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VOODOO  作者: 路輪一人
Could this be
13/40

The hole Pt1 2

【ミナ・クレーバーは真実を知らされ、追放される】

 低い天井からぶら下がっていた豆電球が点滅しながら揺れていた。

 揺れているのは、前を行くカヴィアの頭頂が豆電球を払ったからだった。ミナの視界には、目に痛い豆電球の光がほぼ眼前で瞬いて、残光を残して消える。そして通り過ぎる間に光を灯し、ミナの背後にある銃口の影を濡れた地面に落とし込んだ。

 左右から迫るような壁は例外なく汚れていたし、蛇の様なパイプが何層にも絡まって壁を這っていた。足元はよく見えない上にぬかるんでいたし、見える範囲にあるもの全てが薄汚れていた。違法建築の結果、日の光が入らなくなったフラッフィーマンションは極夜の国だ。天井を縫う配線は剥き出しのまま電灯に接続されている。かと思えば無数の蝋燭が何故か錆びた階段に並べられている。夢遊病者の悪夢の様な世界に酔わされて、ミナの意識も曖昧になってくる。


 目も眩む闇に浮かされてミナの足元がよろめいた。だが倒れることは許されない。ミナの細い肩は左の壁にぶつかり体を支えた。右手を挙げればそこにもまた右の壁が彼女達を拘束するようにそびえている。


 人が二人、どうにか並んで歩ける程度の通路は、このフラッフィーマンションの大通りだそうだ。無数の扉の奥には息を潜めた住民達の気配がする。静寂を破るのは白骨幇バイグーバンの面々の足音。乱暴な足音を連れ立ってその先頭を行くのが、ミナ・クレーバーとカヴィア・ラオだった。ミナは俯きながら、カヴィアはそれでも顔をあげて、背中にある銃口の恐怖に耐えている。彼女達はこれから放逐されるのだ。白骨幇バイグーバンとラ・ムエルテ・ブランカの勢力がかち合う中間地点。白骨幇はそこを白馬地と呼んで、ラ・ムエルテ・ブランカはポンチ・ドス・ペルドアードスと言うらしい。人は住めない。ムエルテがばら撒いたVOODOOによってゾンビ化、あるいはゾンビ化しかけている人間が彷徨う、戦闘のない平和な死の花園だ。


 暗く細い通路を歩き続けて一時間、ミナの肩の傷が再び疼き出した頃に視界が開いた。先を行くカヴィアが小さな階段を登る。彼女の姿が消えて、ミナも躓きながら階段を登った。先には巨大な空間が広がっていた。


「ここが、アグヘロ・デ・ラ・コンデナ。我々はこの大穴を、無帰淵ウーグイユエンと呼んでいる」


 背後の喉結ホウジエがやはりあの抑揚のない低い声で彼女達に呼びかけた。


「ここだけは外の光が差す。だがその光すらもこの大穴は飲み込んでしまう。落ちれば死ぬ。下はクロウの巣だ。クロウの幼体が巣食っている」


 直径300メートルに広がる巨大な穴の周りには簡易な柵が設置されていた。その円を回るように、鉄製の足場、通路もかけられている。特徴的なものが、その円を十字に渡る通路の存在だ。中央に小さな円状の広場があった。喉結ホウジエの話だと、ムエルテとの交渉、取引はこの場所で行われるのだという。この円を挟んでこちら側は秩序、そしてあちら側は混沌の支配地域だ。円状の柵は腰ほどの高さ。軽く人は落とせるだろう、とミナは想像した。自分は聞いたのだ。そして知ったのだ。このフラッフィーマンションの成り立ちとその裏にある政治家達の思惑を。決してそれは行わないだろうと考えていた、ランドマリー政府、女性党首を中心としたリヴェール派の面々の思惑と不正な政治資金の流れ。反社会勢力は密接に彼らと結びついていた。


 白骨幇のアジトで、喉結ホウジエは言った。


「フラッフィーマンションには政治資金が投入されている。主にリヴェール派からの政治資金がな。ミナ・クレーバー。恐らくは、リヴェールの政治思想をお前は受けているのだろう。だが彼らは我々の敵であり、そして協力者だ」


