5話「引き留めないで」
「あのっ!!」
頭がこんがらがる中、薫は思わず声を荒らげた。
薫の声に、しゅうはビクッと肩を揺らし、困惑した表情を見せる。
「そもそも僕……この店がどういう店か分からないし……。
そういうコンセプトだって思いたいけど、あんな光景見せられて……僕……っ」
溜まっていた言葉が、一気に口からこぼれ落ちた。
──衣食住付き、給料は高め、アットホームで福利厚生もしっかり。
──条件はシンプル。年齢・学歴・容姿は問わず、必要なのは意欲だけ。
信頼や友情、そんなきれいな言葉では覆えないほど怪しい条件。
そして、先ほど見てしまった異様な光景。
「だから、僕やっぱりやめ──」
薫がそう言いかけた時、しゅうは薫の唇に人差し指を添えた。
「しーっ。」
小さな合図とともに、しゅうは微笑んだ。だが、その瞳はどこか切なげだ。
「まずは、店内を見学してから検討してくれ。頼む。」
その声は不思議と優しくて、逆らえなかった。
薫はしゅうの真剣な表情を見つめ、結局、頷いてしまう。
自分に何の価値があるのか……どうしてここまで引き止めるのか。
薫には、その理由が分からなかった。
薫は、しゅうに言われた通り、面接室を後にし、メインホールへと足を踏み入れた。
煌びやかなシャンデリアの光が反射し、ガラスのテーブルに虹色の光を落とす。
甘くて少し強いアルコールの香りが漂い、思わず薫はむせそうになる。
目に飛び込んできたのは、バニーガールとバニーボーイたち。
彼らはこの店で“バニー”と呼ばれる存在らしい。
その光景は、薫の想像していた“飲食店”とはまるで違った。
客席で笑顔を浮かべ、シャンパンを傾けるバニーたち。
まるでホストクラブやキャバクラのような空気感だ。
衣装も個性的だ。
大胆に胸元を開けたバニー。フォーマルスーツにうさ耳を合わせた紳士風のバニー。
──だが、共通しているのは頭にちょこんと乗った“うさ耳”。
どうやら、この店ではそれさえあれば、服装の自由度はかなり高いらしい。
「……すご……。」
薫は圧倒されながら、ホールを一周し、二階へ続く階段を上ろうとした、その時。
──ドンッ!
二階から、テーブルを叩くような鈍い音と、怒声が響いた。
「だから、やってねぇって言ってんだろうが!!」
薫の足が止まる。
声の主は、中年の男だろうか。低く荒れた声が、ホール全体の空気を一瞬で張り詰めさせた。