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VOODOO  作者: 路輪一人
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Concussion 2

【旧友たちは手を結び、嵐の到来が告げられる】

 禁煙のカフェ・エリュシオンでバロンはタバコに火をつけた。灰皿はきっと彼の科学技術がどうにかするのだろう。


「で。要件は何だ、兄弟。他でもないお前の頼みだ、サービスはするが非合法であるって事は頭に入れといてくれ」


 既に彼と対面する形に椅子を向けたアレックスは、手を組み、肘を腿に乗せている。言い淀んだが告げた。これは前提だ。


「命を狙われている」


「殺人の依頼か?いつからそんなにヘタレやがったんだ」


「結論を急ぐなよ。邪魔者扱いはそれなりに光栄だ、影響力の裏打ちだからな。ただどうもモテ過ぎたらしい。皇帝にラブコールを受けた」


 サングラスの奥の目をチラリと光らせて、バロンは沈黙した。この国において〝皇帝〟と称される人間はただ一人。タバコの煙を高くに吐き出し、バロンは頷いた。


「……。そうか、そういう事か。フェニスに拮抗できる暴力装置。そんなものは世界中探したって俺達以外ありえない」


「依頼内容は、貧民街で増加している薬物汚染、ゾンビ汚染の除染だ。だがこの貧民ビジネスを我が皇帝はいたく気に入られている」


「合点がいったぜ。クソが口に詰め込まれてるじゃねぇか、アレックス。お前の上司のエリザベス・〝ママ〟・ローウェルは何してやがる。お友達とランチってわけじゃねぇだろう?」


「そのママのお友達が我が皇帝だ。フェミニズム的連帯は素晴らしいね。何せ議題が夫の遺体の隠蔽場所だから」


 人目も憚らずバロンは大口を開けて爆笑した。腹を揺らして笑う彼の姿を、アレックスもまた自嘲しつつ皮肉な笑顔で眺めている。


「世知辛え。男の権利は半分に、義務は二倍になる。義務の中には死別も入るってか。そりゃあペシミズムは男からしか生まれねえ」


 そんな冗談を言いながらも、最後にバロンはでもな、と付け加えた。


「でもな、アレックス。そいつがお前の選んだ道だ。どこの馬の骨がわからねえ男が情けなく泣き喚いて命乞いをしたとする。その結果吹っ飛んだ頭に同情こそすれ哀れみはしねえ。俺もお前もこう言うはずさ、〝馬鹿がクソを踏みやがった〟お前だけがそれから逃げおおせる。そいつはフェアじゃねえ」


 低く唸り出したバロンという男、彼の中に灯ったアウトローが顔を出した。公人として働く人間の倫理は通用しない。バロンは既に、そういう世界の住人だ。


「……こいつは警告だ、アレックス。俺たちを使うってのはそういう事だ。地下世界は目的完遂の為ならありとあらゆる手段を取る。滅多にねえが、依頼者の殺人も視野に入れる。本末転倒だが、俺が所属している俺の職場のルールがそれだ。その上で問うぜ。こいつはお前の《《復讐》》か?それとも、《《義務》》か?」


 風が吹いた。白を基調としたオープンカフェの中を、優しい風が吹き抜けて周囲に飾り付けられている観葉植物の葉を揺らす。白のテーブルクロスははためいて、沈黙したアレックスに結論を急がせた。


 復讐だろうか?これは明確なエリザベスからのパワハラである。だがそれを乗り越えてこそ仕事、甘ったれた環境に自分を浸らせる以上に苦痛な事などない。


 では義務か。リヴェレー派議員として、数々の貧民街の調査に赴き彼らの生活を見た。娯楽はなく、知的刺激もない。漫然な日常がただ進んでいくから、やがて行き着くのは犯罪と薬物。レイプと暴力。他者は信じるべき生き物ではないから、疑心暗鬼の暗い世界を、ピークに近いストレスを抱えながら歩く人生。時間を掛ければそこに教育は施せる。だが今まさにVOODOOを飲み込もうとしている人間の手を止めるには明確な暴力、逮捕し、監禁する、そういった暴力行為以外に方法がないのだ。