 肩の痛みすら忘れて、ミナは息を飲んだ。そして悲しいかな、絶望するよりも早く、貧者の眼、記録媒体を作動させた。聞きたくない、と聞かねばならない、の間で、目を見開いたミナはそれを振り切るように叫ぶ。


「続けて!」


 目を伏せた喉結ホウジエが語り始める。


 ——フラッフィーマンションは、貧民の共同住宅、そしてモンスター達をそこに寄せる餌箱だ。ここにはリベラフェデラーの居住資格のない不法移民、貧民達が隠れ住んでいる。我々華国人をここに収容するのも、リヴェールが華とより友好な関係を結ぶ為だ。華国は人間が溢れている。人口抑制の意味もそこにある。我々は国より遺棄され、フラッフィーマンションに拾われた。また華から輸入される薬物や医療技術、医療機器をより安価に取引する為の港としても機能している。その上でだ、彼らの視線は富裕層にしか向いていない。或いは自身を富ませる為の消費者だな。我々を使い潰し、取引をした薬品、医療技術で寿命を伸ばし、性器を盛り立て美を作る。リヴェールが華国に対し、関税その為の面で協力的なのは記者であるお前も知るところだろう。


 大穴から逆風が吹き上がって、ミナの髪を左右に揺らした。腐敗臭が混ざった真っ黒な闇。喉結ホウジエの語った通りの、真っ暗な闇。自分はこの闇の中に真実という松明一つで勝負を挑んだのだ。勝てるわけがない。喉結ホウジエの言った、一人の力でどうにかなるものではない。その意味が今ならはっきりとわかる。


 ——考えても見ろ。犯罪の拠点として知られた場所に、何故政府権力は介入しない?簡単な話だ。フラッフィーマンションを解体してしまえば、ここに住む多数の不法移民が街に放たれる事になる。その犯罪者を取り締まるコストとこの薄汚い城に止め置くことのコスト。素人目でもわかるだろう。我々は既に、モンスターと同等の価値に落とされている。


 そしてそれはつまり、政府が、弱者救済を謳い、人権を啓蒙し、和平と平等を希求する、それを信念とした女性の党首を戴く左派集団が、自らの利益の為にVOODOOの取引場所を見過ごしている、という事実を掘り起こす。



 ——VOODOOの始まりも、最初はただの痛み止めだった。疼痛管理の薬品は華国にて多数作成、販売されているが、そのうちの一つに目をつけたものがいた。それは何より安価だった。様々な理由で働けなくなった者、特に負傷兵、ギルド員に多いだろうな。そう言った者達の為に粗悪な合成薬として配られたのが始まりだ。依存性のない痛み止めは彼らには手が出ない。高価すぎるのだ。対処療法はやがていきつき、人生を蝕む。より強いペインキラーを求めた結果、VOODOOは生まれた。


「ミナ」


 思考を切る呼びかけがあった。カヴィアの声だ。


「行こう」


 穴を十字に突っ切る足場に立って、振り返りながらカヴィアが言う。腰の位置のアサルトライフルが、天井からの光を微かに反射した。カヴィアの肩に食い込む大きなバッグには颅骨ルーグーから渡された大量のマガジンと武器が収納してある。別れの際、颅骨ルーグーは彼女を強く抱きしめて、華国語でカヴィアに囁いた。


「如果真的到了那一步,你就必须抛弃她,活着回来」


 喉結ホウジエの懲罰の後だったから、ミナにはそれが何を意味するかわからない。そして何もかもがどうでも良くなりはじめていた。平等も、自由も、女性の権利も、何もかもが富裕層をより富ませる為の詭弁でしかない、その真実の一端に打ち込めされていたからだ。だから、カヴィアの言葉にもこう返す。


「……もう、着いてこなくていいのよ……」


 俯いたままそう答えたミナに、カヴィアは返すのだ。ミナにはそれが言語化できない。何故、彼女はこうなのだろう。何故彼女は責任を怖がらないのだろう。何故彼女はこうも堂々と勇ましく真っ直ぐに立てるのだろう。だから自分はこんなにも惨めになってしまうのだ。


「仕事だよ。ミナ。三日間、貴女を守り通して家に帰す。私はそれに責任を負う」


挿絵(By みてみん)

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