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chapter1. 逃げるエンタープライズ 前編


「汝の清きを、ここに示しなさい」


 粛々と唱える声が、反響した。

 祭壇の上に立つ老父が、書類を載せた台をタクトで忙しなく叩く。それを合図にして、一人の男がゆっくりと祭壇を踏み締めた。ゆっくり、ゆっくりと段を上がると、ステンドグラスの光が徐々に当たり始める。男が祭壇の中央に止まると、その顔は場の全員に露になった。


「それが汝の営みか」

 老父は目を細めて言う。その間も、男は下を向いたまま動かない。しばらく無言の時間が流れたのち、老父は一度ため息をつくと、手元に置かれた文書を指でなぞり始めた。

 陰に並ぶ人々は、ひそひそと小声で会話ををしている。周囲に光る不特定多数の目とステンドグラスから射し込む光は、男の額に汗を滲ませていく。


「変異を生む強いエンタープライズとは、世界に光と、闇をもたらさんとする。然らば汝が活きるべきか……オーケスティアがここに下そう」

 老父は壇上で宣言する。人一倍強い、全てを見透かしたような目は、男が何一つを騙れないことを意味していた。


「奏者たちよ」

 老父は静かに手を掲げる。その瞬間、ぼんやり日射が強くなり、周囲が照らされた。暗闇の中にいた人々、修道着で身を包んだ奏者たちは、一斉に中央へ向き直る。衣擦れの音が生まれ、一糸乱れぬそれに男はビクリと肩を揺らした。


 枯れた指に抓まれたタクトは太陽の白い線を一身に受けると、男に向けて振り下ろされた。

「まっ――――……!!」


 巨大な音が鳴る。男が耐え切れずに声を上げようとしたその瞬間、教会の柱を伝うような力強い旋律が浴びせられた。

 ある者は高らかに届く声を、あるものは低く揺さぶる声を発する。しかし淀みのない「調和」が、男の体の中を反響した。


「おっ、今日も合唱が始まったか」

 教会を広場から見上げる男性が呟いた。

「何度聞いても、綺麗な音色ね」

 陽の当たるベンチで休憩していた女性も、教会から漏れる美しいハーモニーに耳を傾けた。


「あああああああっ―――!!」

 男は思わず、床に頭を伏した。

 胸を貫通する響きが耐え難い違和感に染まり、肺全体に満たされていく。絶望、疑心、空虚、諦念。しかし、その違和感を感じたのは、彼だけではない。


「……不協和音か」

 老父はまたしても目を細めると、無表情のまま名前の書かれた文書の一ページを破り取る。それを見た男の顔に、大量の汗が伝う。


 いつの間にか奏者たちの顔には殺気に似た怨恨が宿り、反響する音も肥大化していた。ステージが仄かに輝くと、空気中からパキ、パキと破裂するような音が響きだす。それも時間と共に過激なアンサンブルへと変わり、見えない巨大な意思がステージをけたたましく踏み鳴らした。

「助けて……助……けて……!」


 音楽は鳴り止まない。地鳴りの如き喝采は、男を打ちのめすべく光の塊の数々へと顕現していく。男はそれを、胸の苦痛に震えながら見上げることしかできない。


「……我々オーケスティアが、クーリアの民に代わって告げよう」

 老父は淡々とタクトを振るう。そして男を見下ろし、冷たい目で言い放った。


「清き大地を守るため、我々が害を為す営みを赦すことは……ない――――!」

 光の球が降る。教会の音が鳴り止むまでに、そう時間は掛からなかった。


 今は正午。教会の花火が、のどかな街に時を告げた。

 広場に居た人々は、少しずつ午後の仕事へと散らばっていく。これはほんのよくある、街の一幕である。


挿絵(By みてみん)

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