Paper doll 2
【地下の薬物生成場で、ブレンダンはある名前を確認する】
ミナが恐る恐るカメラを構え、運ばれていくジミーの遺体を撮り始めた。シャッター音が先ず一回。脱力したまま運ばれていくジミーの痩せ細った体。次に撮ったのは、扉を足先で開けるカートの真剣な横顔。それから音に振り向いた黒人のジョージ、全てを見ているブレンダンの横顔。早くなり始めたシャッター音を嫌って、ジョージが鬱陶しそうにミナに言った。
「何してやがる。こっちは真剣なんだぞ」
ミナは思わずカメラを下ろそうとした。だが一瞬の逡巡が彼女の震えを止めた。下ろされ掛けたカメラがまるで彼女を諌めた様だった。思いもよらない反論がミナの口から飛び出した。彼女自身も自分の言葉に驚いていた。彼女の横顔を見ながらブレンダンは良い兆候だ、と沈黙したまま彼女を祝福した。
「………ジミー、ジミーは友人だったから………。撮っておきたいの。忘れたくない」
ミナの言葉を聞いた男達は、もう一度微笑むばかりのジミーの遺体を見た。胴や足、頭を抱えたままジミーの顔を見た一人が、突然口をへの字に曲げて涙ぐんだ。何かを飲み込む様に息をした彼らの先に暗い個室がある。壁は全てステンレス製、部屋の中央には鉄のベッド。その鉄のベッドにジミーを寝せた男達は、振り返って部屋の明かりをつけた。眩しい蛍光灯がジミーの遺体の詳細を照らしだした。彼の浅黒い顔の周りに青い血管が浮き始めている。
「もう少しで蘇るぞ。チェンソーは?」
カートが壁に掛かっていたチェンソー、刃の部分が血に染まったチェンソーを手に取った。もう一人の男が医療用であろうポリ袋をジミーの頭部の下にセットする。ブレンダンは扉の前に陣取り、ミナはその後ろで口を覆ったまま事の全てを見守っていた。チェンソーが起動する。ステンレスの壁すら揺らす電動ノコギリの衝撃が、ジミーの頭部を破壊していく。頭蓋が砕かれ血飛沫がカートの顔や手に飛び散る。ジミーの肉体はただ揺れているだけだったが、そのうち手や足が上下に動き始めた。
「抑えろ!」
誰かの声が響いて、男達が上下に振り上げられるジミーの手を抑えた。ブレンダンもまた足を踏み出し、ジミーであった肉体が体を起こそうとするのを抑制した。カートはそのままジミーの頭蓋をチェンソーで割る。医療用ポリ袋の中に真っ白い脳が脳漿と共に流れ落ちた瞬間、ジミーは肉体を一度痙攣させて、そして動かなくなった。
男達は息をついて、額に浮いた汗を拭いた。カートは顔中に飛び散った血液を、白いランニングの裾で拭き上げている。医療用ポリ袋の口を結んだ男がそれを部屋の隅に安置した。
ミナはそれを写真で撮る。記者であった時の勘、切り取るべき動線を意識しながら必要な部分を慎重にカメラに収めた。カメラという目は撮影者を奇妙にも勇敢にさせる。カメラ越しの世界は、撮影者にとって創造物、作品に過ぎないからである。頭蓋を割るカートの真剣な表情。恐怖を滲ませながら暴れるジミーの肉体を抑える男達。頭部の無くなったジミーの見開かれた目。そして部屋の隅の医療ポリ袋。
「終わりだ。後は俺達、墓守がどうにかするよ」
周囲を注意深く観察しつつ、ブレンダンはカートの言葉に耳をそばだてた。墓守、という言葉からそれが集団であることが理解できる。口を開こうとしたブレンダンを制して、ミナが発言した。
「墓守って何?」
ミナを振り返ったカートがギラついた青い目で彼女を見つめながら答えた。
「……あんたはここに来てもう随分経つな……。知っとかなきゃいけないことだ。地下施設を統括する部署がこのギーガービレッジにはある。ゾンビ化の処理とか、遺体の処理をするんだ。それから………他にも色々と仕事がある」
ミナは続ける。震えながら続けている。ミナの姿を横目で見つつ、ブレンダンは深く息をついた。危険な賭けだ。今が最も危険な状況だ。一人でも思考する人間が存在すれば、自分とミナは真っ先に疑われる。
「……、知らなかった………。でもそうね……ここで死んだ人は何人も見たけど、依存症を克服できた人はいないものね……。ゾンビを外に出さない為ね……。バレたら、私たちの居場所も無くなるし……」
そう言いつつ、ミナは扉を開けた。震える足を励まし冷静を装ったまま外に出る。次の標的はブレンダンだ。
「あんたはもうドクターの代わりだ、ブレンダン。ドクって呼ぶぜ。あんたにはもう少し見てもらいたいものがある」
