第四話 もう一人の現代人
俺はびっくりして、しばらく口がきけなかった。
「……ということは、あんたも?」
「ああ。俺の本当の名前はビリー・キャンベル。ニューヨーク出身だ」
アメリカ人かよ! 何で出身地が州名なんだよ。
「うおお、そうなんだ! なあ、この世界、なんて名前だ? 何のゲームの世界だ?」
「おいおい、落ち着けよ」
そこで俺は、まだ自己紹介していないことに気付いた。
「俺の本当の名前は永谷慎司。日本出身だ。よろしく、ビリー」
「へえ、日本か。同じアメリカ人かと思ったけど、そうそう同じ国から来るわけでもないんだな。よろしく、シンジ」
俺はビリーの小さい手と握手した。
「あんたと俺以外にも現代人がいるのか?」
「いや、いない。いるのかもしれんが、会ったことはないな」
「そうか……で、ビリー、この世界は何て名前だ?」
「名前なんてないよ」
「え……普通あるだろ。中つ国とかアレフガルドとか」
「ない。君は日本にいた頃、『この世界はなんて名前ですか』と聞かれたら何と答えるんだ?」
そういえば、「世界の名前」って言われても答えに困るな。
「それもそうだな。じゃあ、この世界は何ていうゲームか小説の世界だ?」
「……」
道化師ピエトロことアメリカ人ビリーはしばらく沈黙した。
「シンジが言ってるのは『ネバーエンディングストーリー』みたいなもんか。俺も最初はいろんな可能性を考えたよ。
ここは『ゲーム・オブ・スローンズ』の世界で、俺はティリオン・ラニスターになったんじゃないかとか、『ダンジョンズ&ドラゴンズ』の世界でタッスルホッフ・バーフットになったんじゃないかとかね。まあ違ったけどな。
ここはゲームの世界や小説の世界じゃない。この世界には魔法もドラゴンも存在しないし、エルフやオークもいない」
ビリーことピエトロはびしっと右手の人差し指を立てた。
「つまり、現実だ」
「えぇ……つまり、ガチの中世ヨーロッパってことか?」
「それが、そうとも言い切れんのだ。俺はそこそこ歴史に詳しいが、マルデブルク公国なんて聞いたことがない」
「何だそりゃ……」
パラレルワールドとかマルチバースとか、そういうやつだろうか? どっちにしろ、ファンタジーみたいなことは期待できなそうだ。
「俺はご覧の通り道化師だから、多少変なことを言っても見逃されたが、
君は王子様の立場で、やらかしちまったな。これから面倒なことになるぜ」
「だって俺、これが乙女ゲームの世界の話だと思ったんだよ……」
「その乙女ゲームってやつが何なのか知らんが、シンジはガールフレンドと別れる時にクラスメイトの前で『お前と別れてこっちに乗り換える』と宣言するのか?」
「まあ、しないよな……」
ガールフレンドなんていたことないが、俺はとりあえずそう答えた。
「相手に恥をかかせるようなやり方は報復を招くぞ」
「……(おっしゃるとおりです、はい)」
「ここはゲームの世界じゃない、現実だ。そしてシンジはモブじゃなくて王子様だ。
言葉ひとつ態度ひとつが重大な結果を招く。まあ既に最悪のやらかしをしちまったわけだが……」
「うわあああ」
俺は頭を抱えて膝に顔を埋めた。
「どーすんだよこれ。俺王子の振る舞いなんてわかんねーし! チート能力とかねーのかよ! 異世界転生って普通そういうのあるだろ!?」
「失礼、ルドルフ様。お父上がお呼びです」
近習が入ってきてそう告げた。
「さあルドルフ様、再びお父上のお小言を頂戴しに参りましょうか」
ころりと口調を変えたピエトロ=ビリーが、ぴょんと椅子から飛び降りて、うやうやしく礼をする。
*
「ルドルフ、お前は今すぐフォーゲルスハウゼンに行け。しばらくそこに蟄居するのだ」
父はそれだけ言うと、出て行けとばかりに手を振った。
「父上……その……」
「さっさと行け。お前の顔なんぞ見たくもない」
「オットー様、わたくしめもルドルフ様について行ってよろしゅうございましょうか?
ルドルフ様は心の中で迷子になっておりますようですが、ご安心くださいませ。私、宮廷の笑い者がお供いたしますから、混沌とした迷路でも楽しみながら進むことができることでしょう!」
「ああ、お前がついてくれれは安心だ。しばらくこの馬鹿者を見ておいてくれ」
ピエトロはにやりとして俺にウィンクしてみせた。