第二話 令嬢の兄と決闘!?
俺は高らかに婚約破棄を宣言した。
アーデルハイトは茫然とした表情をしていたが、次第に頬が紅潮し、わなわなと震えだした。
シナリオに沿った行為とはいえ、女の子にこういう形で別れを告げるのはさすがに胸が痛むな。乙女ゲームだと令嬢が悪人だからプレイヤーはそれを見てスカッとするんだろうけど、俺自身はアーデルハイトの悪行を知らないんだよな。
さて、この後どうなるんだろう。広告だと令嬢が反撃したり、逆に喜んで田舎でスローライフ送ったりするみたいだが。
……なんか、広間の空気が凍り付いたような気がするんだが、俺なんかやっちゃいました?
いや、「俺なんかやっちゃいました?」はこういう場合に使う言葉ではない気がする。
居並ぶ貴族っぽい男女は唖然とした表情で俺を見つめている。
何か台詞が足りなかったかな?
「ゲルトルート、心配することはない。君のことは私が守る。私は君との真実の愛を貫くつもりだ」
傍らのゲルトルートの手を取りそう言うと、ゲルトルートは蒼白になってわずかに後ずさった。
「ル、ルドルフ様、何てことを……」
おかしい。広告だとこのポジションの娘は清楚な顔をして王子をたらしこむ性悪女で、婚約破棄をさせてほくそ笑むはずなんだが。
そして悪役令嬢ポジションのアーデルハイトの顔は、赤を通り越して土気色になっていた。
「ルドルフ様……正気ですの?」
静かだが怒気をはらんだ声で、アーデルハイトが問いかける。
俺は戸惑った。考えてみればこれが何の乙女ゲームの世界なのかも知らないし、そもそも俺は乙女ゲームなんてやったことがない。次に何をしていいのかわからないのだ。
「はっはっは、ルドルフもそのような冗談を言うようになったか?」
立派な白髭を生やし、身なりがひときわ豪華な老人が進み出て拍手をした。
ルドルフの記憶が、父のオットーだと告げている。
「なんだ、ご冗談でしたか」
「うっかり本気かと思ってしまいましたわ、ねえ」
貴族たちが口々に言ってわざとらしく笑った。
冗談ということにして終わらせようという気がミエミエだ。
「お待ちください! これは冗談では済まされませんぞ!」
一人の長身の貴族が進み出た。この人誰だっけ。ルドルフの記憶にあるのだが、名前が出てこない。
「公衆の面前で婚約破棄など、我が妹アーデルハイト並びに当家への侮辱以外の何物でもありませぬ!」
あ、令嬢の兄か。記憶のデータベースにたどりつく前に相手が答えを言ってくれた。アーデルハイトの兄のディートリヒ・フォン・ライエンベルクだ。
っって、剣を抜いてる!?
「ま、待ってください。私も悪気があったわけではなくて!」
「黙れ! アーデルハイトの純情を踏みにじり、辱めるだけでは飽き足らず、公衆の面前で婚約破棄を宣言するとは何たる侮辱! たとえマルデブルク公子といえど許せぬ!」
だから、俺は悪役令嬢ものの王子の役目を演じただけですってば! ……といってもゲームの登場人物が「ここはゲームの世界で、ジャンルは乙女ゲームだ」なんて自覚してるわけないし、何て言えばいいんだ。
その時、なんか派手な色の塊が俺とディートリヒの間に飛び込んできた。
「ひょおっ」
それは掛け声とともにくるっと一回転してポーズをつけた。奇妙な帽子を被り、奇抜な色合いの服を着ている。
一瞬、子供かと思ったが、顔だけがは大人だ。
これは、海外のファンタジードラマや映画で見たことがある。道化師だ。
「王子殿下とご立腹の兄上様! 剣を振るう前に、まずは公平に決着をつける方法を提案しましょう!」
妙に芝居がかった口調としぐさで道化師が言った。
「ここで決闘なんて物騒なことをするよりも、こんな方法はいかがでしょう? お二人には、宮廷のネズミを一匹捕まえていただきます。そして最初にネズミを捕まえた方が勝者、負けた方はネズミに謝罪してもらいます! あ、いや、令嬢にでしたね!」
何がおかしいのか貴族たちがどっと笑う。
ディートリヒもつられて笑っている。
オットー公も笑いながら進み出てきて
「ディートリヒ殿、ルドルフにはさっそくネズミを捕まえに行かせますので、この場はお開きと言うことに……」
「ははは、では私もネズミを捕まえに行くことにいたしましょう」
ディートリヒは剣を鞘におさめた。ふう、とりあえずこの場はおさまったようだ。
「誰かある! ルドルフを連れてゆけ!」
父の掛け声とともに、数人の衛兵がさっと現れて俺の左右を固め、広間の隣の部屋に連れて行った。