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VOODOO  作者: 路輪一人
Could this be
17/40

Deep down 2

【ミナ・クレーバーの背負う最初の罪】

 結局二人は、この廊下に侵入した鉄の扉の前まで後退した。鉄の扉を突いたクロウの影はもうなかったが、更に数個の傷が扉に刻まれていた。


 カヴィアは少し焦っている様だった。時刻は15:13分、このままいけば二日目はこのフラッフィーマンションのカオスの中で夜を明かさねばならない。颅骨ルーグーから預かった地図にライトを当てながら、カヴィアは指を噛んでいる。

 そんなカヴィアを眺めつつ、ミナは暗闇の中をぐるりと見渡した。敵の接近に備えるためでもあったし、状況を把握する思惑もあった。だが、ミナの頭の中にゾンビは歌ったあの歌がこびりついて離れない。フレーズを口ずさんだ。「許して欲しい 俺のせいじゃない……」


 暗闇の中でそれを聞きつけたカヴィアが振り返ってミナを見る。ミナもまたカヴィアを見た。焦燥が沸き上がってミナはカヴィアに近づいて言う。


「…‥さっきの男が歌ってた曲を知ってる」


 息をついて、更に言葉を繋げようとした自分をミナは諌めた。ありえないし、意味がない。これじゃまるで陰謀論者のこじつけだ。ギーガーの「さよなら」をあいつは歌った。つまりあのルートこそが脱出のための正しいルートであると言う事。


「ギーガーの」


 やめろ、と脳が言う前に口が動いた。


「ギーガーの曲だわ、あのゾンビ、『さよなら』を歌ってた。このまま真っ直ぐ進むんだベイビーってあるの、振り返らず、真っ直ぐに」


 カヴィアが体の向きを変えて真正面に自分を捉えている。それも怖かった。これ以上彼女を失望させたくない。だからこそ沈黙せねばならないのに、意識の外で舌だけが回り続けている。


「犯罪者だって好きな歌手の一人や二人……」


「ミナ」


 カヴィアの声が近づいてきて、彼女の温度がミナの手を取った。両手でミナの手を握ったカヴィアは諭す様なゆっくりとした口調でミナに言う。


「不安にさせてごめん。大丈夫だよ。貴女は私が絶対に守る。命に代えたって。だから信じて欲しい」


 カヴィアは多分、無理に笑った。ミナの目にもそれは明らかだった。だから何も言えなくなった。


「地図を見て」


 ミナの手を離したカヴィアは地図にライトを当てながら、ミナに目配せをした。秘密の悪戯を演出した目の色に、彼女の気遣いを感じて胸が痛くなった。


「この扉の前、通気口があるのがわかる?通路として使う人間もいるぐらい大きい。這って進む事にはなるけど、これが16階まで続いてる。降りれる階段がこれ。見て、ボイラー室の前まで続いてる」


 人を奮い立たせる深くて安心できる声のままでカヴィアはミナに道を示した。片手を振り、笑顔のまま行こう、と告げる。まるでファーストフードでも食べに行く気軽さでカヴィアは笑った。そして上を見上げる。彼女の視線に合わせたら、ライトが崩れかけている通風口を照らしていた。確かに錆び付いていて強度は心配だけれども、安全に上階へ行けそうだ。


「中はだいぶ汚いけど、死ぬよりはいいさ。生きてるだけでラッキーだよ」


 言いつつ、カヴィアがその古びた通気口の入り口に手を伸ばした。体重をかけると木の枝の様にしなって、人が一人寝そべる程度の暗い口を彼女らの前に開陳する。カヴィアが努めて明るく、先に入って、とミナに言った時だった。廊下の奥からはっきりと男性の声が聞こえた。


「OLA!」


 挨拶と同時に周囲に響いたのは発砲音、そして何かが砕け落ちる音。カヴィアの目は見開かれ、ミナはただその暗闇の先を見た。入ろうとした通気口は、支えていた小さなネジを砕かれて伏した蛇の様に地面にしなだれている。音が静まって、更に聞こえたのは笑いを噛み殺す誰かの声だ。そして互いに何かを示し合う符牒、そして最後にはっきりと笑いながら男が呼びかけてきた。


