お買い物マジック!
日頃全く行かないわけではないが、スーパーに食材を求めて買い物へ行くのは久しぶりな気がする。ましてまだ朝の9時、休日の朝こんな時間に歩いたのは数年ぶりではないだろうか。
アパートから歩いて5分という立地の良さを生かしきれない僕は、隣でわずかに浮いた足でスキップしながらついてくるメー子を見る。
出会ってまだ一日経ってないのになんでこんなことになったのか、冷静に考えればなぜ幽霊と一緒に買い物に向かっているか疑問に思うが、朝の日の光を浴びて嬉しそうにするメー子を見てひとまず置いておこうと思う。
まあ自分の中にある幽霊の認識を変えないといけないとはいけないとは思うが。
スーパーに着くと待ちきれないのか自動ドアが開ききる前に通り抜けて店内へと入ってしまう。こういうところは幽霊っぽいなと思いつつ僕は自動ドアが開ききってから中へ入る。
かごを手に取り開店したばかりで人がまばらな店内を見渡すとメー子がリンゴを指さしてぴょんぴょん跳ねている。
「ねえねえ! リンゴ食べたい。バナナにキウイ……えーっといちごも食べる!」
「そんなに買えないって! そもそもお昼を買いに来たんだから果物は買いません」
ぶーぶーっと怒るメー子が目の前にあるリンゴを掴もうとするがすり抜けてしまい掴めず頬を膨らませる。僕がフッと笑うと両手を握りつま先立ちをして不服を体全体で表したメー子が果物や野菜が展示してある台をすり抜けて、一直線に僕の元にやって来て手を握ると近くにあったイチゴを手に取る。
それを僕が持っている買い物かごへ入れようとするので、入れさせまいと僕はメー子の手首をつかみ抵抗する。
「イチゴ食べるのー」
「イチゴは高いーっ!」
ぐぬぬぬとお互い押し合う。イチゴの値段をチラ見した僕は800円の出費を避けるため全力で戦うが、メー子も負けじと食い意地全開で押してくる。
負けられない戦いがここにあるわけだ。
「えっ⁉」
それは僕たちと全然関係のないところから聞こえてきた知らない声。僕とメー子が声がした方を見ると知らないおばさんが目をまんまるにして空中を指さしている。
「う、浮いてる……」
おばさんの指先をたどっていくとそこにはメー子が握っているイチゴのパックがあった。一瞬なんのことか理解できなかったが、すぐにおばさんの言葉の意味することを理解する。そう、メー子は僕以外に見えていないということ、そしてこの状況は非常にまずいということが!
焦る僕の抵抗する力が緩んだすきにメー子がイチゴのパックをかごへ入れる。
してやったりとドヤ顔するメー子と驚くおばさんを交互に見た僕は、もうどうしていいか分からず指をパチンと鳴らしてかごの中のイチゴを指さす。
「マッ、マジック!」
「え? あ、あっ、ああ……」
強引な誤魔化しにまだ納得していない様子のおばさんを前にして、僕は近くのイチゴのパックを指さして手をグッと握るとメー子に目で合図を送る。
だがなんのことか理解できていないメー子が首をかしげる。
「今からイチゴのパックが浮いて一人でにかごの中へと入ります!」
僕は大根役者が拍手喝采しそうなへたくそな演技をしながら、これまた不細工なウインクを何度もしてメー子に合図を送ると、ようやく理解したメー子は僕の腕に触れた手と反対の手を伸ばしてイチゴのパックを手に取る。
メー子が持ったイチゴのパックを僕は指さしゆっくりと動かすと、メー子が指の動きに合わせてかごの中へと入れる。
「マジック!」
僕が指をパチンと鳴らすと口をポカンと開けたままのおばさんは小さく何度か頷いたあと腕にかごをかけたままパチパチと拍手してくれる。
「すご~い! こんな近くで手品を見たの初めて! いいもの見せてもらったわ」
「い、いえいえ、まだ修行中でして、つい練習しちゃいました。驚かせてごめんなさい」
「そんなことないわよ~。こんなにすごいのにまだ修行中なの? 厳しい世界なのね。夢に向かって頑張って、デビューしたら応援したげるから」
