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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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短編ホラー

舞踏会

作者: 壱原 一

大学を休学し金を稼いでは旅をしていた若さ故の一頃ひところの事、某国にて代々の豪農の男の家へ厄介にあずかる運びになった。


男が運転する車で圧巻の農地の波間に佇む年経た邸宅へ赴き、細君と、テレビに釘付けの老爺に迎えられる。


夕飯後煙草を吸いに裏のポーチへ出ると、脇の揺り椅子で老爺がパイプを吹かし、暮れる草叢くさむらの1点を眺めている。


見れば先に何やら建物があり、興が乗って傍のランプを手に見物へ行った。


*


屋内は朽ちていて、唯一の出入口からランプの明かりが照らす限りをなぞるしか出来ない。


規模は何処ぞの小会議所と言った所。雇人達への指示出しや休憩に使っていたのだろうと振り返り掛けた刹那、どやどやと人のざわめきが屋内へ流れ込んで行く。


声や姿は窺えず、相手方が此方を気取る様子もない。


しかし巻き起こる空気の対流や、各人の汗や土埃の臭い、高く低くからの息衝いきづきさえ感じられる。


荒廃した屋内へ十数人が集ったと思われて間も無く、銘々がふっと息を呑んで浮足立つ気配が張り詰める。


次には堅牢な床板を踏み鳴らす確然とした足音が随所から高々と上がった。


軽やかに踏み出し、小気味よく踵を打ち付ける。跳ねながら回転する。


ほぼ揃って奏でられる旺盛な躍動の音は、農場で日課を終えた人々がささやかに羽目を外してはしゃぐ舞踏会のそれに違いなかった。


積もる憂さを払って、明日への意気を新たに。有り触れた素朴な営みが余程鮮やかに焼き付いたのか、輝かしい往時の名残が人知れずきらめいているらしい。


思い掛けず牧歌的な心地で無人の活況かっきょうを眺めていると、不意に背後から新たな1人の気配が追い越して、本の鼻先で息を詰め、体の脇、腰の高さで耳慣れない機構の音を鳴らす。


一塊ひとかたまりの端々が複雑に連動する音の後、1発、轟音が響く。


金物とマッチを混ぜた風な燃焼の臭いが漂い、そこへさも清々とした太く長い溜め息が吹く。


パイプの臭いがする。


屋内はしんと静まり返っていた。


それでいて屋内の全員が、此方の本の鼻先に居る溜め息を吐いた人物に空恐ろしい程の怨嗟を照射しているのが感じられた。


万一同一視されては事だと危機感を覚えて後退あとずさり、今度こそ来た方へ振り返ると、暗む草叢の先へ見えるポーチに、1筋薄ら白い煙が上っている。


深まる宵闇の中で、揺り椅子に座った老爺が、依然悠々とパイプを吹かし此方を眺め続けている。


気付くなり内心がべっとりと冷えて、俯いて足早に部屋へ戻った。


翌朝男に車で町まで送ってもらった。



終.

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