「Como vocês estão, meninas?(調子はどうだ?お嬢さん達)」


 声を聞いた瞬間、カヴィアは背を向け、ミナの手を引いて走り出した。ミナの背中から、男達複数人の笑い声が聞こえてくる。走りながら言うカヴィアの声が震えている。間違いないとミナも感じた。あの声は 生きている 人間の声だ。


「ムエルテだ……!気が付かれた!」


 カヴィアの走る速さに追いつけなくて足が絡まる。転んでしまったら次に自分を襲うのはあの男達だとわかっているから足を必死で前に出した。左手首をカヴィアに掴まれていたから、自然と頭は右に寄る。そのまま一度振り返ったミナは見たものを確認して悲鳴をあげた。

 逆光に浮かび上がったのは無数のゾンビの群れだ。そいつらは確かに自分達に狙いをつけている。また心底楽しそうな男の声が響いた。


「Darei uma recompensa a quem matar essa mulher! Boa sorte, pessoal!(女を殺した奴には褒美をやる!頑張れよ、お前達!)」


 左腕がグッと引かれる。倒れかけた体を支えようと前を向いたら、そこには小さな部屋があった。部屋の中に飛び込んだカヴィアはミナの腕を引き摺り込み、扉を閉める。即座に内側から鍵を閉めて、部屋の中央にライトを逆さまに設置した。広がる光が室内を照らす。その灯りのおかげで、ミナは壁際に錆びたハシゴを見つけた。手に取って、強度を確かめる。登れる。上には小さな足場があった。それがどう続いているかはわからなかったけれど、最後の避難場所にはなりそうだった。だからカヴィアを見た。カヴィアは、扉の前で銃を構えている。


「カヴィア……」


 と彼女に話しかけたら、鋭い返答が彼女から発された。


「静かに!」


 静けさの奥で足音を聞いた。何かを引きずる音だ。それは数十、ひしめき合う腐敗臭を伴って彼女達の潜む扉の前にやってきて立ち止まる。そして始まった。扉が揺らされる。叩かれる。外側から大きな質量が叩きつけられる音がする。奴らは痛みを感じない。感じないから、骨が潰れ肉が飛び散る音がする。カヴィアは銃を納め、バッグの中から何かを取り出した。手榴弾だ。ピンを抜いて、鍵を開ける。内開きの扉を少し開ける。開けると同時に人の指先が侵入してくるが、その隙間からカヴィアは手榴弾を外に放り出した。そして力一杯背中で鉄の扉を閉める。外から衝撃と爆風が鉄の扉越しに部屋の中に入ってくる。そこには新鮮な血の匂いと腐敗した肉の匂いが混ざっていた。なんともしれない呻き声が扉の外から聞こえてくる。


「ミナ!武装して!」


 銃を構えたカヴィアはミナを見ずに言った。カヴィアの手が扉にかかる。開け放つのだろう、とミナは予想して、銃をどうにか手に持った。が、銃口は震えるばかりで照準など合わせられない。


「1、2、……GO!」


 扉を開けたカヴィアの前は血に染まった壁があった。足元にはひしゃげて潰れた人間らしき遺体、それが積み重なって、後続のゾンビ達の侵入を阻んでいる。そこに掃射されるカヴィアのアサルトライフル、正確に精密に顔を覗かせたゾンビ達の頭蓋を割り、死体による防護壁を生成する。カヴィアが恐るものはきっとゾンビではない、とミナは看破した。ラ・ムエルテ・ブランカ。生きた人間による組織的な狩りこそが、彼女が最も恐る脅威だ。掃射を終え、扉を荒く閉めたカヴィアはマガジンを交換した。手早いリロードの後、再度彼女が迫り来るゾンビを無効化する為扉を手にかけた時、外界から聞き慣れない風の音が聞こえてきた。そいつはガスや油を伴った風、黒い煙を起こす地獄の風、その風が吹き抜けた後から凄まじい熱が周囲を侵す。鉄の取手に触れかけたカヴィアは咄嗟にそこから距離をとって、後方へと後ずさった。彼女はその風の正体を知っているのだ。


