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腹ペコ幽霊と冴えない僕は1DKで麺をすする  作者: 功野 涼し
序章 ある晴れた昼下り僕は幽霊と出会う

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2/12

私の名前は……

 昼休みに出会ったときと同じ格好の薄手のカーディガンにスカート、短めのブーツと秋の装いをする少女は僕の足下に落ちた鞄を指さしている。


「い、いや……なんできみがここにいるんだ……」


 分からないことが多すぎて何と言えばいいのか分からない僕の口から間抜けな質問が絞りだされる。僕の問いに対して首を軽く傾けた少女は首の位置を元に戻すと同時に手をポンと叩く。


 そして僕を指さして真っ直ぐ見つめてくる。日頃女の子に真っ直ぐ見られることのない僕は思わずドキッとしてしまうが、そんなことを知る由もない少女は僕を見つめたまま口を開く。


「お肉マシマシのやつ。美味しそうだったんで食べたいなって思った」


「お肉マシマシ? あ、ああカップラーメンのこと?」


「はい、お肉マシマシの美味しそうだなって。そう思ったらここにいた」


「い、いた? いやちょっと待って! どうやってここに入ったの? 鍵かかっていたよね?」


「質問が多い。細かいことは置いておいてカップラーメン食べたい」


「いや細かくないって!」


 思わずツッコミを入れる僕を無視して背中を向けた少女は、ダイニングキッチンへ続くドアノブに手をかけると突然ズッコケる。


「あぁ……難しい」


 自分の手を見てもどかしそうに呟いた少女は再びドアに触れる。ただし今度はドアノブではなくドアそのものにである。その意味不明な行動に僕は眉間にしわを寄せ目を細め見つめる。


「⁉」


 ドアに触れているはずの少女の手は手首から向こうが確認できず貫通しているように見えた僕は思わず後ずさりするほど驚いてしまう。そんな僕の前で少女は意を決したように小さく頷くと目をぎゅっとつぶってドアに向かって一歩進む。


 ぶつかる! そんなことを思う間もなく少女はスーッとドアの向こうへと消えてしまう。突然の出来事に思わず僕は駆け寄り、ドアは開いていないのに消えてしまった少女の後を追ってドアノブに手を掛ける。


「早く来て、うわっ⁉」


「うわあああああっ⁉」


 突然ドアから少女の顔だけが出てきて僕を見て驚くが、それ以上に驚いた僕は思わず悲鳴を上げてしまう。


「人の顔を見てそんなに驚かなくてもいいのに。傷つく……」


「あ、ごめん……じゃない! なんでドアをすり抜けているんだよ!」


「さあ? 分かんない」


 ドアから生えた顔が首をひねる。その非常に不気味な光景に僕が一歩後ずさると少女は不満そうに頬を膨らめジト目で僕を見てくる。


「そ、そんな顔をしてもほらっ、この状況普通じゃないから!」


 僕はポケットの中からスマホを取り出すと少女に向ける。写真を撮って今が異常であることを証拠として突き付けてやろうとカメラを起動してレンズを向ける。

 だが、僕はシャッターを切るどころかスマホを落としそうになる。


「う、映ってない……」


 スマホの画面には少女の顔はなくドアが映るだけだった。スマホ越しに覗くと確かにそこにはジト目の少女の顔がある。目をこすってみるが僕の視界に少女はいて、スマホにはいない現実は変わらない。


「ゆ……幽霊……」


 なんとなくそうではないかと思っていたことが確信へと変わったとき、僕が思わす口に出した言葉に少女は目を大きく見開く。


 そして僕と目があった少女はドアから首まで出すと続いて手を出し胸元、最後に腰から足までを出して全身をあらわにする。


 ゆっくりと這い出てくるような動きとドアをすり抜ける人外の所業、それはホラー映画さながらのシーンであり僕は恐怖から足を震わせ立ちすくんでしまう。


 顔を下に向けだらりと垂らした長い髪で表情は見えず、それが余計に恐怖心を煽ってくる。よくよく見れば少女の足は地面についておらず数センチほど浮いている。


 いよいよ目の前の少女が幽霊であると確信した僕が一歩後ずさると、少女がスッと一歩踏み込んで進んでくる。


 僕が下がると同じ分だけ少女が前に進む。


 下がる。


 進む。


 繰り返される謎の攻防はアパートの短い廊下のせいであっさりと終わりを迎える。


 僕は玄関のドアに背中をつけ目の前に立つ少女への恐怖感から息苦しくなり胸を押さえる。僕は垂らした髪に手をかけゆっくりとかき上げる少女が何をするのか予測もできず、ただ怯え成り行きに身を任せることしかできない。顔を見せた少女は真顔のままゆっくりと手を伸ばしてくる。


