The hole Pt1 1
【肩を撃たれたミナを庇うカヴィア。しかしホウジエ達により、バッグの中身を確認され、隠し持っていたVOODOOを発見される】
明らかな多勢の圧にも負けず彼女は黙して立ち続ける。やがて、颅骨の噛み締められた歯の奥から唸り声が上がり、そのまま悲嘆のあえぎとなった。頭を抱えて懊悩する颅骨の側に控えていた喉結が一歩前に出て、颅骨の盾となった。黒い華の民族服を身に纏った長身の男、その髑髏の仮面から見事な蘭語が飛びててくる。
「カヴィア。VOODOOに関わった全てを我々白骨幇は受け入れない。例外はない。使用者は皆、クロウの餌になっている。VOODOOに関わる者は皆、いつかVOODOOに飲み込まれるからだ」
銃を構えたまま、カヴィアが吠える。
「ミナは常用者じゃない!取材に来ただけだ!」
「そうか。では、颅骨の意思をミナ・クレーバーに伝えよう。我々はお前を仲間とは認めない。お前に与え、お前から与えられるものもない。白骨幇を崩壊させる異分子として扱う。これは肉体の決定である。肉を削ぎ落とした後、骨に宿る意思の決定である。異論があるなら聞こう」
肩を抑え痛みに身悶えながらの審判など不平等この上ない。激痛で寒さに震え出した体を必死に制御しながら、ミナはどうにか声を出した。
「肩を、……撃ち抜いておきながら、随分な言い草ね………!」
「痛みはVOODOOで消える。苦しいなら使え」
銃を構えたままのカヴィアが一歩下がる。また一歩下がり、ミナの肉体に近づいていく。白骨幇の銃口は未だ彼女を狙ってはいるが、恐らくまだ撃たない。まだ、撃つつもりはない。その判断を信じて、カヴィアは倒れたミナに駆け寄った。抉れて血を吹き出す肩の銃創をみて、審判者である喉結に訴えた。
「傷の手当てをさせて。この状況で薬物を使用しないのは常用してない証拠でしょう!出血と痛みを止めてくれたら、抵抗せずここを出ていく!」
カヴィアの弁護が功を奏す。喉結は背後の颅骨を振り向き、華国語で二、三語会話をした。頭を抱えるばかりの颅骨に、彼は年長者らしい低く深い声色で決断を促す。座ったままの颅骨の頭が二度縦に振れた。再びカヴィア達に向き合った喉結は軽く頷いて、カヴィアに治療の許可を出した。
ミナの肩を抱き上げていたカヴィアの手のひらはもう血だらけになっていた。銃を持っていた手のひらで彼女はミナの左肩の衣類を破き創部を確認する。胸ポケットから消毒薬を取り出し、肩の傷を洗った。ミナが激痛の絶叫を挙げた。
「我慢して。出血が酷い……。よかった、弾は抜けてる。縛るよ!」
次は腰のポシェットに潜んでいた簡易な医療キットを取り出し開く。清潔なガーゼと傷を塞ぐスライムスタンプ。傷口にそれらを重ねた後、その上から包帯を巻きつける。最後にカヴィアが使用したのが麻酔だった。医療用で安価な痛み止めだ。先のキャップを跳ね飛ばし、内容物を数箇所に分けて注射する。
カヴィアが処置を施している間、喉結は仲間の一人にこう命令した。
「女の手荷物を調べろ」
ミナの取材バックは銃撃と共に床に落ちてしまっていたが、それを調べに白骨幇の連中が近寄ってくる。バックは逆さ吊りになって、内容物を甲斐もなく吐き出した。床に跳ねたのはお気に入りの万年筆。床に跳ね返る硬質な音を聞いて、ミナの目が見開かれる。財布を改められる。初めての給料で手に入れたブランド物だ。次には原稿とノート、そして貧者の目、それからカメラとネガを数個。それらは彼女の誇りだ。カヴィアの言葉を借りれば、それを奪われるのは死ぬより辛い事。情報は未来だ、情報は改革だ、その情報を暴力で操作されるなんて、ミナにはとても耐えられない。許さない。麻酔の聞き始めた脳が、痛みを忘れて情動を燃え上がらせた。許せない!他者の大切なものにズケズケと踏み込んで悪びれもしない無神経さ。それに傷ついてきた、それに泣かされてきた!感情が痛みを上回って、地面を掻いてカバンに手を伸ばそうとした時、白骨幇のメンバーの指の先に引っかかって揺れた物があった。それはジッパーバック。中にあるのは、三錠のVOODOOと血のついたG・Vチケットだった。
