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VOODOO  作者: 路輪一人
Could this be
16/40

Deep down 1

【脱出経路を探して彷徨うミナとカヴィアに、シュリーカー・クロウが襲い掛かる】

 錆びた梯子は今にも崩れ落ちそうに傾いていた。足元を見れば吸い込まれそうな闇がある。きっとあの大穴の淵なのだろう、とミナはそれを予測した。声をあげても届かない、光すら吸い込む暗闇の奥で、人が生活する灯りがところどころ灯っている。恐怖は慣れてしまえる感情なのだ。唇を噛み締めたミナが一歩をハシゴにかける。金属が軋む音がして、ハシゴが大穴に引っ張られた。息を止めて重力に耐えたが、そこでもカヴィアの経験はミナを救った。鉄骨の歯軋りと共に前方に体重をかけたカヴィアのお陰で、ハシゴはゆっくりと前後に揺れた。そしてがしゃり、と辺りに響く音を立て、ハシゴは再び壁に張り付く。止めていた息を吐いて一歩、また不安定な足場を踏んだ。

 ミナの腰には命綱が結び付けられている。カヴィアのバックから取り出された物だった。カヴィアの腰にも腰紐が巻かれているが、腰紐の先が何処に結ばれているかここからでは見えない。カヴィアの投げた鉤縄は確かに何処かに引っかかって彼女の体重を支えている。それもまた運だ。いつ外れるかわからないし、外す誰かが現れるかもしれない。それを防ぐ方法は一つ、恐怖に震える間にひたすら行動する事だった。極限まで削られた選択肢は、人間の思考を単純化する。どんなに危険でも進まなければ死ぬだけだ。また一歩軋むハシゴを登ったミナは上部にあるカヴィアのブーツの裏を見上げた。カヴィアはきっと、この選択肢を何度も繰り返して来たのだろう。生き残った結果を誇りもせずただ朗らかに笑う精神性、それと無様な今の自分の姿を顧みる。恥ずかしさが腹の奥から湧き上がったが、それに囚われる時間も無駄だ。考えない事。死という状況を考えずに現状を受け入れる事。そこには確かに不思議な平穏があった。

 ミナの顔のそばを、ネオンサインの熱が素通りしていく。壁の薄い部屋の中から派手なサンバと女の乱れたよがり声が聞こえてくる。


 だから上を見た。上部をまた一歩登るカヴィアの姿が見える。


「もうすぐ、14階の、……通路に入れる窓がある。あるけど気をつけて、安全を確信した瞬間が一番怖い」


 ミナの頬がネオンサインの発光に合わせて、赤から青へと変わった。少し視界の悪くなった上空を見据えて、足を上げる。ミナのそばにあるネオンサインから、ジジ、と何かが焼ける様な音がした。途端に上部のカヴィアが片手を離して、右方向に体を向けた。腰に下げていた銃を取り出し片手で構える。ジジ、という音は大きくなる。上空からそれは次第に大きさと速度を増し、何かの質量を携えて———。


「捕まって!」


 カヴィアの檄が飛び、ついで発砲音。そいつは脳に響く摩擦音を撒き散らしながら高速で闇の中を急下降して来た。揺れるハシゴにしがみつき、その真っ黒な物体の行方を追った。カヴィアの発砲を避け、一度大きく羽ばたいたそいつは大穴の中を優雅に旋回してまた闇の中に消えていく。

 背筋が凍った。


「シュリーカー・クロウだ!」


 ジジジジ、という特徴的な狩猟音を発しながら黒く巨大な物体が高速で近づいてくる。ミナの脳内に蘇ったのは、太陽の下で見たフラッフィー・マンションの外観。飛び出た鉄骨に吊り下げられた人間の死体から今まさに大腸を引き摺り出すシュリーカー・クロウの嘴だ。既に落下の恐怖は消え失せた。どうせハシゴは軋んでいるし、いつ壊れたっておかしくない。なら食われる前に、落ちる前に、早く安全な場所へ身を隠さなくては。荒くハシゴを掴み、足をかけた。瞬間体が下に引っ張られた様な衝撃が走る。錆び切っていたハシゴを踏み抜いたのだ、と理解した途端、手の中に汗が滲み始める。ぶら下がった足元から死の冷えた風が舞い上がってくる。落ち着け。落ち着け。繰り返して足元を見た。何もない暗闇が大口を開けて笑っている。恐怖が手の力を弱めてくる、落ちて終えば楽になるとまで感じる。腕は伸び切って痛い。指にはもう感覚がない。左肩の銃創が痛みを訴え始めた。死ぬ、という選択が脳を侵し始める。このまま落ちれば死ぬのは一瞬、一瞬の痛みさえ我慢すれば後は、思考を切ったのはカヴィアの銃声だ。


