Paper doll 1
【ジミーの切ない人生と、その末路について】
その日以来、ブレンダンはジミーの診療所に寝泊まりする事になった。
ジミーの肉体は限界だった。飽くなきVOODOOへの渇望を抱えながら、患者達を診ていたのだろう。そしてその忍耐も限界だったのだろう。動けなくなったジミーの治療、延命に過ぎない処置を続けながら、ブレンダンはジミーの代役を務めるようになる。ジミーの代役を務めながら、このギーガー・ビレッジの全体図や機能を隈なく調査した。毎週月曜日と金曜日に外部、恐らくはサカスーマや、華国系の反社会ギルドによる物資が届けられ、同時に薬物の受け渡しが行われている。また彼らは新しい入居者も連れてきた。例外なく薬物中毒者であり、依存度も中度から重度の人間達だった。ブレンダンは彼らの健康状態を診察し、それから会話の家と呼ばれる、あの大麻喫煙室へと案内した。
ジミーの容体は段々と悪化し始める。
自身の皮のコートの中にある、簡易の生体検査キットでジミーの血液を解析した。致死量に近いオキシフィンが既に神経を焼き始めている。内臓は悲鳴をあげて、異臭を放ち始める。尿や便には血液が混ざる。痛みのない緩慢な死がゆっくりとジミーに忍び寄っていた。
一週間目の夜だ。
ブレンダンは蝋燭の灯りの下で、細い息になったジミーに寄り添っていた。書いているのはこのギーガー・ビレッジの構造と地図。監視網とその穴。そこから導かれる脱出経路。幾つかのルートを書き出し、次は破壊工作をどう行うか思考し始めた。その時、医療ベッドからジミーの贖罪の様な告白が始まった。
「………医者じゃないんだよ」
手を止めたブレンダンがジミーを見る。眼振が見られた。ジミーはもう一度、医者じゃないんだよ、そういって大きく息を吐く。
「………アパラウドの麓で、穴を掘ってた………。毎日、毎日。鉄とか、銅とか。たまに宝石とかガスとか、人の骨も掘り立てたよ………でもそれじゃ生きていけなかった………」
死に際の人の表情は実に美しい。どんな形をしていてもそれは美であるとブレンダンは思っている。人生の全てがそこで結晶化され煌めく。煌めきは儚く消える。残ったものの記憶にだけその鮮烈な光を植え付けて。
「………鉱山が閉山してね………。華国の安い品物がどんどん入ってきて、商品が売れなくなった。俺は学校なんて行ってなかったからさ、再就職が困難だったんだよ……。穴掘りをやって痛めた腰は疼く。でも治療には200万ゴールドかかる……。こんな体じゃ冒険者登録だってできない。それでも生活しなくちゃいけないから。薬のセールスマンになったんだ。嫁は愛想を尽かして出て行ったし、養育費を稼がなきゃいけなかったから……」
そこで一旦口を閉じて彼は笑った。唇を舐めて、ジミーは目を開けた。遠く届かない過去を眺める悲しい眼差しが診療所の天井に向けられる。
「痛み止めで一番効いたのがVOODOOだった。安かったし、イージーだった。救われたと思った。最初は適量を使ってた。でも、効かなくなった。次には炙った。最後は静脈注射さ。その頃には仕事なんてやめてた。VOODOOさえあればよかった。これさえあれば何もいらない。こいつは俺の腐った負け犬の人生を消してくれるんだ………」
「負け犬達で寄り合って暮らしてた。その中で俺が一番、一番注射が上手かっただけなんだ。それだけでドクターと言われた。気分が良かった。尊敬される。頼ってもらえる。そこで、やっと、………」
沈黙は危険だ、とブレンダンは判断した。死から人を引き剥がすのは人であり、人の声だ。ブレンダンは答える。
「実際適切だったよ。俺のマスクは外せなくて当然だ。あんたは正しい処置をした。感謝してるよ、ドクター」