 思考するアレックスを置き去りにしたまま、バロンが続けた。


「………お前は親友だ。俺にとってスペシャルさ。だから機密をお前に明かす。先日、フェニス側から打診があった。近く地下世界とフェニスの聖シオン鉄騎団の間で条約が締結されるだろう。相互不可侵条約だ。まだ調整中だが、フェニス側はなんとしてでもこの条約を飲ませるだろう。コヌヒーの一件が相当応えているらしい」


 息を吐いて頭を抱えた。危なかった。あと少しバロンと連絡を取るのが遅かったら、自分は泥沼の中で喘いでいた事になる。嫌々ながらもエリザベスの事業に手を貸して、貧民達を食い潰しただろう。そしてそこから得られる利益の毒に侵される。子供の頃から何人も見てきた、希望を持って政界に挑み、そして人間の欲望に食い荒らされ堕ちていく議員達の姿が、アレックスの脳裏に蘇った。


 だが。その情報が、アレックスを決断させた。


「……フェニスに対しての復讐心はない。彼女の聖シオン鉄騎団も存在しなければこの国の害獣、モンスター被害に対応しきれない。エリザベスの件も問題はない。俺があいつを殴る。お前やトニーには及ばないが、俺も一応腕を持ってるんでな」


 アレックスはやっと真っ直ぐにバロンを見た。なんて真っ黒だ。アレックスは美しい彼を見ながら続ける。そこには公と裏社会の断絶がある。友情だけが、この断絶を乗り越えていく。


「誰に抗議されようが知るものか。今まさに毒を飲もうとしている女の頬を引っ叩いて彼女を救う事がミソジニーというのなら俺はミソジニストでいい。俺もお前に機密を明かそう」


 背を引き、アレックスは背もたれに体を預け、胸を張った。バロンがそれを眩しそうに眺めている。


「あと二、三年後のつもりだったが予定を早める。この国には諜報機関がない。フェニスがコヌヒー戦役で負けたのは情報戦の拙さの所為だと俺は分析している。この国、果ては全世界の情報を統括する組織を今後三年以内に創設する。中央戦略情報庁(Central Strategic Intelligence Agency)、仮に、CSIA(シーシア)と呼ぼうか。そこに集まる情報は勿論フェニスにも有益なものだが、お前達地下組織も欲しい情報だろう?」


 アレックスはバロンを見た。バロンもまたアレックスを眺めながら、その美しい口元を綻ばせた。


「………ようやっとお前らしくなってきた。それだぜ、アレックス。俺の知ってるお前はいつだってそうだった」 


「変転する状況のただ中で、ひとりの人間が終始一貫性を保つただひとつの可能性は、すべてを支配する不変の目標に忠実でありながら、状況に応じて変化することにあるのさ、バロン。俺は変わり続けるが、何も変わっていない。依頼を受けてくれるか?支払いは言い値でいい」


 アレックスが手を差し出す。その手を握ってバロンはサングラスを取った。身震いするような透き通った青い瞳が、嬉しそうに彼を眺める。


「仲介料はロハだ。俺とお前の仲だからな。話は持ち帰るが、数日中に連絡をする。会えてよかったぜ、アレックス。お互いクソを踏まずにいられたらいいな」


 再び二人はお互いを抱きしめあった。


「お前も。ローズを大切にしてやってくれ、俺たちのアイドルだ」


 ◇◇◇


 女性達はレストルームに居た。イヴリンの腿に散った赤いワインは既に繊維に染み込み、血痕のようなシミになっていた。場所が場所だけに、カバンで隠せる位置でもない。焦りに眉を顰めながら濡れたハンカチで、繊維を叩く。赤いブドウの色素は一向にイヴリンの白いドレスから出ていかなかった。口の端から、思わずファック、が漏れそうになってイヴリンはそれを噛み殺す。それは使ってはならない言葉だからだ。


「使って」


 恥ずかしさに焦るイヴリンの背中からハンカチが差し出された。薔薇色のドレスを纏った女から差し出されたものだ。けれども目の前にあるのは、なんの変哲もないハンカチである。


