Wordless 2
【木を隠すならば森がよい。この村こそが、VOODOOの生成場所だ】
彼女の後をついてログハウスを出た。口元にまたジャングルを燻らせる小さな背中を追って歩く。ちょうどいいと思った。彼女に主要施設の位置と役割を説明してもらう。
「よければこの村を案内してくれないか。まだ何処に何があるかわからない。そもそもここはなんだ?俺は天国かと思ったね。神は信じちゃいないが」
湖に向かっているであろう彼女の小さな肩が揺れて、ブレンダンを振り返る。
「ギーガー・ビレッジっていうハームリダクション施設。非公式なの。特にここに来れる人は末期の中毒患者。貴方、G・Vチケットを盗ったの?見つけたの?」
複製したとは言えないから、よりリアルな方を答えた。
「眠り込んでいる奴のポケットを探ってね。金の代わりに出てきたんだ。チケットの噂だけは聞いてたから、そのままいただいた」
ああ、それで、と笑った彼女が言う。
「貴方まともなのね。ここにいる本当の末期患者は、もう言葉なんて発せないもの……」
踵を返したミナは、ブレンダンに向き直り、ステージに歩き始める。彼女の隣に陣取った。
「君は?」
これもまた戦略だ。恐らく彼女は事故の形でここに収容されたのだろう。全身を確認するが、レベルは中期、会話が行える。VOODOOの錠剤を分析したわけではないが、この薬物は蓄積型、爆弾型の薬物だ。ルクスもそうだった。彼女は恐らく、一気に多くのVOODOOを摂取したのだろうと考えられる。麻薬依存は精神疾患、依存症の一種であるからだ。
ステージに歩く彼女の尖った顎が上がって、目が遠くを見た。言えない事を遠くに眺める贖罪の気配が沈黙から流れた。彼女は本質を言葉の中に丁寧に覆い隠した。傷つくのが恐ろしいから、思ってもいない事を言う。
「……記者、だったの……。最近流行りの合成麻薬を取材してたらいつの間にかこう。深淵を覗くと、深淵に覗き込まれるってね」
彼女は最後に皮肉げに笑って足を止めた。巨大な木造のステージがあり、そこには白い段幕が下がっている。所謂レクリエーション会場だな、とブレンダンは察した。見えにくい白飛びした映像が投射されており、エリック・スターリングが今まさに拳を振り上げ怒りの一撃を吐き出している瞬間だった。字幕はこうだ。
『この国は我々の国だ!この国で労働し、成果を上げる人々の国だ!あんたみたいな金持ちやセレブだけの国じゃないんだ、エリザベス!あんたはタフだが腐ってる。俺達はもううんざりなんだ!消費者になれ、と強要されるのは!』
折しも時期は大統領選中、次の瞬間、苦虫を噛み潰した様な、憎悪の表情を浮かべた対立候補、エリザベス・ローウェルが映し出される。
彼女はそこでも小さく笑った。
「全部嘘。全部ね。この世はあべこべよ。みんなが誰かの嘘を利用してる。嘘が回ってキマイラみたいな真実を作り出す………。馬鹿馬鹿しい………」
画面の中の怒れる男に視線を投げて、ブレンダンは暫く木造の舞台を観察した。そして、彼女に質問する。
「デカいステージだ。金は何処から集めたんだろうな」
再度の確認。それは彼女に対しての確認だ。彼女がどれだけ信用に足るか、つまり利用できるかどうか。ブレンダンは彼女を協力者にしようとした。この施設を徹底破壊し、一時的にでも薬物の供給を止めるには、指示を理解できる協力者が必要だ。彼女の意見と現状は、この場合ブレンダンにとって不必要である。
「………、画面で吠えてるクソジジイが金を出してる。気分が悪いわ………。いきましょう」
木造のステージを背にして、湖へ足を運んだ。ほぼ直線の歩道の周囲に、小さなマーケットがある。中程にある診療所の前の女性達は、ジャングルでリラックスしている様だ。商品にもたれかかって惰眠を貪っている。
「……ここはフリーマーケットだけど、後ろに小さな木屋が見えるでしょ?あそこは外部から商人がやってくる。服や嗜好品はそこで買える。一応だけど、この施設で就労も出来るのよ。私は記事を…………。ううん、文章を書いてる、詩とか散文とか、毒にも薬にもならない………そんなものを」
