Shutter2
【食事を楽しみ住民から情報を聞き出すミナ。だが、彼らの逆鱗に触れる】
階下のホームに真っ直ぐに並べられたバラック通り、住民達はここを站夢巷と呼ぶらしい。人が二人座れば満席になるバラック内では、茶色に染まった肉が焼かれている。味はどうだかわからないが少なくとも匂いはいい。
先程、カヴィアに串を渡した屋台の前までやってきた。店の前には人の頭と見紛う巨大な鳥類の生首が吊るされている。ギョロギョロと飛び出た目で今は何を見ているのだろう、シュリーカー・クロウの生首だ。恐らくは50過ぎだろう屋台の親父は、まずは上から下までギョロリとミナを舐める様に観察する。不穏を感じたカヴィアが足を前に出して、親父に呼びかける。
「不用担心。她是一名记者。他想听听居民们的意见。(心配しないで。記者なんだ。住民の話を聞きたいらしい)」
無言のままのミナをもう一度確認して、親父は首を振りながらミナではなくカヴィアに呼びかけた。
「カヴィア!我告诉过你要挑选与你共事的人!(仕事相手は選べと言っただろう!)」
狼狽えたカヴィアが弁解を始める。
「您无法选择询问谁!(依頼相手は選べないよ!)」
大きな声でのやり取りの後、ミナが静かに発語した。
「蘭語で話して。翻訳機は持ってないの」
流れた気まずい空気にカヴィアは顔を逸らして、屋台の親父は腕を組んだ。明らかに不機嫌である男に、ミナは物怖じせずに貧者の眼を取り出す。木造の平たいドーナツの穴から男を覗いた。マナが奔流する。録画が始まる。発したのはミナから。貧者の眼は先ずシュリーカー・クロウの生首に向いた。それから屋台の男性に眼を映す。
「さっき、フラッフィーマンションの上階で、こいつらに突かれている人間を見た。主食は人間でしょ?人間を餌に育ったモンスターを食べるの?倫理的な観点から、貴方の意見を聞きたい」
呆れ返ったカヴィアが鋭い声でミナを制止した。「……ミナ!」
「……お前は肉を食わないのか?」
店の親父が低く深い蘭語を発した。口の端に嘲りを乗せてミナが微笑む。やっぱり。この年齢の男性で、スラムで飲食を商っている、外部との交渉なしに成り立つ仕事じゃない。恐らくは不法移民、そして捕まらずこの年まで生存できた男性だ。であるなら日常会話程度の蘭語は習得しているはずだ。
「私はヴィーガン。でも今は肉食の是非を問いたいわけじゃない。人間を主食にしているモンスターを食べるのは人間を食べるって事と大差ないわよね。空腹は倫理より上に位置するって理解でいい?」
「そう思いたいならそう思え。少なくともここのルールはそうなってる。飯を食わずに倫理に食われるより、モンスターに食われた方がマシな死に方だ」
息を吐いてミナはやっと自己紹介をした。
「OK。私はミナ。ミナ・クレーバー。ケムトレイルの記者をやってる。フラッフィーマンションの取材に来た」
そう言って手を差し出したミナの手を親父が取る。不信に染まっていた目は、次に値踏みの笑みになった。警戒はされているが種類が変わった。長年の取材経験がその予感を確信に変える。
「話を聞きたいの。ここに来てどれぐらいか、とか。あとはフラッフィーマンションの規模や内部構造。政治や内政機構なんかも」
「全部は知らん。知っていることは答えられるが、ここは飯屋だ。飯を食わねえなら出て行ってくれ」
肩を竦めてミナは火に炙られている串を指差した。「それを頂戴」
親父は口の端を上げながら彼女に串を取り差し出す。
「いいのか?モンスターの肉だぞ?それも人をたらふく食った直後だ」
無遠慮にミナは串に齧り付き、硬い肉を歯で噛みちぎった。弾力があり香ばしい。辛味が強いのは臭みを消す為だろう。奥歯でそれを咀嚼する。薬味と辛味のあるソースの味が、淡白な肉と絡んで旨味を引き出している。まだ形の残る肉を飲み込むと、喉を通り抜ける感触が心地よかった。
「悪くない」
そう言って彼女はバラック前の椅子に腰掛ける。背後でハラハラしながら様子を伺っていたカヴィアも、笑顔になってもう一つの椅子に腰掛けた。
◇◇◇