片膝をついてミナを抱えていたカヴィアの表情が驚愕に染まった。髑髏の男はカヴィアを憐れむように彼女の前でジッパーバックを振った後、それを喉結に渡す。カヴィアは衝撃を飲み込むよう、顔を付したあと、何かにつっかえたような細い声を出した。
「………最初から、……最初からそのつもりだったんだね、ミナ………」
カヴィアの失望を受けて、ミナの中の内部が焦燥に染まった。怒りと恥が合わさった自己弁護を痛みの消えた体で訴える。
「これは情報提供者からもらったものよ!貧民街に出没するゾンビの取材の為にきたの!ゾンビ化にはVOODOOが関わってるんでしょう?!」
喉結は手の中の白い錠剤を、同じ色をした髑髏の仮面で眺めた後ミナに答えた。
「その情報を得る事により、お前はどんな利益を得る?」
一瞬詰まった。それを認めない為に、大声でミナは叫ぶ。
「利益、利益なんか……!」
「利を求めない者は暴走する。利とは契約の後に発する。契約とは他者を結ぶ信を通じて行われる。冷静でない者は契約を結ぶに値しない。君は当に勇而無禮者(勇にして礼無き者)であり、訐以爲直者(訐きて以て直と為す者)だな」
痛みを堪える振りをして唇を噛んだ。身体的な痛みはもう鈍くなっていたけれど、屈辱が体に痛みを与えた。どうする。冷静を取り戻し始めた頭が回る。情報を最も多く持っている人間達と話が出来ている。これは幸運だ。傷は癒える、けれども精神の傷は何年にも渡って人の肉体を食い荒らすのだ。今何かを差し出さなくては自分はその精神の膿に溺れてしまう。その確信がある。
彼らは冷静と秩序を旨としている。だからこそカヴィアは彼らを『話ができる』と語ったのだ。彼らに沿う秩序、彼らが求める秩序、それと自分自身を損なわないカオス。それを兼ね備えたものはこれしかなかった。
「………知りたいのよ……」
カヴィアの温かい手を振り払って、体を起こした。軽い貧血が起こって足がもつれたが、カヴィアがまた体を支えてくれた。今度はその温もりを離さず、カヴィアの手の温かさを背にミナは喉結、彼の後ろに存在する白骨幇の面々に訴える。
「……何故、ゾンビ化をするのか。何故それは貧民だけなのか。何故VOODOOに頼らなければならないのか。何故貧困があるのか」
喉結の黒い華国衣装は揺るがない。高く顎を挙げた髑髏が尊大に告発者を黙して眺めている。こんな者は彫像だ、とミナの腹はまた燃えた。問題の前に突っ立って祈りを捧げることしかしない、そんなものは生きているとは言えない。怒りこそがミナ・クレーバーの原動力だ。
「政府は何をしているのか!助けられる者を助けず何故私利私欲に走るのか!この薬はどうやって作られるのか、誰が求めたのか、誰がばら撒いているのか!」
「知ったところで如何にもなるまい。一人の女の力で制御できる範囲を超えている」
女性を軽視しないで!と発しかけたミナを遮り、喉結は深いため息をついた。
「女人と小人は養い難し。しかし、養い難いが故、物事を発すかもしれん。ではミナ・クレーバー。お前に我々の知り得る情報を与えよう。知る事こそがお前の懲罰に相応しい」
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