「あ、はい。ありがとうございます。そのときはよろしくお願いします」
永遠にくることのないであろうマジシャンデビューへ応援の言葉をもらった僕は、頭を下げて去りゆくおばさんを見送る。
なんとか難を逃れた僕はメー子の方を見ると、メー子が親指を立てサムズアップで成功に良いねをしてくるので僕も親指を立てて応える。
やり切った僕がふとかごを見るとイチゴのパックが3個になっている。
「イチゴが増えてる!」
驚く僕にドヤ顔のメー子が唇に人差し指を当ててしーっと言って横を指さす。指さす方を見ると数人の買い物客がいて僕の方を見ていた。
「ぐっ、くぅ……わーい、イチゴ大好きなんだよねぇ。増えてうれしいなぁ~」
マジシャンから一転、ただの独り言の大きい変わった人へとなった僕はそそくさとその場から退散する。
「ねえねえ、お昼ご飯は何にするの?」
「いや、イチゴだけで2千円オーバーなんだけど。ここから昼ご飯を買えと」
「イチゴはデザートだから、お昼ごはんとは別だと思う」
「いや、お前そんなことも知らないのかって顔してるけど、そうじゃなくて予算オーバーだって話をしてるんだけど」
「恵人にもイチゴ分けてあげるから怒らないで」
「全部一人で食べるつもりだったのかよ」
呆れてものも言えないの僕の肩をポンポンとメー子が叩いて慰めてくる。
「はぁ~お昼ご飯は弁当にでもしようと思ったけど出費を押さえるから期待しないでよ」
「節約は大事」
真剣な顔で言うが全然説得力のないメー子の姿に反論する気もない僕は麺類のコーナーへと足を向ける。
「う~ん、パスタをゆでてソースを温めてかければ安上がりかな。でも二人分となると難しいもんだなぁ」
数種類のパスタソースを手に取り値札と見比べながらかごへと入れていく。
「ねえこっち来て!」
「ん?」
声がしないと思ったらどこかへ行っていたらしい。何か見てほしいものがあるらしくメー子が僕の腕を引っ張る。
メー子に引っ張られながら僕がたどり着いたのは冷凍食品コーナだった。
「パスタとかうどんにラーメン、たくさんある!」
興奮した様子で冷凍食品が並ぶガラスケースの中を指さすメー子の横に並んだ僕はケースの中を覗き込む。
そこには様々な種類の冷凍麺が並んでいてその多さにちょっとした驚きを覚える。
「たくさんある。すごい」
「最近あまり見てなかったけど冷凍食品って結構種類あるんだ」
「ねえ、レンジで作れるって書いてある。鍋に入れなくていいって。すごい」
「あぁ最近そんな感じじゃなかったっけ。ほらちょっと前に餃子も油なし、水なしで焼いて作れるって話題になったよね」
「え? 焼くのに油使わないの? 知らない」
結構有名だと思っていた油、水なしで餃子が作れることを「知らない」と言うメー子になんとなく違和感を感じてしまう。それは会話がかみ合わないというよりは世代間のズレのようなものだと言った方が正しいかもしれない。
まあ、僕が知っているからみんなが知っているわけではないのは理解した上で聞いてみようと思ったのは、メー子が何者か知れるかもしれないという期待の方が大きい。
「自分の名前は憶えていないんだよね。じゃあ他の記憶、例えば流行ったものとかなんでもいいから覚えていることってある?」
「流行ったもの? うーん、チョコミント……が私の中で流行った気がする。あとは麺」
「チョコミントに麺ねぇ……きみの中で流行っても手がかりにならないし。もう少し何か分かることないかな?」
本当の名前など今は分からないけど、メー子が何者かを知れるかもしれないと思った僕は矢次に質問をする。
「うーん、わかんない。気が付いたときはあそこにいたし」
メー子が不機嫌そうな表情で僕を見てくる。ちょっとしつこかったかと反省し、追々聞いていけばいいかと思い今は買い物に集中することにする。
と言ってもイチゴですでに予算オーバーだったので昼をパスタ、夜は冷凍ラーメンで少しでも出費を押さえる。冷凍パスタも迷ったが、あまったパスタの麺が今後使えそうだと判断した上での決断だ。




