第53話:働き方に、境界線を
総理就任の翌日、バレルは早速一枚の法案を持ち込んだ。
――『魔界労働基準法草案』
「……は? 労基法?」
「はい。働きすぎは、魂がすり減りますから。」
魔界の労働文化は、長年“働ける者が働けるだけ”という実力主義に偏っていた。
しかし、連盟国家となり、多様な種族・文化が混在する今、 無法な労働環境は命と未来を奪う要因になりつつあった。
「じゃあ、嫌われ役は俺がやります。」
労働時間の上限設定、休憩時間の義務化、未成年の夜間労働制限、 過労による医療保障と違反企業への是正命令制度――
「ブラック企業に銃尾を、ですね。」
最初は猛反発もあった。
「ぬるい!」「魔族に休みはいらん!」「甘えだ!」
バレルは、静かに、しかし一歩も引かずに言った。
「甘いのは、お前らの魂の方だ。自分も他人も使い潰す前に、休め。」
制度導入後、過労死件数は急減し、企業の離職率も改善。
「休日って、ちゃんとあると……こんなに嬉しいんですね。」
「家族と食卓を囲めるようになったんです。」
労基法は、確かに“嫌われ役”だった。
だが、それは確かに“守るための壁”でもあった。
今日も政庁の机で、書類の山に囲まれながら――
「俺にも休日くれませんか……?」
銃尾が書類にサインを走らせる音が、静かに響いていた。




