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VOODOO  作者: 路輪一人
Stigma
30/40

wordless 1

【ミナの案内を受けながら、施設内をつぶさに観察するブレンダン】

 再び目が覚めた時、彼女はそこにいなかった。

 梁にぶら下がっていた蝋燭の火は消えている。息をついて体を起こそうとしたら声がした。男の声だ。


「生き返るとは」


 目を見開いているのは黒人の男性医師だった。髪はボサボサで白髪だ。


「明け方、ミナが告げていったよ、ベッドにゾンビが寝てるってね。まさかこんなフレッシュだとは思わなかったが」


 そう言って笑う彼の口の中には歯が一本しか見えなかった。薬物の影響だろう。彼の笑いにほくそ笑んで体を起こそうとしたら痛みが背中に走った。だがすぐに解消する。ベッド上で上体を起こしたまま先ずは手を開閉させた。問題はない。



「自己紹介が遅れたね、私はジミー。ジミー・ケンドリック」


 差し出された手を取った。ブレンダンはしっかりと彼の手を握った。しかしジミーの指は酷く細くて今にも折れそうだ。腕の細さと目の窪み、棒切れの様に細い体、そして独特の臭気。痛みを覚えたのだろうジミーは手を引き、その手をさすりながら困惑した顔でブレンダンに告げる。


「G・Vチケット持ってたんだろう?力が強いね、まだ使用歴は浅いのかい?」


 しまった、と思った。医療に関わるものには観察眼が備わっている。ドラッグで溶けている脳といえど、身体の変化には敏感だ。


「ブレンダン・グリンダだ。薬学を齧っててね。ずっと自分で痛み止めを調合してたんだが、効かなくなった。そこで頼ったのがVOODOOさ」


 ああ、とジミーは笑顔を見せた。


「歴は浅いんだね。薬学をやってたのか、こりゃあいい。もしかしたら君には、僕らの手伝いをやってもらうかもしれないよ。とりあえずチケットを持って受付に行きたまえ。今日はジャニス、ジャニス・ラブだ」


 毛布を蹴上げて、ベッド下に足をついた。立ち上がりに問題はない。それから小さく屈伸、両手を上げて伸びをした。腕を下ろして脱力する。全身に意識を行き渡らせて痛みの有無、麻痺の有無を確認した。土着信仰の秘薬もまた、合成ドラッグと同じくギャンブリング、どう作用するか飲んで見るまでわからない。特に脳、視床下部に作用する薬だから、運動機能の確認は十分にした。


 一先ず及第点、手足を振り、最後に皮のコートのポケットに手を入れてチケットを取り出す。手の中のチケットは殆ど丸まっていた。偽物なので好都合ではあるがため息が出た。さすがの治安だ。恐らくは数人がこの中に手を突っ込み、チケット以外のものを物色したのだろう。


「場所はわかるかい?」


 かけられた声に振り返る。ジミーは見た目より随分と背が低かった。原因は背骨の湾曲だろう。彼の人生を少しだけ考えた。何かしらの原因があり、医者という地位を持ちながらここにいる。尽きることのない彼の優しさが、彼をここに誘ったのだろう、と結論してブレンダンは微笑んだ。ダルクというのは優しさから始まる。優しさは人間の傷を膿ませ修復不可能な褥瘡とする。きっと彼ももう凝り固まってしまった、このダルクの傷の一つだ。


「誰かに聞けばいい。きっと君もここが気にいるよ」


 ジミーの優しい笑顔は、色々なものを売り飛ばした悲しさに満ちていた。一本残った前歯が笑顔の中で鮮烈に輝いて、彼の医者というプライドを黄色に浮き立たせていた。


 ジミーの診療所から屋外に出て周囲を見渡す。太陽の位置から恐らく午前10時前後、暗闇に慣れていた網膜が光の刺激でシクシクと痛んだ。痛みに歪んだ視界は、まず目の前に簡易なマーケットを確認した。虹色のスカートを身につけたヒッピー然とした女性が二人、芝生の上に敷かれたレジャーシートの上でくつろいでいる。口元にはジャングルだ。右を見れば土の通路が続く。

