Tommy s Thema 2
【エリックとアレックスは議論する。そして互いに讃えあう。計画は進んでいく】
磨き上げられたコーヒーテーブルに、資料を載せた。昨夜図書館で作り上げた50ページ少しある資料だ。参考文献は勿論、エリック・スターリング著『孤独に堕ちる自由』。
「……ご著書を拝読させて頂きました。良い本だ。特にあの一節が気に入っています。確か、……我々は神を殺し、共同体を殺し、コミュニズムを殺した。そして今やどうだ、誰もが自由に孤独に狂っている……、身につまされました。この指摘は正しい。自由を信奉するものこそ、留めおかねばならない言葉です」
アレックスの言葉にエリックの頬が引かれる。ゆっくりと笑顔を作った彼は、低く落ち着いた態度でアレックスの賞賛を受け入れた。
「ありがとう。リヴェレー派からそういった言葉が聞けるとは思わなかった。どうも彼らは、自由を履き違えているようだから」
「誰もが道化にはなり得ない、という事です。閣下。砂つぶにすら色は存在する……。さて、政治思想、恐らく政策に関してもこの本を中心に行われる、という事でよろしいですか?」
「そう思ってもらって構わないよ。基本スタンスではあるが状況に応じて変化はしていくだろう」
アレックスは資料を眺めて頷いた。そうしながら彼の出方を伺う。老獪だと感じた。こちらが攻めねば出てきてはくれないだろうし、彼がカリスマという武器を振るう時は、勝てる見込みのある時だ。だから多少のリスクをとってでも攻めねばならない。
「実は私もリヴェレー派の中では異端でして。正直閣下の考えとは似たところがある。特にです、リヴェレー派は弱者包括に重きを置いている。私も弱者の為には何かしらの共同体が必要だと考えています。孤独は特に我々を蝕む身近な脅威だ」
「全くその通りだ。特に、負傷兵、ギルド負傷兵の末路を君は知っているかね、アレックス。悲惨なものだ。人々の平穏の為に命をかけた人間が道端に捨て置かれる、こんな無惨な事はない」
「急務です。ですが閣下、同じ強度で貧困、女性の貧困も救われるべきだと我々は考えています」
仕掛けた。アレックスはエリックの目を見る。静かな青い目が遠くを眺めている。澱みなく流れていたエリックの言葉が止まった。暫くの沈黙の後、彼は再度口を開く。口の端にノイズが乗った。
「………我々、プロヴァンス派もそれは重要視しているよ。上も下もないし、男女の差はない。救える者はなるべく救うべきだ。中には救えない者もいるだろうが、なるべく多く……」
「に、しては」
アレックスが続ける。
「かなり負傷兵への支援に予算の多くを割いていますね。負傷兵の再就職先にとギルドも経営していらっしゃる。新人教育と負傷者支援。素晴らしい成果ですが、ここでは貧困女性の問題は塗りつぶされている」
「誤りがある。経営はしていない。資金提供をしているだけだ。君達リヴェレーは良く、都市における貧困の問題に注目するね。全てを一括に救い上げる、と言う事は不可能だ。順序がある。我々は、他者の為に命をかけた者をこそ優先的に救うべきだとと考えている」
「失礼しました。訂正させて頂きます。資金提供、ですね。……つまり、何かしらの生産的行動をとった人間を優先的に救う、という施策ですか。これは就労不可能な病歴を抱えた人間にとって、死刑宣告に等しい意味を持ちます。優生思想と変わらないのでは?」
「順序が必要だ、と言っている。国にとって有益な存在は保護しなければならない。女性や子供もその対象だ。良いかねアレックス、ギルドに所属している戦闘員は皆、命を捨てて警護にあたる。男も女も同じ、亜人種であってもだ。訓練され実戦の中で、他人の盾となるように最適化してしまう。無私の精神を極めた人を使い潰す世界など健全ではない」
「戦闘、戦争を軸に置く対応が問題なのではありませんか?個々人の資質は様々だ。戦闘に最適化された訓練から脱却し、各々の資質を考慮した訓練を行うべきでは?」
「それで何人が助かる?家畜を捕食されている酪農家はその後どうやって生活をする?貧民街ではゲイシーが子供を狙っている。ゾンビ被害は貧民街では深刻な問題だ。戦闘とは、我々が考えるよりずっと過酷なのだ。アレックス、人間は依存的なのだよ。自立した存在ではない。状況や感情に流され、善人がいとも簡単に悪徳を行うのだ。だからこそ、父という存在が必要になる」
父。父権である。それを全て否定しようとアレックスは考えてはいない。だが自身が男であるからこそ、過剰なパターナリズムは独裁へ向かう事を知っている。それはメイトリアキーでも同じ事だ。
