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VOODOO  作者: 路輪一人
Could this be
8/40

Shutter1

【駅の構内に拡がる華国街。ミナはそこで情報を集める】

 カヴィアはゆっくりとジープを操作し、シャッターのほど近くにあった狭いスペースに器用に車体を突っ込んだ。カヴィアが先ずジープを降りて、それからミナが恐る恐るドアを開けた。ゴロゴロとした石の感触をミナの足裏が感じる頃には、背中のシャッターが轟音と共に降り始めている。二、三歩歩く間に太陽光は遮断され、薄暗がりの中をぼんやりと、けれども鮮烈に照らすランタンの灯が駅の構内を照らす様になった。


 カヴィアに促されて、ミナは足を進める。進める間にもカメラを構えてシャッターを切った。ミナの目はカメラだ、自分の目で見るよりカメラはずっと物事の本質を映し出してくれる。カヴィアが登ろうとしているのは恐らくは駅のホームだったもの。既に過去の面影はない、小さな階段を登り切った先には別世界が広がっていた。真っ直ぐなホームに沿う様に並んだバラックの中では何かの動物の肉が焼かれている。その奥に木で作られた簡易な階段があり、板が通されその上にもまたバラックがひしめいていた。2階の手すりに腰掛けた少年が二人、興味深そうにこちらを伺っている。隣のバラックには洗濯物が乱雑に干してあり、その隣のバラックでは明らかに違法な酒類が醸造されていた。列車のボックス一つほどのバラックが40ほど、それが背中合わせに並んでいる。そして恐らくこの小さな社会の特等席こそが、駅の構内に停車している二両編成の列車だった。座席が取り払われた列車の中はそこに住む人間達の居住スペースになっていた。狭いホームを歩き進むカヴィアとミナを、列車の窓から鋭い視線で住民達が睨みつけている。そこだけが静かで後は全てが騒々しかった。


「ラオ!吃这个!(これを食べろ!)」


 バラックから差し出された串をカヴィアは笑顔で受け取る。店先に吊るされていたのはシュリーカー・クロウの生首だ。ウッと口を押さえたミナに対し、カヴィアは笑顔でその串を頬張り、店の主人に声をかける。


「很好吃!谢谢你!(美味しいよ!ありがとう!)」


 すれ違う人が笑顔でカヴィアを迎えていた。しかしカヴィアの後に続くミナの顔を見ると、途端にその目に不信が浮かぶ。その悪意を受けてミナの背も伸びた。こういう悪意なら慣れている。悪意をシャットアウトする一番いい方法が、自分の中にも悪意を飼う事だ。遠慮もなしにミナは住民達にカメラを向けた。カメラという目を向けられた住民は途端に笑顔と顔を隠す。手を振って自分の顔を見られない様、細工をする。これがミナの世界。ミナが知りえた世界の真実だ。


「ラオ!」


 精悍な男性の声がカヴィアに掛かり、カヴィアもまた明るい声でそれに答えた。


颅骨ルーグー!」


 そこには先ほど屋根の上で銃を構えていた男性が立っていた。背は高く肩幅は広い。白いダウンジャケットのよく似合う、恐らくは華国の男性だ。東国人にも関わらずホワイトに引けを取らない肉体を持っている。その美しい肉体の上に乗るのが白い髑髏のマスクだ。この白。赤いランタンの中では見分けやすい、この白こそがこの社会の秩序の色なのだろう。


颅骨ルーグー、紹介するよ。彼女は記者のミナ。フラッフィーマンションの取材をしたいんだって。ミナ、彼が白骨幇バイグーバンのマスター、ルーグーだ。華国語で頭蓋骨って意味だよ。白骨幇バイグーバンのメンバーは皆人体の骨の名前がついている。ルーグーがここの法律だよ、彼に許されればなんでも通る」


 屈強で若々しい肉体がカヴィアの隣で存在感を放っている。居心地の悪さを感じたけれど、それは言語化すべきじゃない。初めまして、と小さな声で彼に手を差し出した。思いの外大きな手がミナの手を取り包んだ。久々に触れた男性の肉体に、不可解な無力感が沸いてくる。