周囲を見る。男達は皆ブレンダンを見つめていた。有無を言える状況じゃない。だから逃げ道として、ブレンダンは彼らに答えた。
「OK。だが俺はルクスで肺機能を失ってる。助手としてミナをつけてもらいたい。承認してくれるか?彼女は記者だったし、環境の差異を見抜く目を持ってる。俺の命を預かる人間として適切だ」
男達は互いに目配せをし合った。答えたのはカートだった。
「いいぜ、それでいい。着いてきてくれ」
カートの背中に、ジミーの脳が入ったポリ袋が担がれる。
◇◇◇
長い廊下は清潔だった。真っ直ぐに伸びる無機質な銀色の通路。上部には眩しいほどの明かりを放つライト鉱石が設置されている。恐らく画像の記録も可能なものだろう。その真っ直ぐな通路の向こうに銀色の扉が見えた。位置的に丁度会話の家の真下である。先頭を行くカートが振り返った。
「最初は驚くと思うが、こいつは必要な事なんだ。俺たちが生きるため、俺たち全員を生かす為には必要な事だって事を理解して欲しい。俺は悪人じゃない。でも善人でもない。ただの人間だ。そして人間ってのはこういう事なんだ」
カートが開け放った扉の向こうには大規模な薬物精製ラボが広がっていた。
煙を吐き出し、薬品臭をばら撒く機器の真ん中を突っ切って、カートは奥に設置されている収納型ダストボックスの中にその袋を投げ入れた。踵を返しブレンダンの前に帰ってくる。そして手を広げてこの施設を紹介した。
「ラボだ。ここで薬品を合成してる。最新機器だぜ?」
ブレンダンは周囲を見渡し、ここがこの施設の中心部なのだろうと理解した。背中でミナがカメラを取り出しかけた雰囲気を察知したので彼女の手を止めた。今は危険すぎる。
「薬品はVOODOO?」
冷徹にブレンダンはカートに聞いた。カートは頭を掻き、言い淀んだ後、言い訳の様にブレンダンに告げる。
「VOODOOだったらなんだ?風邪薬を作って俺たちが食っていけるか?よせよ、ブレンダン。あんたも中毒者だろ?あんたみたいに料理ができるやつなら、このデカい蒸留機で興奮できるはずさ。量も質も申し分ない。俺が毎日VOODOOをやったって誰かに投げ売りできるぐらい作れるんだ。幸せを作れるんだよ」
ブレンダンは自分の目が随分と冷ややかになるのを感じて、顔を伏した。体を振って、蒸留機を見上げる振りをしながら考える。それは幸せか?だが、幸福のなんたるかを彼らに説いても意味はない。彼らの幸福の上限は、明確にVOODOOの酩酊だからだ。それ以上のものがない人生に、それ以上を知れという。それは傲慢だ。傲慢は実に、後味の悪い結果を作り出す。かつての自分が、ルクスを作り上げた様に。
「いや、俺にも薬は必要さ。痛み止めがなきゃ生きていけないからな。あんたの言いたい事も理解したよ、カート。俺たちにはVOODOOが必要だ」
カートはブレンダンの答えを聞いて、なんだか子供の様に顔を綻ばせて笑った。
「あんたが協力してくれるなら百人力さ、ブレンダン」
カートの調子の良い言葉を背中で受け取り、ブレンダンはラボの周囲を歩き始める。そこで初めてミナに声を掛けた。男達から距離を取り、大きな圧縮機の側、蒸気の上がる機器の側で彼女に小さく声をかける。
「撮れるか?位置と場所を覚えたい」
ミナの背がゆっくりと伸びて、ブレンダンを見上げる。彼女はカメラのレンズに蓋を取り付け、代わりに貧者の眼を起動させた。木を削って作られる平たいドーナツ型のレンズは、時計回りに周囲をなぞれば輪の中に五分間だけ周囲の状況全てを記録することができる。それは破壊されない限り、書き換えは無効、誰にでも作れる強力な物的証拠品だ。
周囲の機器を見ながら、ブレンダンは最奥にあった収納型ダストボックス、そこに嵌められているネームプレートを凝視した。オーウェン・ドレクスラー。その名前は、バロンの資料に添付されていたものだ。その名前に導かれる様に、ブレンダンはこの場所に来た。彼の尽力がなければルクスは完成しなかった。彼はブレンダン直属の部下であり、共にルクスを作り上げた天才学者。だからブレンダンはここに来たのだ。かつての間違いを、全て精算するために。
次回。仲間を装いながら破壊工作を続けるブレンダン。
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