はじまり、はじまり
小さなソファーに座っている僕は小さなガラステーブルの上に置いてあるカップラーメンにお湯を注ぐ。
「お肉マシマシのやつじゃないんですね」
「あれは昼で最後だったから」
残念そうに言うと少女が僕の頭に手を置くと適当に撫でてくる。
「そんなに落ち込まないで。私が責められてるみたいで傷つくから」
「いや、あれはきみのせいだよね。だから責めてるんだけど……ってそんなビクッリしましたみたいな顔されても困るんだけど」
丸く開けた口を手で押さえわざとらしく驚いた顔をする少女に僕はツッコミを入れる。
表情豊かであるゆえ幽霊であるかもしれない疑惑があることを忘れそうになるが、少女がふわふわと浮いていることでなんとか思いとどまっている。
「とりあえずきみが幽霊であると仮定してだ。名前がないのは不便だと思うんだ」
「なるほど一理あるかも。じゃあ名前を付けてほしい」
頷いた少女からの提案に僕は驚き思わず二度見してしまう。
「そんなに驚かなくてもいいのに。提案してきたのはそっちだから」
「いやそんな突然決めろと言われても、名前って結構大事だし僕じゃ決めれないんだけど」
「私も思いつかないからそっちが決めて。別に呼ばれたい名前とかないし、変な名前じゃなければ構わないから」
少女の言葉に、確かに呼ばれたい名前を日頃から待っている方が珍しいかと納得してしまった僕は名付けることにする。
「そう?……じゃあ幽霊だから」
「幽子とか安直な名前を付ける人ってどうかと思う」
僕の提案に被せて幽子(仮)が否定してくる。僕が今考えれる渾身の命名が否定されてはこれ以上何も言えるわけもなく押し黙ってしまう。
そして見つめ合う僕と幽子(仮)の間に無言の時間が流れる。
「そんなに責めるような目で見るのはやめてもらえないkな?」
幽霊とは思えないほど潤んだ瞳でじっと見つめられた僕はたまらずに沈黙を破ってしまうわけだが、責められたのが耐えられなかったんじゃなくて女の子と見つめ合う耐性がなかく耐えられなかったからである。
そんな気持ちを悟られてないかと逸らし気味の顔のまま横目でチラッと見ると幽子(仮)の興味はテーブルの上のカップラーメンに向いているようである。
「とっくに3分過ぎている気がする」
「確かに!? ってそれは……」
それはきみのせいだろうと言いかけた言葉を飲み込み僕は、不服そうなのが分かるように口をぎゅっと閉じてカップラーメンの蓋をはがす。
ちょっぴり弱々しくなった湯気が立ち昇るが、食欲をそそる香りは健在で僕の空腹感を呼び覚ましてくれる。
ひとまず幽子(仮)のことは置いておいて箸を手に取った僕は早速カップラーメンに箸をつける。カップの中から引き上げた麺はやや伸びているがそんなことはどうでもいいくらいお腹が空いていた僕は口へ運ぶ。
「ぐぐうっ!」
僕が口に入れる前に幽子(仮)が大きく口を開けて麺にかぶりつくが、麺は無常にもすり抜け空振りに終わった幽子(仮)が悔しそうに唸る。
「触れらないんだから食べれないでしょ。それよりか、幽霊もお腹すくんだ。へぇ~初めて知ったよ」
悔しがる幽子(仮)を前に僕は浮かんだ言葉を適当に口にしながら麺をすする。
五臓六腑に染み渡るとはこのこと、まして昼に食べ損ねた状態であればなおのこと。ふと僕はノーマルタイプのカップラーメンのパッケージに目をやる。
色々な種類のカップラーメンが世の中には存在するが、やはりスタンダードとは不変中の不変。王道とはよく言ったもので他の追従を許さぬ安心感をもたらしてくれる。
あまりの美味しさに干渉にふけってしまった僕の右手に鋭い刺激が走る。
「あいたぁっ⁉」
「ぐるるるるっ!」
痛みの先には僕の手に噛みつく幽子(仮)がいて、まるで獣のような唸り声をあげている。僕は右手に噛みつく幽子(仮)を引きはがそうと手を振るが、フワフワと空中に身を置き軽そうに見えるくせにびくともしない。
「あいたたたたたっ! 離せ!」
僕が痛みで叫ぶと幽子(仮)はさらに力を込めて噛みつく。
「ごめんなさい! 参りました! 離してくれませんか」
僕は左手でテーブルをタップしながら許しを請うと幽子(仮)は力を弱めて口を離すと不服そうな顔で僕を見る。
「お腹空いた」
ジト目でにらむ幽子(仮)に「幽霊なのに?」なんてことを口走ってはダメだと、出かかった言葉を飲み込む。
「お腹空いたのは分かったけど触れないなら食べれないと思うけどな」
僕の言葉に眉間のシワを深くした幽子(仮)だがすぐに手を叩いて、その手で僕を指さす。
「食べさせて!」
良いこと思いついたと言わんばかりに僕をさしていた指をピーンと真っすぐ向ける。
「いや、そんなこと言われても……」
「いいからやってみて」
圧強めで押され僕は仕方なく麺を箸で摘まむと、幽子(仮)の方へ差し出す。
ワクワクが止まらないと言った様子の幽子(仮)が口を大きく開け、箸に摘ままれた麺にかぶりつこうと前のめりになる。