シュリーカー・クロウの焼き串を二つ、それから両隣に声をかけて出されたのが、夜鳴粥と、油蟲を揚げたもの。夜鳴粥は発酵穀物を粥の様に啜るスタイルのアルコールだ。原材料は聞いてはならない、本来ならば食べてはいけない種類のもの。ただ非常に甘く、そして酒精も強い。対してカヴィアが頬張っているのは、ルーグーおすすめの油蟲の炒め物。見た目はほぼ所謂ゴキブリ、コックローチの素揚げであるが、腹部に溜まっている脂肪分がバターの様な風味を有している。それに岩塩を一振り、ボウル一杯の上がった虫をカリカリとした感触と主に楽しむ、このスラム街の人気スナックだ。カヴィアはそれに合わせて、髑髏露を飲んでいる。ここ、站夢巷では最もポピュラーな飲み物だ。女性二人の食いっぷりを眺めながら、店の親父も髑髏露を煽った。既に屋台奥の椅子に腰掛けている親父が、臭い息を一気に吐いて、彼女達に呼びかける。
「で、何を聞きたい」
粥を啜って飲み込んだミナが、彼を見ながら質問をした。
「まずは階層、構造なんかも。あとは、白骨幇について。成り立ちとか。メンバーは聞かないわ。代わりに支配範囲なんかを知りたい」
酒が入って少し気分がよくなっている親父はゆっくりとミナに返してくれる。
「今は多分30階、いや35……ぐらいはあるな。どの階層も東側は白骨幇、西側はラ・ムエルテ・ブランカが支配してる。なるべくムエルテの支配地域には行くな。クロウの餌になるか、アグヘロ・デ・ラ・コンデナに落とされる。地下まで繋がってるデカい穴らしい」
口の中で昆虫の甲殻を噛み砕く心地よい音を立てながらカヴィアがその後に続いた。
「ムエルテの連中はかなり武闘派なんだ。邪魔だと感じたら女でも子供でも平気で殺すよ。私が颅骨と顔見知りになったのも、ムエルテとの抗争がきっかけでね。颅骨の妹を助けたんだ」
貧者の眼を起動させながらその全てを記録していたミナに疑問が沸いた。少し酔っ払ってはいるけれど、判断力はまだ失っていない。
「武力よね。白骨幇の人間もだけど、武器がかなり流入してる。資金はどうやってるの?」
店の親父がまた髑髏露を一口飲んで答える。言葉を発する毎、メチルアルコールの香りがあたりに漂った。
「白骨幇の奴らは外部のモンスター討伐やらで稼いでる。少し違法なものも運ぶ。だけどムエルテの連中のバックにはどうも政府がついているらしい」
親父の言葉に顔を上げたカヴィアが口を尖らせて反論した。
「嘘だろ?確かに装備はいいんだけど、訓練がなっちゃいない。政府の金が入ってるんなら、もっと強いギルドのはずじゃないか」
カヴィアの反論に、屋台の親父は手を振って返答を放棄した。
「ただの噂ってだけだ。詳しい事は俺だって知りゃしない」
ただミナだけがその噂話に反応した。そして、彼女は確信を持って問題に切り込む。
「それと、G・Vって文字、それからVOODOOについて、知っていることを教えて」
途端、強くテーブルを叩いた屋台の親父は立ち上がり怒鳴り上げた。
「我不需要钱!立刻出去!(金は要らん!今すぐ出て行け!)」
驚いて固まった女性二人の前に、屋台の奥から大きな親父の体が出てくる。平皿を持っているミナも、ボウルを抱えていたカヴィアも、親父の腕により強制的に立ち上がらされた。そのまま親父は、店のシャッターを閉めてしまう。彼の動作に連動した様に、周囲の店も彼女達二人を残して、店じまいを始めた。油蟲を抱えたまま、カヴィアは泣きそうに眉を下ろし、ミナは逆に恐ろしく冷たい目で周囲を観察し始める。
恐らく初めての事なのだろう、カヴィアは困惑しながらミナに声をかけた。
「……ねえミナ。VOODOOって何?私は、住民のインタビューだって聞いたよ?その為の、警護だって……」
小さなカヴィアの声が背中で震えている。何が警護だ、何がプロフェッショナルだ。建前を簡単に信じるなんて。最初からミナの目的はVOODOO、この致死性の薬物と政府との関わりだ。それを暴いて世間に知らしめる。その為の英雄になれるチャンスなのに、背中の小動物は震えてばかりで役に立たない。
踵を返してミナは歩き始めた。私は私の仕事をする。その為には多少の嘘が必要だ。カヴィアが油蟲を抱えたまま、立ち尽くしてミナの背中に問うた。「……何処に行くの……?」
ミナの眼は上階に向けられている。VOODOOにより近い人間、それは恐らくここの支配者である可能性が高い。
「颅骨に会いに行く」
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