VOODOOが自身の作成した技術を運用しているのなら、とブレンダンは予想した。末期患者は幸せそうに微笑む事になる。ジミーの頬が上がった。掠れた声が喉から這い出てきた。
「………良かった………」
呼吸が止まりかけている、と判断し、備え付けの内線電話に手を伸ばした。番号27を押して、会話の家に連絡をする。受話器をとったのは、中度患者のカートだった。粗暴傾向のある若い男性だが、同時にリーダーシップも持ち合わせている。
「カートか?ジミーの容体が急変した」
電話口でカートの声が一瞬つまり、返答をした。
『OK、すぐ行くよマスクマン』
数分後、彼らが診療所にやってきた。
金髪で美しい風貌の細身の青年がカートだ。少し乱暴で、ジャングルの愛好家。こんな夜中なのに口元には煙るジャングルが咥えられている。彼の荒っぽい悲しみは主に目に現れていた。ブルーアイズは見開かれ、運命に抗議する様に輝いている。カートの後ろに数人の男性、そしてミナの姿も見えた。カートがブーツを荒く鳴らしながらジミーの側に近寄る。そして、細いジミーの肩を掴んで大声で彼に呼びかけた。
「ドクター!ヘイ!生きてるか?!死ぬなよ、ドク!寂しいぜ!あんたに、………クソッ!あんたに救われた奴が沢山いるんだ!息をしろ!俺に言った様に、息を吸うんだ!」
ジミーは微笑んだまま答えない。ブレンダンはジミーの胸部を診ている。上下運動がない。
「息が止まった」
ミナが言った。
カートはクソッともう一度大仰に叫んだ後、男達に向かって言う。
「ゾンビ化が始まる前に処置だ。マスクマン、あんたも手伝ってくれ」
男達がジミーの体を抱え上げる。静かな診療所内部を荒い靴音で汚しながら、男達はジミーの遺体を薬局の内部に連れて行った。彼らの動向を観察しながら、ブレンダンは内心ほくそ笑む。こうなるだろう事は予想できた。この村にもう一つ足りないもの。それは墓地だ。遺体の処理、正確には脳の処理が、VOODOO作成には重要な工程だった。かつてブレンダン・グリンダが作り上げたルクスは、感染と共にエンドルフィンの分泌を阻害する。感染者は他者との交流を望み、それ故に感染は更に拡大した。
木造である薬局の中で輝く、たった一つの鉄の地下扉が開放される。扉が嫌な金属音を立てて開かれた直後から、中に篭っていた甘苦い薬品臭が周囲に立ち込めた。斜めに伸びた階段に男達がジミーの肉体を運び込む。木を軋ませる音は、鉄を踏む乾いた音に変化した。その後ろに、ブレンダンとミナが続いた。ブレンダンは喧騒の中、ミナに耳打ちをする。
「ミナ」
暗い目で彼女はブレンダンを見た。それが何を意味するかその時の彼女はわからなかった。だがミナはその時のブレンダンの申し出に何かを掻き立てられた。ブレンダンの目的こそがそれだった。記者。そいつは秘密を暴く為にある。後ろめたい何かを暴き、その正誤を問わず、情報として世界に拡散する。根底にあるのは好奇心。ある種の人間にとって、麻薬に等しい中毒性を持つ感情だ。
「ジミーは友人だった。これから起こる事の記録を頼む」
特段感情を込めずにブレンダンは発した。だが、ブレンダンには確信がある。これをきっかけに彼女は、恐らくVOODOO以外の依存先を再発見するだろう。それは記録する事。イデオロギーに依らない記録は一時ソースとしてこれ以上ない価値となる。そしてミナは予想の通り、何かを思い出した様に目を輝かせた。意味もなく持ち歩いていたカメラは今や、地下室の鮮烈な光を受けて、そのレンズに虹色の虹彩を写し込んだ。
フェンタニルはアパラチア山脈付近で流行し、段々と勢力を拡大し、フィラディルフィアまで登ってきました。米国には国民健康保険がないので、治療費が高額です。
次回、VOODOOに なってしまう ジミー。VOODOOは人の脳から作られる。