「……火炎放射器……!」


 段々と周囲の温度が上がっていく。黒い煙が部屋の中に立ち込め始める。鉄の扉の取手付近、鍵の辺りが真っ赤になり始めた。煙から気管を守るために、カヴィアはハイネックセーターを口元まで上げる。ミナもそれに倣って、口元を覆った。やがて業火を煽る風の音が収まる。また少しずつ近づいてくるのは人の唸り声。炭になってしまった誰かの遺体の上を歩きながら扉の前に集まってくる。そして。


 高熱で劣化した鉄の扉はいとも容易く破られた。雪崩れ込んできたのは真っ赤に燃えながら歩く人間の死体、助けを求める様に手を伸ばし、カヴィアとミナにもたれかかろうとする。肌を焼く温度にミナは絶叫し、煤けた壁に背を擦り付けて後退しようとした。だが即応のヘッドショットが一体の頭蓋を破る。首の奥から血液の代わりに火炎が立ち上って散らばった。また一体。言葉もなく歯を噛み締めながらカヴィアは事態に対応する。燃え盛る死体達が次々と倒れていく中、ミナはハシゴに足をかけた。もう耐えられなかった。一歩でも遠く奴らから、このカオスから、燃えたぎる死の恐怖から逃れたい。本能であげた足がハシゴを登る。カヴィアの銃声を背中で聞きながらハシゴを駆け上がろうとした。暗いままの足場が冷えた安全でミナに微笑んだ気がする。喘ぐ様に痛む左手で足場のコンクリートに触れた時だった。階下でカヴィアの声がした。


「あっ!」


 カヴィアは後方を振り返り、床を見ている。既に小部屋は燃え盛る人間の死体のおかげで非常に明るかった。その炎に照らされたマガジンが床で停止している。


「ミナ!拾って!」


 カヴィアが言いながら防弾チョッキを探る。その合間に伸びてきた燃える人の手、そいつを銃を盾にして防ぎながらもう一度叫んだ。


「ミナ!マガジンを拾って!」


 振り返って彼女を見た。様々な事が一瞬脳をよぎった。助けるべきだと考えた。降りるために見た階下でカヴィアは必死に戦っている。この小さなハシゴから飛び降りてマガジンを投げ、カヴィアに渡す。そうすれば二人とも助かる、助かるかもしれない。けれども、左手で触れた〝安全な〟足場は、それ以上の誘惑を持ってミナに囁く。助けなきゃ、そう思った体が足場をよじ登る。飛び降りてマガジンを彼女に。そう思いながらミナは足場によじ登り階下を見た。


「ミナ!」


 カヴィアの声が聞こえる。高い位置から〝安全に〟カヴィアを見下ろしたミナはそこからもう動けなかった。それを見つけたカヴィアの目が見開かれる。瞬間、カヴィアの腕を掴んだ燃える死体が、彼女の首に齧り付いた。炎はカヴィアの髪に引火した。カヴィアの絶叫が小部屋に響く。炎を振り払おうと頭を押さえた彼女の背に、新しい炎がのしかかった。カヴィアは抗った。最期まで抗った。肉が燃え始める。肌が爛れ始める。


「………あああああ………!!!」


 真っ赤に燃え始めたカヴィアの肉体、その柔らかい部分に、炭化した指が捩じ込まれている。見開かれたカヴィアの綺麗な眼球に指が捩じ込まれる。開いた口腔は引き裂かれた。肉と血が燃える酷い匂いがする。カヴィアが燃えていく。真っ黒いゾンビ達と一緒に炭化し、黒い炭になっていく。その全てを見下ろしながら、足場の壁に頬を擦りながら崩れ落ちた。階下は静かになった。ゾンビもまた燃え尽きてしまったのだろう。火花の爆ぜる音だけがする閉鎖空間で、ミナは自分を守る様に抱きしめながら呆然と呟いた。


「………私のせいじゃない………」


 瞬間、首元が強い力で引っ張られた。ミナの頬に自身の頬を擦り付け、ミナを捉えたのは全身をタトゥーで覆った男だった。顔にも体にもまるでスケルトンを彷彿とさせる模様が描かれている。


「いい見せ物だった。そうさ、セニョリータ、お前のせいじゃない。全部、VOODOOが悪いのさ」


挿絵(By みてみん)


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