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VOODOO  作者: 路輪一人
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Concussion

【アレックスはバロンの暗号を解読し、バロン――STORMと接触する】 

 バロンからの返事が来たのは、手紙の投函から三日経ってからである。それも自身に直接ではなかった。トニーの家の二階のガラスを突き破ってある不審物が投げ込まれた。油紙で包まれたそれを、トニーは娘を守りながらそっと開いたと言う。完全な人形だったそれは包みを取った瞬間、血が通い背中の薄い羽根が羽ばたいて宙を舞った。目を見開いてそれを見ていたトニーの娘、マーガレットに向かって彼女は言ったのだ。『あら、可愛いお嬢さん、最小の二桁のsquareはなぁに?それからあなたのパパのお友達に会いたがっている人がいるわ』


 俺の目の前に現れたら必ず捕まえてやる、そう言って電話越しで笑うトニーの言葉を聞きながら、アレックスは思考した。これはパズル、学生時代から互いに仕掛けあっていた悪戯の延長だ。


「他には?」


 アレックスは言った。絶対にある。バロンはそういう男だ。笑っていたトニーの声が低く挑戦的になった。幾つになっても友人は良いものだ、家庭や安定の中で鈍っていた牙が、友人の存在で研ぎ澄まされる。


「それだけ言って人形に戻った。右の羽根に数字が書いてあった。5:10、左の羽根には、1、1、2、3、5」


「OK。わかった。バロンからの贈り物だ、大切にしろよ。また動くかもしれないぞ」


 冗談をトニーに返したあと、電話を切って思考する。自宅の書斎の定位置に座り、いつもの様にコンセントレーションをする。紫檀のテーブルを指の先で弾く。リズムが意識を研ぎ澄ませていく。

 恐らくバロンは数字で会話をするだろう。文字は伝わりやすい。既に盗聴が仕掛けられている自宅の電話に情報を載せるのは得策ではない。1、1、2、3、5に関してはピンと来た。あいつらしい、フィボナッチだ。足せば12。妥当な時間だ。場所が少し難解だった。5:10。そこでアレックスは思い出した。ロックウッド大学時代、バロンとよくカフェ・サルバンガスで昼食を摂った。彼はよくサルバンガスをこう言い表していた。『サルバンガスは50と5だ。共感覚なのかな、そんな感じがする』

 不思議なものだ。閃きとはまさに光の速さで思考の全てを結びつける。その結実する瞬間の、なんと心地よい事か。5と10のローマ数字を持つ場所。最小の二桁の平方根、という言葉。16だ。カレンダーを確認した。今日は14日。妥当な日だ。アレックスはそれを言葉に出さずに記憶した。


(16日、12時、カフェ・エリュシオン)


 ◇◇◇


 カフェ・エリュシオンは楽園のカフェ、一杯が50G(約三千円)する高級カフェだ。特に白の内装が人気のオープンテラスでは、今日も着飾ったご婦人達がサングラスを上げながらカフェと軽食に舌鼓を打っている。イヴリンにはドレスコードを徹底する様に託けた。彼女の存在を利用する様で気が引けたが、エリュシオンは男女同伴でなければ入店できない。徹底した成功者の為の飲食店、それがカフェ・エリュシオンだ。


 11時30分には入店し、オープンカフェの人気の席に案内をされた。店員はどれもスマートで洗練されている人間達だった。そして中央区の慣例に則って、ここでも亜人種の姿は見られなかった。背中についてくるイヴリンはいつもにも増して美しい。ブロンドの髪を纏め上げ、肩を出した白のタイトなミディアムドレスを着込んでいる。いつもは油絵具に塗れている彼女だ、アレックスはこっそりと彼女を横目で覗き見て、彼女の美しさに満足をした。そして同時に申し訳なく思った。イヴリンには何の説明もしていない。ここで彼女は、自分を演出する装置の様なものだ。人から見れば酷い夫だろう、とアレックスは自身を顧みた。妻をトロフィーの様に扱い、家に押し込め、世界の説明をしない。けれども全てを彼女に説明すれば、今度は彼女の命が狙われる。ただでさえアレックス・フィッツは監視対象、監視対象の妻というものは〝泳がされている人質〟に過ぎないのだ。


 バーテンが椅子を引く、戸惑いながらイヴリンは椅子に座り、アレックスはその後に着席した。メニューはコース、先ずは前菜が運ばれ、ソムリエが入れ替わり立ち替わりワインの説明をする。ワインの選定はイヴリンに任せた。古物に関しての知識は、アレックスよりずっと先をいっている。赤いブルゴーニュ産のワインを味わって、イヴリンは作った笑顔を見せた。だからアレックスもまた作った笑顔で乾杯をした。当然の様にイヴリンから質問が来る。


「どういう事?」


 全てを省略した文言だ。それでも夫婦は十分に会話を繋げられる。


「特に。君にあまりいい思いをさせてあげられていないと思って」


「そういう事を私が要求するタイプに見える?」


 ブロンドの眉が引き攣ったのが見えた。そうしながら前菜のラディシソースのサラダを頬張っている。そのままイヴリンは視線をアレックスからずらした。アレックスもまた白いテーブルクロスの上に鎮座する上品な前菜を眺めるだけになってしまっている。