 ━━あ、終わった……


 この場を乗り切れる術もない僕は終わりを確信し目をぎゅっとつぶって運命のときを待つ。


 右手首が掴まれ、いよいよ終わりの時を迎えるのだと覚悟を決める僕の耳に「さわれたっ!」とどこか弾んだ声が聞こえてくる。

 おそるおそる片目を開けると僕の右手を何度も引いたり押したりする少女の姿があった。


「な、なにをしているの……かな?」


 僕が怯えつつ尋ねると少女は今まで見せたことない明るい表情で見上げて僕を見つめる。その表情が可愛いと思ってしまった自分になんと単純な生き物だと呆れる一方、少女がボクの手を握る自分の手を指さし必死にアピールしてくる。


「初めて人にさわれた! ほら! ほら!」


「いてててて」


 少女は手を引っ張って僕を引き寄せると、僕の頬をぺちぺちと叩いてくる。痛いので僕は逃げようと身をよじるが背後にはドアがあるためそれは叶わず、なされるがままぺちぺちされてしまう。


 少女に頬を叩かれ喜ぶ趣味はないので、すごく嬉しそうに頬を叩く手を握って止めるとその手を見て満足そうに笑みを浮かべる。


「えいっ」


 握られてない反対の手で僕の胸元を押すと笑みを浮かべていた少女だが、真顔になってじーっと自分の手元を見つめる。


「ったく何が面白いのか」


 精一杯の強がりから悪態をつくような言い方をした僕は少女が見つめる手元に視線を落とす。


 そして絶句する。


 少女の手が僕に触れている感覚はある。あるからこそ少女の手が服の上にないことに絶句してしまうわけである。


「なるほど、へぇ~そういうことか」


「ひやうっ⁉」


 少女が関心した声で手を動かすと僕はくすぐったくて変な声を出してしまう。


「私がさわれるのはあなただけで服は貫通してしまうみたい」


 発見に喜ぶ無邪気な笑顔を見せる少女だが、僕には服を貫通し肌に直接触れてくる最悪の変態にしか見えない。実際指をゆらし迫ってくる様など疑う余地のない変態でしかない。


「うへへへへっもうちょっとさわらせてぇ~」


「い、いや……」


 僕は自分自身を抱きしめ身を縮ませ精一杯ガードをして限界までドアに背をつけて抵抗をするが相手が悪かった。

 ドアをすり抜け背後に回って背中をさすられくすぐったさから身をよじって浮いた腕の隙間に手を入れられ脇をくすぐられてしまう。


「うひゃぁ! やめて! 脇だめ! ひやうはっ!」


 いい年のおじさんがくすぐったさに悶え泣き笑うという近所迷惑な笑い声を周囲にまき散らすこととなるのである。


 ***


「ごめんなさい。つい嬉しくて」


 リビングにある小さなソファーに座る僕の横で少女が手を合わせて謝ってくる。散々くすぐられた挙句、笑い過ぎて息ができなくなって過呼吸になってしまった僕としては簡単に許すわけにはいかなと顔を逸らして怒っている感じを出す。


「許してもらえない?」


 顔を逸らした方に回り込んで僕の顔をじっと見つめる。それだけでもドキッとするが、ちょっと顔を動かしたら触れそうな距離ならなおさらドキドキしてしまう。自慢ではないが高校生のころ彼女がいたにはいたが、手をつないだのが関の山でこんなに顔が近づいた経験はないから仕方ない。


 恥ずかしさから反対に顔を逸らしたら、いつの間にか回り込んでいて僕の顔を覗いてくる。


「はぁ~分かった、分かったから」


「許してくれるってこと?」


「そう、そう。許すから」


 直視しないように下を向いているのに覗き込んでくるせいで、ちょっと潤んだ瞳を揺らしてお願いする少女の顔を直視してしまう羽目になる。

 そんなの異性への耐性ゼロの僕が耐えれるわけもなくあっさり許してしまうわけである。


「よかった。あ、あとで許すのなしはなしですよ」


 ホッとした顔で手をパンと叩いた少女が僕が思ったことを先に言わせまいと牽制してくる。

 絶対に悪いと思ってないなと思いながらも、許した自分が悪いのだと諦める。


「ところで、きみが幽霊だとして。名前はなんて言うの?」


「名乗るときは先に自分が名乗るのが礼儀ですよ」


「渡舟恵人です。32歳です。よろしくお願いします。それであなたのお名前は?」


「ふ~ん、わたりふね……変わった名字ですね。対して名前の汎用性が引き立つ……」


「余計なお世話だし。それよりもきみの名前は?」


「ガツガツしてますね。そんな押し方してたら引かれますよ」


 少女のいい方にむっとするが、彼女いない歴を更新中の身としては言い返せないので黙って少女の答えを待つことにする。


「私の名前は……」


 名前が呼びづらいから聞いているだけで本気で知りたいわけじゃないし、もったいぶられても面倒だけなのだが少女が僕をじっと見てタメるので、仕方なく前のめりになって興味を持ってる風を装う。


「私……」


 少女が首をひねり眉間にシワを寄せる。


 少女のその行動に僕は一抹の不安を覚える。


「私だれ?」


 人さし指を自分にさして尋ねてくる少女の答えに僕の不安は一抹から確信へと変わってしまう。

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