だろうな、とブレンダンはこの広大な施設を見渡した。恐らく収容人数は五百名規模、牧歌的で自由な雰囲気を演出しているが、様々な場所に光る監視カメラ、そして録画鉱石の存在。患者達の目をくらます様に隠されている配線の後。ただでさえ閉鎖的になる施設を、開放という飾りを用いて更なる閉鎖を施す。一種カルト的な施設だ。村、と名づけているところからもそれが伺える。村には法律がありルールがある。ルールを作るのは恐らく、ギーガー・スクルージその人だ。
ミナの絶望を無視しながらブレンダンは歩く。ミナもまた絶望の指摘を望んではない。だから二人の歩みは止まらない。湖畔には釣り用の桟橋と幾つかの古いボートが揺れている。打ち寄せる波に混じってモーター音が微かに聞こえた。この湖も人工だな、とブレンダンは気づく。
「……ここが居住区。みんな自分のテントに寝てる。私のテントはあの大きな木の下。テントを設置したくない場合、そこにある食堂の上が宿泊施設になってる。宿泊施設の中にシャワールームがある。トイレも幾つか。でも使う時間に気をつけたほうがいい。深夜に使うと男性でも狙われるわよ。こないだ二人女の子が妊娠したし、若い男の子は暴行されてた」
OK、とブレンダンは答える。地下だ、と予想した。不思議なことにこれだけの敷地があり、生活必需品が揃っているにも関わらずこの場所には「生産」の気配がない。食料生産の気配が感じられない。ある種の思想の上に建てられた施設だろう、と彼は考える。美を演出し、苦を遠ざけるから、それは地下に隠れざるを得ない。薬の生産場所も、恐らく地下だろう。
着いてきて、と再度ミナがブレンダンに呼びかけた。
「宿泊棟の受付でテントをもらえる。必要なかったら断ったらいいわ。受付の場所だけ……」
施設の場所は記憶した。役割も。そして地図も頭に入れた。監視カメラ、録画鉱物の位置も確認した。バロンの航空写真は正確だった。そして推測を確定させるためにブレンダンは行動する。
「テントよりも、薬の調合をしたい。痛みがぶり返してきた。診療所に薬局はあるかい?」
◇◇◇
診療所の戸を開けると、ドクター・ジミーが震えながらうずくまっていた。急性症状だ、と即座に判断したブレンダンが、彼の体を起こし、点滴用の椅子に座らせる。全身の震えに声までが連動していた。必死で笑っているジミーの頬を、滝の様な冷や汗が伝っていった。
「ははっ……!戻って、戻ってくると思ってたよ!ブレンダン!すまない、さっき、さっき、不安が、うん。不安でね、急性症状が、」
倒れようとする体をミナが支える。ジミーの様子をミナに任せて、ブプレノルフィンの点滴バッグを用意して、紫の注射痕だらけの彼の腕にもう一つ小さな穴を開けた。クレンメを調整し、溶液が落ちるのを確認する。ジミーの細くしわがれた指先に酸素測定器を設置した。血中酸素濃度は86%。
「息を吸え、ゆっくり、大丈夫さ、ジミー。少し寝るんだ。VOODOOは一錠?」
体に震えを抑えながら、ジミーはゆっくりと頷く。よし、と答えたブレンダンは、ジミーの診察室の奥にあった薬局に足を踏み入れた。簡易酸素マスクを発見、手に取りながら周囲を記憶する。ジミーの肉体をゆっくりとベッドに横たわらせて、簡易酸素マスクで酸素を送り続けた。上がり始めた酸素濃度に安堵のため息をつく。微笑みながら目を閉じたジミーを見つつ、ブレンダンは薬局の内部構造を思い返す。
一面の薬棚、主にオキシフィンの離脱症状に関するものが中心。簡易酸素マスクも滅菌されており、清潔管理は一応なされている。その中で気になったのが、床の一部。実に不自然にこの木造の薬局の床の一部が鉄の地下扉になっている。ジミーに酸素を送りながら、ブレンダンは確信する。ここだ。こここそが、VOODOOの生産場だ。
次回、ジミーの悲しい過去について。フェンタニルもまた疼痛管理の安価な薬でした。本来は痛みを抑えるもの。それはやがて人生の痛みを消す薬になりました。負け続けの人生を奇麗にリセットする薬品。