「……リヴェレー派として申しあげます。依存を律し規律に沿って人を矯正する父権も、無言の圧にて人心の支配を行う母権も、個の自立を妨げる悪徳です。貴方方、プロヴァンス派は良く、弱者性こそが最強の政治カードになった、と揶揄されますが、この裏にあるものは、父母両属性による過剰な庇護です。父母の支配を打ち破り、共に左右と手を取り合い歩く。老いた者も子供も、男性女性、それ以外の性自認の人間も、種族の垣根なく、脅威に立ち向かえるよう武器を持ち独立を成す。そして互いを守り合う共同体、これこそがリヴェレーが目指す究極の国家です」
言葉を選びながらもエリックにそう告げた。無言の圧の中にフェニスへの批判を混ぜたが、気取られないように注意した。目の前の顎ひげをたたえた老紳士は揺るがない大きな岩のような安定さで座っている。何故、ここまで踏み込んだのか、を考えてアレックスが愕然とした。エリックは批判を真正面から受けて揺るがない、だからこそ、その岩がどうすれば揺らぐのか見たくなるのだった。正義感という暴力には非常に甘美な誘惑がある。そこに気付ける者だけがエリックと「対話」をし、気付けぬものは自身の罪に溺れて押し潰される。
エリックは静かに微笑んで返した。
「アレックス。君は人間を信じているようだ。私は、違う。人間を信じていない。正しくは、人間の善性を全く信用していない。それだけは神に誓えるよ、人間の善性もまたエゴイズムの一種だ。それは気まぐれ、と表現される脳内物質のバグだ。一度刺激を与えるといとも簡単に崩れ去ってしまう。武器と資産を持った人間が、互いに手を取り合う事はない。有史以来なかった。モンスターに食われそうになっている時にでも我々は戦争をやめなかった動物だ」
唇を噛もうとしてやめた。リスクは織り込み済みだ。
「悲劇です。けれども悲劇に泣く合間にも我々は生きて行動する事ができる。より良い明日に、より良い世界に。望んだ世界を歩めるよう、啓蒙を」
「啓蒙。神の愛は我々を許したかね、アレックス。それを忘れて、皆自由に生きている。否、自由になってしまった」
アレックスは息を吸った。そしてそのまま沈黙した。踏み出しすぎた、と感じている。啓蒙主義は理想を超えた夢想主義、他者の生活を夢想に乗せた結果、現れるのは戦車の砲台だ。夢想ではだめだ、せめて理想、現実を少しだけ上向きに引っ張る行動主義。
「………お言葉ですが、閣下。私は、他者と手を取り合えるとそう信じております」
微かな微笑みがエリックの口髭を揺らした。
「根拠は?」
「貴方と私だ」
口を結んでアレックスはエリックを見た。エリックは暫くアレックスを眺めて、それから呆れたように顔を振り、そのまま笑い始めた。ひとしきり笑ったエリックは、ああ!と大きく息を吐いた後、緩やかな大河のような声でアレックスに告げる。
「それを言われてしまうとどうしようもないな。確かにアレックス、君はいい奴だ。今からでもいい、プロヴァンス派に転向しないか」
「光栄ですが、お言葉だけ受け取らせて頂きます。曽祖父の墓参りに行けなくなる」
控えめな笑い声が収まる。そして、最後の一撃とばかりに、アレックスが捩じ込んだ。
「人間の善性が、気まぐれであるのはそうでしょう。けれども、それが善性であるか否かは重要ではない、と私は考えます。善悪問わず行動の結果、良い影響をもたらせられるならそれで良い。運命など誰にも感知し得ないのだから。多くの人が自身や他者に対してより良い選択が取れる政策を提案していきたい。私はそう考えます」
満足そうにエリックはにっこりと微笑んだ。人好きのする笑顔。ここからが本番だ。
「続けてくれ、アレックス。君と話すのは面白い」
予定時間を随分と超過して、この対談は終了した。アレックスはすっかりエリックの人柄に絆されたし、エリックも再会を約束して、本の裏に直筆のサインをしたためた。エリザベスに送った若手議員は女性だと言う。影響されていなければいいな、と二人で笑い合った。アレックスが議事堂のセキュリティーを通過したのが20時過ぎ、これから家に帰って、アレックスは始めなければならないのだ。それはエリックに言った言葉に他ならない。
『善悪問わず行動の結果、良い影響をもたらせられるならそれで良い』
ポストに手紙を投函した。宛先は、クラウディア社開発部門部長バロン・クラウド氏。たった一言のメッセージカードを添えた。
〝やあ、バロン。久しぶりに会おうじゃないか。ところで嵐は過ぎ去ったかい?〟
次回。ついに彼の登場です。STORM。小さなギルドながら世界最強の技術と軍事力を持つ勢力。
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