ふと、もしかしてこれは間接キスになるんじゃ……なんてことを思ったときガチッと幽子(仮)の歯は空を切り上と下の歯がぶつかり僕の心配は杞憂に終わる。
ぷーっと頬を膨らませ麺をにらんだ幽子(仮)はそのまま僕をにらむと、腕を掴み自分の体を引き寄せるとガラスのテーブルをすり抜けて僕の胸に飛び込む。
そしてそのままひざの上に座ると、まだ箸に握られている麺にかぶりつく。
「はむっ⁉」
どうせ無理だろうと思ったが、今度は歯が当たる音はせずに麺を口いっぱいに入れてもぐもぐと口を動かす幽子(仮)の姿があった。
「ふひゃ! ひゃべれちゃ!」
「何言ってるか分からないから食べてから話そうか」
頬を赤くして大きく開いた目の中でキラキラと揺れる瞳を僕に向け自分の口を指さし必死に食べれたアピールをする幽子(仮)の出会ってから初めて見せた表情に僕の心臓は大きく跳ねてしまう。
そんなだから言葉に詰まりながらぎこちない喋り方になってしまうが、そんなことよりも食べられたことが嬉しいらしく幽子(仮)は麺を飲み込むとカップラーメンを指さし僕の方を見て口を大きく開けてアピールしてくる。
目を輝かせて口を開ける姿に鳥の雛みたいだなと思いながら僕はカップラーメンの麺を掴むと幽子(仮)の口元へと運ぶ。
ぱくっと一口で麺を口にお迎えし、もぐもぐ食べるその姿に芽生えた父性に従い食べさせ、気がつけばカップラーメンはすべて幽子(仮)のお腹の中へと旅立ってしまう。
「ふわぁ~っっ!」
両手の拳をぎゅっと握り、おそらく体の底から出していると思われる歓喜の声をあげながら嬉しさに体を震わせる幽子(仮)は僕を見ると瞳にきゅるんと光を宿らせる。
「おかわり」
「ぐっ……」
純粋な目で見つめられた僕が拒否できるわけもなく二つ目のカップラーメンを作ってしまうことになる。
台所に置いてあるカップラーメンのストックが入ったビニール袋を取り出す僕の肩に幽子(仮)が両手を置いて浮かんだ状態で覗きこんでくる。
「これはさっきと同じ味だからパス。う~んとっこれ! カレー味が食べたい」
ウキウキの声色で僕に寄りかかったままカレー味のカップラーメンを手に取る。理由は分からないけど僕に触れていないと他の物に触れないから仕方ないが、女の子に触れられた経験に乏しい僕にとっていささか刺激が強すぎる。
さらに服を貫通するせいで直接に肩に手が触れている状況に僕は自分の耳が熱くなって、赤くなっているであろうことが分かってしまう。
「ラッ、ラーメン好きすぎるだろ。そんなんなら名前……ラーメン子とかでいいんじゃない?」
恥ずかしさから意味の分からない発言をするとカレー味のカップラーメンを大切そうに片手で抱きしめる幽子(仮)は僕の目を見つめる。
「なるほど……好きなものを名前にするのはありだと思う」
「うそ⁉ そんなんでいいの⁉」
恥ずかしいのを悟られないように適当に言った提案になぜか好感触な状況に、発言者である僕が思わずツッコんでしまう。
「だけど一つ間違っている」
真剣な表情で僕を見るのは良いが肩に手を置いているほどの距離なので顔が近く、反射的に体を逸らすとその分寄ってくる。
「私はうどんもそばも好きだから。麺好きとしてラーメンの枠だけに収まると誤解が生じる。だから正しくはメン子……語呂良くメー子がいい」
メー子? 幽子の方が良くないか? なんてことを思ったが本人が良いと言っているのだから僕が反対する理由もない。肯定の意味で大きく頷くとメー子は僕を指さす。
「早く作って。お腹すいた」
「あーはいはい、作ればいいんでしょ」
メー子に言われ文句を言いながらも僕はカップラーメンにお湯を注ぐ。カレーの香ばしい薫りに部屋が包まれるなか、僕の膝に座るメー子にラーメンを食べさせる羽目になる。
これが僕とメー子が出会ったとんでもない一日であり、腹ペコ幽霊との共同生活の始まりの日である。
そして……
「あーーーっん!」
僕がメー子の口に麺を入れると頬を赤らめ幸せそうな顔で食べる。膝の上に座っているせいで非常に距離が近いわけだが、それよりも困るのが……
「早くっ! 早くっ!」
僕の膝をペチペチと叩いて催促してくるメー子なわけだが、女の子との距離が近いのもさることながら手が服を貫通してるのである。ついでにズボンも貫通しているので膝の上にダイレクトに座られるのは非常によくない。
女の子と付き合ったことなんてない僕はこんな状況に耐えるのに必死なわけで、本来なら文句の一つでも言ってやりたい境遇なはずなのにも関わらず、言われるがままにメー子にラーメンを食べさせるのである。
序章終了です。次話から腹ペコ幽霊のメー子と恵人の共同生活が始まりますので、温かく見守っていただけると嬉しいです。
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