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VOODOO  作者: 路輪一人
Stigma
29/40

stigma 1

【バロンの調査資料を基に、ブレンダンはギーガー・ビレッジに潜入する。そこで彼はある女性に出会う】

 バロンの調査資料にはこうあった。


 ――ランドマリーの東、全長2400キロメートルに渡るアパラウド山脈、その南端に集落を確認。


 航空写真が添付されており、村の主要施設が一目でわかるようになっている。


 ――調査の結果、土地の所有者はエリック・スターリング。責任者はギーガー・スクルージ。ギーガーの知名度を使ったダルクであると考えられる。利用者や滞在者の殆どが薬物中毒者、VOODOO依存者であるだろう。


 それから数枚の白黒写真。バロンの使う『ハーメルン』は小型から大型までの変形を行えるドローンだ。小型ドローンに搭載されているカメラであるから画素数は悪いが、それでも被写体が誰であるか確認できた。ギーガーとエリックが、そのダルクに設置されているステージで互いに抱擁している現場が撮影されている。それから療養施設の中でぐったりと眠りこけている人々の姿。頬は痩け、垢で汚れている。爛々と輝く目は空中をずっと眺めている。


 資料を見ながら草むらをかき分け歩くブレンダンは考える。


 それがこの治療施設の初期の姿なら、問題はなかった。だが一定期間続いている施設において、依存症が改善されている患者の姿がない。何より身体の清潔保持が行われていない。問題がある。


 恐らくは。


 繁る木の枝に手をかけてそれを押し除けた。あと数百メートルでバロンが示した座標の位置だ。恐らくはそここそがVOODOOの主要生産工場。サカスーマの反社会ギルドが依存症患者を何人も輸送している事にも説明がつく。幸福を抽出し、幸福を錠剤にする。ブレンダンの足に雑草が絡みついた。かつて善意を抽出し、悪意に変えた自分が、その幸福を滅ぼそうとしている。皮肉なものだ、とひとりごちた瞬間視界が開けた。凪いだ鏡面の様な澄んだ湖の向こうに極彩色の村が広がっていた。


 村の入り口までまだもう少しある。あるが、恐らくこのままでは潜入は叶わない。マスクの右に刻印されている三日月と中央に輝く星の紋章を指で回転させる。しゅう、とガスが漏れて後頭部を回る固定ベルトが緩んだ。どうせ呼吸は出来ないから、そのまま口を開いて錠剤を飲み込む。再度マスクをつけて紋章を回した。蒸気が今度は頭部から漏れて、ベルトが閉まる。首の大動脈に繋がる血管に再び酸素が行き渡り始める。錠剤が効き始めるのは恐らく30分後。南ランドマリーのとある部族に伝わる土着信仰、その秘儀とされている秘薬である。全身の運動機能を一時的に麻痺させる。量を調整すれば、擬似的な中毒症状を装う事が可能だろう。湖を左に眺めながら、木の陰に体を隠しつつブレンダンは歩いた。足先から登ってくる冷たい麻痺の感覚を確かめながら。


 ◇◇◇


 意識は朦朧とする。足取りはほぼゾンビだ。違和感の始まった右足が段々と動かなくなる。右足が動かないから全身でその足を引き摺りながら歩く。次に左腕の感覚がなくなった。霞む視界で周囲を確認する。刈り込まれた芝生。人工的で美しい。つまり人の生活圏だ。次に目に入ったのが木造の門。扉は無く開放されている。門を飾り付けているのは小さな三角の旗が連なったガーランド、七色に染められこの村の理念を象徴している。嘘を飾りつければ美しく見える。思いついた皮肉をマスクの下で噛み締めてブレンダンは笑った。ふらつきながらポケットに手を入れ、ポケットの中のG・Vチケットを握りしめた。おい、あんた大丈夫か?男の声が聞こえた。これでいい。潜入は成功した。瞬間意識が途切れた。


