第86話:ほどほどの誓い
「先生、もうそれ六杯目ですよ。」
弟子の一人が、少し困った顔で言った。
バレルはというと、書類に目を通しながら紅茶をくいっと飲み干し、 無意識のうちにティーポットに手を伸ばしていた。
「……あれ? ほんとだ。」
【魔界依存症対策制度】
・魔導薬物・違法嗜好品への流通規制と医療的支援体制の整備
・依存傾向の高い娯楽(賭博型魔道具・連続映像魔術など)への認可制導入
・精神的依存の早期検知システム導入と自治体レベルでの啓発
「人間、いや魔族でも、弱いものです。 酒に薬、快楽、仕事、情報……そして紅茶。」
「最後の入っていいんです?」
「個人差はありますけど、俺はそろそろ危険域です。」
バレルはそう言って、カップをそっとテーブルに置いた。
新制度の発足に伴い、魔界中に相談窓口と医療支援が設置され、 依存傾向を持つ者の社会復帰支援が本格的に始まった。
「“やめろ”ではなく、“戻れる”仕組みが必要なんです。」
中毒を“断罪”せず、“再起”と“予防”に光を当てる改革。
バレルもこの日から、紅茶を一日三杯までと定める自己ルールを立てた。 弟子たちはそれを手帳に書いて、ニヤニヤと眺めていた。
「何事も、ほどほどに。ですよ、」
銃尾はこの日、紅茶の香りに包まれながら、静かに微笑んでいた。