「君がそういう女性なのはわかってるよ。でも理解して欲しい。僕は不器用だからね。君を幸せにする方法がまだよくわかってないんだよ」


 自分を一段下げたのは逃げだ。彼女を守る為には彼女を騙さなくてはならなかった。でも彼女は勘が鋭く聡明で、自分の状況をなんとはなしに理解している節がある。それもまたアレックスには恐怖だった。伴侶を二回も殺されるなんて冗談じゃない。そんな事を考えている間に、時刻を知らせる大聖堂の鐘が鳴り始めた。正午だ。既にテーブルの上にはゴンゾのポタージュが乗っている。音を立てずそれを啜って、いい味付けだ、そう評した瞬間テーブルの下で金属音が鳴った。


 思わず足元を確認する。そこにはメダルが落ちていた。三日月の中に星を模った奇妙なメダルだ。それに手を伸ばそうとしたら、彼の後方から長く白い指が伸びて彼よりも先にそれを掴んだ。アレックスは彼を見上げる。


「失礼」


 口元に笑みを湛えたその人物は美しかった。真っ白な毛髪、その白さに匹敵する肌の色。女性の様に整った容姿と、白く伸びるまつ毛の下に輝くブルーアイズが宝石の様に煌めいている。その美しいブルーアイズも、女性の様な風貌も、黒のサングラス越しにしか伺えない。明らかなコンプレックスの跡は彼の着ている物にも現れている。黒いスーツは彼の長い手足をきっちりと覆い隠し肌を見せない。案外と発達した胸筋の筋を覆うのが唯一の白いシャツ、その間を通り過ぎる黒いネクタイが形を崩しながらアレックスに挑んでいた。黒と白に彩られた男に唯一ある色とすればスーツの胸元に飾られている宝石を散りばめた高価なラピルピン。その模様もメダルと同じ。三日月と中央に輝く星の紋章。


 彼はオープンカフェのチェア越しに、サングラスを下げてそのブルーアイズでアレックスを見つめている。彼の全てを眺めて、アレックスも腰をずらした。彼の顔をよくよく観察しながら、口の端で再会の喜びを噛み締める。


 直後、空気が微かに震え、何かが体の中を通っていった様な感覚がした。マジックジャマーだ。それも、恐ろしく高性能。


「腕が鈍ったな。昔のお前なら、俺がメダルをしまい込む前に口を出してた」


 髪をかきあげながらバロンが笑う。


「生憎人前で強欲を晒す様な教育は受けてない。欲しいものは何でも手に入ったんでな」


 言いながら立ち上がった。同じタイミングでバロンも椅子を引く。竹馬の友は再会し、お互いを強く抱きしめた。バロンの肩に顎を乗せたアレックスが万感の思いで呟く。


「会いたかったよ、兄弟」


「俺もだ、アレックス。元気そうでよかった」


 互いに腕を離した後は、やっぱりアレックスが先行した。


「マジックジャマーか?いいモノじゃないか。一台くれないか」


「俺達のギルドのエンジニアが制作した代物だ。そちらの美女にも店員、客、あそこで光ってる監視ライトにも、お前はただ飯を食ってる様に見えてるだろうな。便利だが使いすぎると透明人間になっちまうぜ?」


 イヴリンを顧みた。確かに彼女は不満そうな顔のままスープを飲んでいる。イヴリンの様子を見て、バロンは自身の伴侶に声をかけた。


「ヘイベイビー。仲間外れは可哀想だ。彼女の相手をしてやってくれ」


 バロンの後ろに隠れる様に座っていた女性をやっと発見してアレックスは破顔した。ロックウッドでバロンがウィッチの呪いを受けた際、トニー、アレックス、バロンは同じ場所で3年間の共同生活を送ったのだ。その呪いを打ち破るきっかけを作った女性。今はバロンの妻となっている。


「ローズ、久しぶりだ。本当に綺麗になった」


 薔薇色のタイトなミニドレスを着たローズが笑いながらアレックスに手を振る。その後、彼女は魔法の様に指先を振った。彼女達が扱うのは超小型のドローン、この世界ではお目にかかれない高度に発達した科学技術だ。見るものが見ればそれは魔法と大差ない。


 声をあげてイヴリンが立ち上がった。突然ワイングラスが彼女の方向へ倒れかかったのだ。赤い芳醇な液体はイヴリンの白いドレスを濡らした。シミになる。思わずナプキンで赤い液体を払ったが、一部は既に白いドレスに赤いシミを作ってしまった。その姿を見たアレックスが思わず手を伸ばし、イヴリンに声をかける。


「大丈夫かい?イヴリン」


 周囲の目に戸惑いながら、自身と優しい夫の体裁をイヴリンは考えた。ショックを必死で覆い隠しながら、再び席につこうとした彼女の腕を誰かが取る。薔薇色のミニドレスを着た美しい女性だった。少女に近いだろうか?


「レストルームがある。こっちに来て」


 ローズが手を引いてイヴリンをレストルームへと連れて行く。その合間に再びジャマーを起動させたバロンとアレックスが、誰にも邪魔をされない状況で、男による男のための交渉を開始させた。


挿絵(By みてみん)

次回、嵐の到来。STORMと接触する、という事は何かを壊す、という事です。


面白いと思ってくだされば評価お願いします。

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