 景色を見ながらブレンダンは違和感に気づく。季節感のない美しい花々が揺れている。恐らくは人工的に演出されているものだろう。そこから今度は左に視線を寄せた。恐らくはこの村の大通り、一本の長い道が湖の方向に伸びている。その周囲に色とりどりのテントが張ってある。住民の居住区だ。湖の辺りに、恐らくはシャワールーム。簡易な給水機と給湯器が設置されている。そのバラックが二つ。湖の正面奥にもログハウスがあった。食材が積まれてある。恐らくそこが食堂だ。


 意を決してブレンダンは右へと歩き出した。居住区から離れた場所に、人は統治の機関を作ろうとする。花の咲き乱れる(その幾つかは既に萎れていた)坂道を登って行ったら、目の前に巨大な木造のステージが見えてきた。正解だ。


 ステージの前には殊更大きなコテージ式のログハウスが一棟。周囲が整頓されていて乱雑さがない。迷いなくブレンダンはそこに歩いて行った。


 扉を開けると、中は白く煙っていた。マスクのモーターが唸る音が聞こえて、不純物を濾過している。煙を払って薄暗い室内を確認する地、そこには数十人の人間が横たわったままジャングルを吸っていた。そういう場所か、と肩を落としたら、左側から女の声がした。蓮っ葉で舌ったらずで、その癖ハスキーな声だ。


「ハッ………!ここに入って咳をしない奴を初めて見たわ。クール。マスクもいい感じ。ねえ、キスする時どうすんの?顔を見せてよ、イケメン」


 カウンターの奥で足を組んだまま笑う女の口元にもジャングルが煙っている。白い肌とボリュームのあるパーマが彼女をパンキッシュに仕立ててある。優等生の眼鏡がその幼い表情をさらに幼く見せていた。笑顔がとても可愛らしい女性だ。


「企業秘密だ。髭がコンプレックスでね。陰毛みたいなんだよ。女性に見せたら逃げられちまう」


 鼻で笑ってジョークを言った。ケラケラと彼女は鈴のように笑った。


「何それ!でも大丈夫よ、ここにはオークみたいなデブだっている。みんな仲間だよ、助け合ってる……。それで?チケットはあるの?覆面ヒーロー?」


 丸まったチケットを彼女に差し出して、自己紹介した。


「ブレンダン・グリンダだ」


 名前を告げたら、煙の向こうから、別の女の声がした。そいつは無遠慮にブレンダンの個人情報を開示する。


「……ジャニス。彼、薬剤師よ。医療班に紹介したら?」


 視線を移すとそこには彼女が居た。ミナ・クレーバーだ。初めて会った時みたいに、やっぱりジャングルを吸いながら、煙の中でぼんやりと椅子に座っている。


「ヘイ、ミナ。あんたもうツバつけてんの?少しはあたしに残しといてよ。ねえねえブレンダン、よかったらでいいんだけど、森の近くにある虹色のテントに夜来てよ。あたし、あんたの秘密を知りたいの。あんたが森の中で寝るってんなら止めないけど、おすすめしないわ。だって、裸族のフェーンが素っ裸で森の中を走り回ってる。あいつ、神の啓示を受けて猿に戻るんだってさ。デブでホモのランディがフェーンのケツを狙ってる。でもね、聞いて!ランディのヤツったら野糞してたレイチェルのケツを掘っちゃったのよ!その時からあいつは両刀!そのうちオークだって相手にし出すわ!」


 そう言ってジャニスは手を叩きながらケラケラと笑った。彼女の話をブレンダンは頷きながら聞く。無邪気で無垢で愛嬌があって、とんでもなく下品。そんな話をハスキーで銃弾みたいな声で喋るから、きっと彼女は愛される。愛された結果がきっとこの場所だ。


「テントを支給される。着いてきて」


 ミナが立ち上がって、ブレンダンの肩を叩いた。


「ヘイ、ミナ!抜け駆けだって!」


 不満に歪んだジャニスの表情も子供みたいに愛らしい。


「ジャニス、私はレズビアンよ。彼にアプローチしたいならご勝手に」


 通り過ぎていくミナを肩口で感じながら、ブレンダンもまた踵を返す。ジャニスにはきっとこの言葉は効果的だ。


「ランディってやつにケツを掘られそうになったら君のテントに逃げ込むよ。その時は匿ってくれ」


挿絵(By みてみん)

次回、地下施設の発見。面白いと思ってくだされば評価お願いします。

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