「ミナ!命綱があるから大丈夫、ゆっくり上がって!威嚇射撃をしておくから!」


 ジジジジ、というクロウの鳴き声は上空で旋回している様だ。カヴィアの射撃のお陰で、比較的知能の高いモンスターである彼らは、上空にて一時退避、何かしら作戦を練っているらしい。それもすぐに片がつく。シュリーカー・クロウは群れで生活するモンスターだ。ジジ、ジジ、という鳴き声に混じって、ギャアギャアと喚く別個体が合流し、やがて同じ鳴き声になる。ジジ、という音はほぼノイズの様に断続的になり始めた。

 揺れる足元とともに、カヴィアに結び付けられているザイルが自分の腰を引っ張る気配がした。だから足を上げる。死にたくないから力を込める。息を止めて体を一気に引き上げる。


「もう少し!」


 カヴィアの声が上から聞こえた。目を開けると、すでに丈夫なコンクリートブロックで作られた足場にカヴィアは立っている。希望が見えた。カヴィアが両手で命綱を持って、ミナの体を引き上げてくれる。空をかいていた足が、やっとハシゴの一つに踵をつけた。


「急いで!来る!」


 ハシゴを掻く様に登り上げた。右手がコンクリートの足場に届いた瞬間、背中に凄まじい暴風を感じた。生ぬるい血の匂いを漂わせて、クロウの羽が周囲に舞った。カヴィアの銃がミナの頭上で火を吹く。ゲアッゲァッと人を不快にさせる鳴き声の後、空気を切り裂く様な絶叫があった。痛みを訴えるシュリーカー・クロウの鳴き声だ、この鳴き声は、仲間を呼ぶ。


「ドアから中に!急いで!」

 体を引き上げて、ミナは銃を構えたカヴィアを尻目に彼女の背にあった鉄の扉を押し室内へ飛び込む。クロウの叫び声とカヴィアの銃声が重なって聞こえる。そして足元に出来た安全を実感したら、全身から震えがきて立てなくなった。カヴィアが銃を撃ちながら、背中で室内に入ってくる。。


「ミナ!立って!扉を閉めて!」


 息を整える暇もない。体をどうにか引き起こして、扉の側まで這っていった。カヴィアの全身を確認して、ミナは肩で鉄の扉を押す。重い扉が噛み合い閉まる音が暗い廊下に響き渡る。女性二人は荒い息を整えながら、暫く言葉を発さなかった。生きている事は奇跡だとミナは思った。自分の手と足があるのか、ともう一度確認した。足と腰は力が抜けて立てそうもない。カヴィアだけが、腰につけているザイルの留め金を冷静に外している。カヴィアが一度大きく息をついて腕で顎の汗を拭った、その瞬間だった。

 がつん!と鉄の扉が鳴り、中央が飛び出した。ぎゃあ、という鳴き声と周囲を震わす羽ばたきの風量。クロウの鋭い嘴が、再び鉄の扉を食い破ろうと激突する。


 カヴィアは瞬時に迎撃の構えを取ったけれど、遠くなっていくクロウの鳴き声を確認して警戒を解いた。腰に手を当ててカヴィアが目を閉じたまま顎を上げている。そしてやっぱり、カヴィアは怒りを原動力にはしない。へたり込んだ足腰を叱咤しつつミナは立ち上がる。


「右奥にボイラー室がある。そこの上部を渡って、外に出られる。生きて帰るよ。いいね、ミナ」


 カヴィアは言いながら銃のリロードを行った。減ってしまったマガジンを再度ミリタリージャケットに補充して、銃の状態を確かめる。返答など求められていないことはもうミナも理解しているから、せめて彼女に遅れない様震える足を前に進めた。


 また周囲に静寂が戻る。カヴィアは銃口を前に向けたまま、警戒を解かない。フラッシュライトは点灯され、暗いままの廊下を照らしている。ミナはその光景に違和感を覚えた。入り口より随分と、ゴミが多く放置されている。つまり、人間の生活、犯罪者たちが生活している場所により近づいているという事ではないか?そしてカヴィアのライトが、10メートルほど先、通路の上部を照らし出した。そこには男が吊るされていた。両肺を貫くフックからウジ虫が溢れ落ちている。それでもそいつは女性二人を見つけた瞬間、恐ろしく美しい声で歌い始めた。


「Por favor, me perdoe, não é minha culpa, o diabo dentro de mim me fez fazer isso, por favor, me perdoe, senhorita(許してくれよ 俺のせいじゃない 俺の中の悪魔がそうさせたんだ 許してくれよセニョリータ……)」


 初めてカヴィアが舌を鳴らした。チッと小さく鳴らした舌先で、憎々しげにカヴィアが言う。


「こっちはダメだ……。遠回りだけど反対側から行こう。フラッフィー・マンションは迷路に近いから、いろんなところが繋がってる。時間のロスは痛いけど、安全を確保した方がいい。戻ろう」


 反論などなかった。ただ何故だろう、ミナはその歌をもう少し聞きたいと思った。それはこの地獄の旅路で唯一ミナが見つけた活路だったのだけれども、その時の彼女達にそれを知る術はない。遠くなる歌声をミナはもう一度振り返り、彼の歌声、そのメロディを思い返す。

 あれは確か、ギーガーの曲、「さよなら」の一節ではなかったか?

挿絵(By みてみん)

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