 目を開けた。

 止まった様な呼気は目覚めと同時に再開された。そんな気がする。視界に映るのは木で組まれた梁とそこから下ろされている蝋燭の灯り。作りからログハウスだろうと予想できた。体はベッドに落ち着いている。資料で見た医療施設だろう。深く息をついて周囲を確認した。全体が薄暗いのは時刻が夜だからだ、と理解する。寝具は難民用、民間サービスがよく利用する簡易寝具だ。右を見ると同じ作りのベッドが二つ並べられている。奥に灯りのついた部屋が確認できた。診療スペースだろう。そして左を見る。瞬間ブレンダンは目を見開いて体を起こそうとした。声を出さなかったのはマスクのお陰だ。腹筋に力を入れて布団を蹴上げなかったのは、そこにいた女が余りにも静かだったから。


 ぼんやりとした蝋燭の灯りに照らされて、そこには一人女が座っていた。右手には点滴のルートが確保されており、彼女は椅子に腰掛けたまま針の刺さった右手を小さなテーブルに投げ出していた。そのまま彼女はタバコを吸っている。香りが鼻をついた。タバコではない。ジャングル(乾燥大麻)だ。


「目が、覚めたのね。よかったわ。……よかったのか……そのまま死んでても幸せだったかも」


 ふふ、と笑いながら煙を吐き出した彼女の頬はこけていた。目は窪んでいたし、腕も細かった。だが清潔だった。ブレンダンは彼女を見抜く。この女はまだ落ちきっていない。


「今、何時だ?」


「21時。しっかり6時間寝てたわ。途中息が止まったらしいわね、あなた。私はよくわからないけど。でも6時間VOODOOを飲まなかったんでしょう。………それだけでも……」


 俯いた顔に応じて、ブラウンの長い髪が彼女の顔を隠す。点滴バッグを見上げれば落ち切るにはまだ時間がかかる。1秒ごとに落ちていく水滴を見続けるのは、中々に退屈だ。


「………また死に損なったな……」


 ベッドに背中を押しつけ、ブレンダンは薬物患者を演じた。この女を通じて信用を得る。だから沈黙し始めた彼女には積極的に話しかけた。


「あんたもか」


 皮肉を込めてそういうと彼女は髪の毛の奥で笑って顔を上げた。疲れた笑みが表情を覆っている。初期依存症患者の典型、無気力状態だ。


「……そうね、ずっと死に損なってる。この点滴だってそう。私を生かそうとするの。もう死にたいのに……」


 点滴バッグの表記を読む。ブプレノルフィン、そうしてブレンダンは頷いた。この施設はハームリダクション施設だ。禁断症状が出れば鎮痛剤を処方してもらえる。彼女は、離脱症状を超えてここにいるのだろう。


「最初に飲んだVOODOOが思いの外効いちゃってね。それからずっとVOODOOをやってた。でもこの薬、乱用するとすぐゾンビになっちゃうでしょ?だから今はやめてる。多分、使えてもあと一回」


「よかった。それでゴールだ」


 再度ジャングルを吸い込んだ彼女は、咳き込む様な笑いと共に煙を吐き出した。


「本当にそう。もう、疲れたわ」


 ブラウンの長い髪をかきあげた彼女が蝋燭の灯りの奥で、ブレンダンに視線を寄せた。薄く微笑んだまま今度は彼女がブレンダンに質問をする。


「貴方は?最初はいつ?」


 VOODOOの使用歴の事だろうと察した。話を作る。


「ルクスで肺の機能を失ってる。痛みが酷くてね」


 彼女は目を逸らさずに彼を見て、お気の毒に、と呟いた。それに気にするな、と返したら顎を上げて正面を向いた彼女が笑う。


「みんな貴方のマスクを外せなかったのよ。ドクが酸素マスクを使えないって焦ってた。でも死んだ時はそれまでだし、見守るしかなかった。だから私がここでみてた……。死ぬと思ってた。賭けてたのよ。私の点滴が終わるのが先か、貴方が死ぬのが先か。負けちゃったわ。生き返るなんて貴方もうゾンビなんじゃない?」


 そう言って彼女はまた笑った。微かな笑いだったが、まだ何か人間らしさがそこにあった。だからブレンダンは彼女に聞いた。


「俺はブレンダン。ブレンダン・グリンダ。君は?」


 顔を傾げたまま、足を組み点滴を受けているブラウンの髪の女性は答える。彼女はあれからずっとここにいて、死んだ様に生きていた。


「ミナ。ミナ・クレーバー」


挿絵(By みてみん)

次回、ギーガービレッジを探索するブレンダン。様々な中毒者達に出会う。


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