二兎を追う者は一兎をも得ず
面接当日。
バニーbarの場所は、遠くもなく近くもない位置にあるらしい。
だが薫は、暗い路地やいわゆる「夜の街」と呼ばれる区域を
やたらと通ることになった。
「まあ、都会だから…作る場所も狭まるはずだし…」
そう自分に言い聞かせ、淡々と足を進める。
昼間なのに、辺りは次第に暗くなり、人影も減り、
騒がしい声も消えていった。
数十分歩き、ようやく「バニーbar」と書かれた看板を見つける。
兎のロゴが点滅するネオンライト。ポツンと建つ店。
酒の匂いと、どこか危険な匂いが漂っていた。
"bar"という単語から、居酒屋のような店だと予想していたが、
人通りは少なく、見た目も居酒屋らしくない。
そして――なんとなく悪い予感もする。
「……いやいや、ここで止まっちゃダメだ。せっかく来たんだし…!」
薫はそういうコンセプトだということにして、
面接のため、店の裏口へ向かった。
裏口へ向かう途中───
狭い路地の奥から、かすかな物音がした。
「ガサ、ガサ……」と、重いものを引きずるような音。
薫は思わず足を止め、心臓が早鐘のように打つのを感じながら、そっと覗き込む。
そこには、一人の青年が大きな黒い袋をずるずると引きずっていた。
人ひとりがすっぽり収まりそうな袋。
不意に中身がかすかに動いた気がして、薫の呼吸が止まる。
肩に力が入り、手のひらにじんわり汗が滲む。
ライトの光が揺らめき、青年の輪郭を不安定に映す。
青年は周囲を気にする様子もなく、淡々と袋を縛り上げている。
その動きは静かで無駄がなく、全く躊躇がない。
不規則に点滅していたライトが安定し、
揺らぎのない光が青年の姿を鮮明に映し出す。
眉目秀麗で、綺麗な灰色の瞳……。
紺色の髪に切り揃えられた前髪。
──そして、頬についた赤い血痕。
小話:薫は、前向きで少し純粋な一面がありますが、素直なので多少毒舌だったりします。