ麺が底に引っ付かないようにする。


 時計をチラ見したあと、一本の麺を摘まんで押しつぶすと簡単に切れて鍋の中へと落ちていく。


 麺の固さを確認するなんて一人のときなら絶対にやらないが人……たとえ幽霊でも他人に食べさせるからにはしっかりと作らないといけないといけないと思うのだ。


 流しに置いたざるに鍋の中にあるものを全て流し入れると、立ち上る蒸気と同時に電子レンジから軽快なリズムの音が鳴りミートソースが温まったことを知らせてくれる。


 お湯を切る僕の背中に触れたメー子が電子レンジの扉を開ける。閉じ込められていたミートソースからあふれた蒸気が飛び出し、ふわっとソースの香りが鼻をくすぐる。


「そこの皿取ってくれる?」


「これ?」


「そう、それ」


 ざるを両手に持った僕がメー子にお願いすると、片手を伸ばして事前に用意していた皿を掴んで僕の前まで持ってきてくれる。その間にお湯をしっかりと切った僕は菜箸を使ってメー子が並べた皿に分けていく。


 続けてタオルを巻いた手で電子レンジからミートソースの入った器を掴む。


「ねえ、チーズかけたい」


「チーズ? 今朝使ったし、パスタにかけるものなんてないよ」


「ううん、あった。見たもん」


 そう言ってメー子が冷蔵庫の扉に頭を突っ込んで中を確認する。扉は開いていないのに冷蔵庫に肩までめりこんでいる姿に今更ながら驚いてしまうが、そんなことは関係ないと嬉しそうなメー子が顔を出すと冷蔵庫を指さす。


「あるよ。封が開いてない粉チーズ」


「えぇ? そんなのあったっけ?」


 覚えのない僕は半信半疑ながらミートソースを置くと冷蔵庫を開けてメー子が指さす奥の方を見る。そこには深緑色の筒が転がっていて、手に取ると確かに粉チーズと表記してある。


「いつ買ったんだっけ? 賞味期限は大丈夫そうだけど」


 開封していないのが幸いしビニールを剥いで蓋を開けると湿気ていない様子に安堵する。


 パスタの上にミートソースをかけ、テーブルへと運んだあと粉チーズを持って来ると待ってましたと言わんばかりにメー子が飛んできて僕の足の上に座る。


 粉チーズをふんだんにふりかけフォークでパスタを必死に巻いて口へと運ぶ。


「おいしいっっっ!!」


 頬を押さえ目をぎゅっとつぶり、体を震わせ喜びを全身で表現するメー子に、美味しそうに食べてくれて嬉しい、作って良かったと今まで感じたことのない喜びが自分の中に芽生えるのを感じる。


「ってチーズかけすぎじゃないかな」


「恵人のにもかけてあげる」


 追い粉チーズをしていたメー子に注意をすると僕の分にかけ始める。ご機嫌に僕のパスタに粉チーズを振りかけるメー子を僕は背後から見ているわけだが、どうも食事がはじまると無邪気というか幼くなる傾向にあるように感じる。


 まあまだ出会って一日で何が分かるのかって話だが、それよりもこの子が僕に触れていないと他のものに触れられないのはどうにかならないだろうか。


 動きがとれないのはもちろんだが、服を貫通するせいで足に直接座られるのは非常によろしくない。僕の素肌の上に服を着たメー子が座る。自分の物でない布が当たる感触というか、他人の感触というか柔らか……まあよろしくない。


 日頃ふわふわ浮いているメー子だが僕に触れると重みを感じる。といっても人としての重みではないが質量を確かに感じ取れる。ちなみに体温は冷たくも温かくもない不思議な感覚である。


 煩悩を振り払うように知的なことを考えながらメー子の喜びで揺れる頭をみつめる。


 ……というかなんで僕の服は貫通しているのにメー子はフォークを持ってパスタを食べているのだろう?


 僕に触れる=他の物に触れられるようになる


 だとすれば貫通していた服も触れられることになるからその時点で服の上にいなければいけない、いやでもそうすると僕に触れてないから貫通するわけで……???


 混乱する僕の胸元にメー子が後頭部で頭突きしてくる。


「もー呼んでるのに」


「あぁ、ああごめん」


 どうやら僕を呼んでいたらしく怒っている。深い思考の海に沈んでいて気が付かなかったので素直に謝る。


「恵人、早く食べて」


「ああ、パスタが冷めるよね」


「違う。私がデザートのイチゴを早く食べたいから恵人も早く食べてほしい」


「お、お……なんと自分本位なやつなんだ」


 食べ終えた皿を僕に見せてアピールし、イチゴを早く出せと催促するメー子に思わず本音でツッコんでしまう。


 僕は自分のパスタを急ぎ食べ始めると、突然メー子がフォークを持つ僕の手を押さえて止められる。


「味わないともったいない。パスタおいしいから」


「え、そう……じゃあ遠慮なく」


 急かしているのか、なんなのか分からないがゆっくり食べていいらしいので、久しぶりに自分で作ったパスタを味わうことにする。市販のものであり味の保証はされているが、それでも日頃食べる出来合いのものよりおいしい気がする。


 皿を下げ洗ったイチゴを持ってくると僕の元へ飛び込んできたメー子がフォークに刺してほおばる。


「甘くておいしぃ~」


 喜びを爆発させるメー子につられて僕もイチゴをほおばる。ほどよい酸味と甘みが絶妙に混ざったイチゴの果汁が口の中に広がる。


「イチゴなんて久しぶりに食べた気がする」


「ねえおいしい?」


「あ、うん。おいしい」


「よかった。絶対においしいって思ったから」


 そう言ってメー子が見せた笑顔に僕は見入ってしまい固まる。何と表現すればいいだろうか、自分に向けられた笑顔、そんな気がしたのだ。


 自分が気持ち悪いことを言っている自覚はあるがそんな風に感じてしまったのだ。出会って一日の、しかも幽霊であるメー子が僕に笑顔を向ける理由なんて僕しか話せないから、それくらいしかないと思う。

 それでも自分に向けられた笑顔は悪い気はしない。まあ、こんなこと考えているからモテないんだろうけど。


 そこまで考え、ふと幽霊としてあそこにいたときのことが気になるが、おいしそうにイチゴをほおばる姿を見て空気を読んで聞くのをやめておく。


「練乳かけたい!」


「夜の楽しみにするって言ってなかった?」


「お昼も夜も楽しむことにする」


「あ~はいはい、持ってくるから」


 メー子に降りてもらった僕は、いつの間にかカゴに入っていた練乳を取りに行く。この世界のどこにイチゴに練乳を要求し、チューブから注がれる練乳を凝視する幽霊がいるだろうかと思いながら、キラキラするメー子の瞳に頬が緩んだ僕は「ストップ」の声がかかるまで練乳をかけるのである。

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