「会えて嬉しい。ミナ」


 蘭語が聞こえた。男性の声だ。ルーグーの声らしい。


「少しだけ、蘭語、わかる」


 辿々しいながらも意味の通じる彼の蘭語に思わず微笑んでしまった。ギルドマスターの彼がこのギルドの交渉役、外部との取引を可能にしているのだろう。


「ラオ、寝る場所、ある?何か食べる?」


 彼がその可愛らしい蘭語でラオに問うた。ラオも顔いっぱいに笑顔を浮かべて、ルーグーに返す。


「寝る場所もないし、お腹も空いてる。いつもの場所は空いてる?」


 腕を振ってルーグーが歩き出した。ついてこい、という事だ。ラオが振り向きながらミナに言った。


「良かった。特等席を提供してくれるよ。これで安全に取材ができる」


 ラオは笑顔のまま正面を向いて、今度は華国語でルーグーと会話を始めた。そんな二人の背中を暗い表情で眺めながら、ミナは無言のままカバンの中の白い錠剤とG・Vのチケットを弄った。仕事をする。カヴィアが自分に語った事だ。自分はここに愛されに来ているわけじゃない。


 駅校舎の後方まで停車した列車の屋根を歩き、そこから伸びた梯子を登った。駅校舎の上部、トタンの張られた屋根に近い場所に作られていたのがギルド白骨幣バイグーバンの拠点だ。階下の赤黒いスラムの気配は消え去り、白い板間に清潔な蛍光灯の灯るモダンな空間が広がっていた。真っ直ぐな廊下の先がルーグーの個室だという。長い廊下の両サイドに扉で区切られた部屋が幾つも設置してあった。


颈椎チンジュイ腓骨フェイグー、いない。部屋使え」


 開かれたドアの先は、スラム街の中ではラグジュアリー、二つの整えられたベッドとデスクが配置されている美しい部屋だった。天窓からは沈みかけた夕日が投げる柔らかなオレンジが差し込んでいる。夜になればきっと美しい星々を眺めることができるだろう。


「トイレ、シャワーは下。ラオがわかる。飯も色々ある。白茸蛞バイロンカ油蟲ヨウチョンが美味い」


 ルーグーの呼びかけにカヴィアはまたあの輝く様な笑顔で返答をした。


「ありがとう、ルーグー。チンジュイとフェイグーにもよろしく言っておいて」


 ふっと笑いを吐き出したルーグーは冗談めいた声色で最後にカヴィアに呼びかけた。


「お前がうちに来ればいい。欢迎」


 締まった扉を確認して、まずはミナが口を開いた。


「もしかして勧誘されてる?反社会組織に」


 ベッドサイドに腰掛けて肩を竦めたカヴィアが困った様な笑顔を向けた。


「よくある事だよ。交渉するか戦闘するか、のどっちかだから。人間相手の戦闘は慣れてないんだ。モンスターなら気兼ねなく倒せる。でも人間相手はなんだかね」


 言いながらカヴィアは武装を解いた。肩に担いでいた自動小銃をベッドに立てかけ、それから防弾チョッキを脱いだ。カヴィアに倣ってミナもまた対面にあるベッドサイドに腰掛ける。けれどもこれからがミナの仕事の本領だ。カメラのフィルムを確認する。まだネガはある。バックの中にノートと貧者の眼。必要な絵は、先ず白骨幣バイグーバンの画像、それからインタビュー、この小さな華国街で暮らす人間に話を聞きながら、VOODOOについて聞き出す事。カバンの奥には白い錠剤は静かに横たわっていた。


「食事にしましょう。それから街の人間に話を聞きたい。着いてきてくれる?」


 有無なんて言わせないつもりだった。ミナは言葉の中に小さな悪意を込めたつもりだったけど、カヴィアはそれに気づかずにいいよ、と微笑んで立ち上がる。ホルダーの中に小銃だけを押し込んで女性二人は部屋を出た。今度はミナが先頭だ。カバンの奥で眠るVOODOOが力をくれる。正せ糺せ、この世界を。間違いだらけのこの世界を。男に支配されるこの世界を正せ、糾せ、壊せ。


挿絵(By みてみん)

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