「すぐに消えるから。使って」


 半信半疑で彼女の手からそれを受け取り、シミの部分にハンカチを添えた。親指で繊維を押さえ、少しでも色素を絞り出す様にハンカチを動かした。薔薇色のドレスの少女の言葉を確かめる様、ハンカチを確認する。ワインの色素は全てハンカチの中に閉じ込められている。咄嗟に鏡でドレスを確認した。濡れた後さえ消えてしまっている。


「それ、あげるわ。どうせ二時間で砂になるし」


 背後から彼女の声が聞こえた。振り返って、彼女を呼び止めようとした。けれどイヴリンが捉えられたのは、薔薇色のタイトドレスの背中だけ。首の部分に赤い薔薇が添えられてあって、それが翻りながらレストルームから退出していく。


「待って!」


 イヴリンは走って扉に向かう。見たことのない技術、まるで魔法のような科学。その全てをイヴリン・フィッツはインスピレーションとして認識した。画家である彼女だからこそ、そのインスピレーションは縋るべき啓示なのだ。


 レストルームから走りでて、特徴的な薔薇色のドレスを探した。この白を基調としたオープンカフェの中であの色は目立つはずだ。右に、左に視線を寄せる。居ない。足早に夫の待つテーブルへと向かった。ワインをこぼした時、彼女は夫の背後の席で、のんびりと自分を眺めていたはずだ。だが。


「イヴリン?」


 夫の声が聞こえた。先ほどより少し上向きの、快活な声だった。


「どうしたんだい?メインが来たよ。さあ、食べよう」


 夫の後ろの席を見る。誰もいない。そんなに時間は経っていないはずだし、彼らも食事を摂っていた事を記憶している。だがそこには誰もいないのだ。白いテーブルクロスが爽やかな風に煽られて揺れているだけである。


「………後ろの席に、人が居たわよね?さっきの……」


 自分の言葉が不明瞭である事を理解したイヴリンが自身を落ち着けながら、再度アレックスに言った。


「ワインをこぼした時、私、薔薇色のドレスを着た女性にレストルームに連れていかれたの。ハンカチを渡されて、それでドレスを拭いたら綺麗にシミが抜けたのよ、いえ、濡れてさえなかった、彼女は」


「僕の友人の妻だ」


 何も問題ない、という態度で、アレックスはメインである子鹿の煮込みを頬張った。そして両手にナイフとフォークを携えたまま、彼は眉を上げて言ったのだ。


「僕の友人達だよ?せっかちなのは当たり前だろ?」


 ◇◇◇


 後日、日課のランニング中、イヴリンはローズと再会する。イヴリンはハンカチの礼と、アレックスとの関係、その他色々な質問を彼女にしたのだけれども、コースを並走しながらローズが言った言葉は一言だった。


「ごめんね、イヴリン。色々話したいけど、話せないの。これを、アレックスに渡して」


 それはメダル。三日月の中に輝く星を模った銀製のメダルだ。受け取ったイヴリンは、それでもローズとの会話を諦めたくなかった。けれど予想の通り、ローズはまた忽然と姿を消してしまった。手の中にあるメダルを眺めながら自宅の玄関を開けて廊下を歩く。アレックスを探して、彼の書斎へ赴いた。アレックスはいつもの様にそこにいた。全てをマホガニー色に統一された書斎の中で、鈍いオレンジのランプを反射させる紫檀造りのデスクに座って彼は書き物をしていた。イヴリンは彼に声をかける。そして手の中のメダルを見せる。アレックスがメダルを受け取り、テーブルの上へ置いた。瞬間、メダルは変形し始め、最終的に一枚のメモ用紙となる。呆然とそれを眺めながらイヴリンは考えた。きっとこれも砂になって消えるのだろう。そして夫は、もしかしたら夫は、何かとんでもないことに巻き込まれているのではないか、という予感。


 そしてアレックスの目はそのメモ用紙を冷徹に見つめている。既に賽は投げられた。嵐の中で守るべきものを選択するフェーズである。


 メモには一文、こう、書かれてあった。


『Storm is Coming』


挿絵(By みてみん)


次回より、ブレンダン編開始。章も変わります。「Stigma」

最終章です。面白いと思ってくだされば評価お願いします。

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