新月の日
この作品のタイトルは仮のものです。しっくりくる時に変わります。
「今日こそ決着を付けようか...『太陽』?」
まるで夜空とそこに浮かぶ星のようなドレスに映える金髪をした女性が言う。彼女を見る100人の全員が美人だと答えるだろう...その三日月のような笑みを浮かべていなければ。
「そうね,『月』...貴女の夢はここで終わり。もう二度と悪さなんてさせないわ。この私,魔法少女サンフレヤの何かけて!」
そう高々に宣言する晴天とも言うべき明るい水色で染め上げた簡易的な装束に身を通し,オレンジ色の髪をたなびかせる少女。彼女が自称する通り世間一般では魔法少女として知られており,本名は誰も知らない。ただ確かなのは彼女がこの世に最初に現れた魔法少女という事だけである。
「『太陽』...威勢がいいのはいいがまさか私と一騎打ちするつもりか?それともそこにいるネズミが奇襲するのか?はっ,貴様ら魔法少女は勝てばよかろうの精神を世界に見せるのか?」
そう,実は魔法少女の戦い全てが動画として残っているのだ。理由は知らないが普段関わることの無いであろう魔法少女の日常を記録に残している者が居る。誰か定かではないが非常に儲かるらしい。非常に儲かるらしいのだ。
「いいえ,あの子の根源は『結界』。これ以上この星を壊させない為のステージを用意してくれるだけ。だから安心しなさい。私は決して逃げない。卑怯な事もしない。正々堂々貴女を倒すわ...プレールナ。」
この世界の魔法少女は一人一人根源と呼ばれる基盤を持っている。この基盤を元に自分の想造力を使い,魔法を行使する。想造力とは呼称されているが一般的には魔力と呼ばれる。自分の身の丈に合わない想造力の消費は脳を焼き切り廃人と化す為,自身の想造力を把握する事でやっと魔法少女と認められる。
「『太陽』...君が私の名を呼ぶなんていつぶりだ?初めはあんな憎たらしげに呼んでくれていたというのに...」
「貴女が私を根源でしか呼ばないからでしょ?あとその『太陽』...っていう間を作るのやめなさい気持ち悪い。」
「サンフレヤ,時間稼ぎはもういいぞ。『結界』は準備が出来たようだ。」
酷く冷たい声で言い放つプレールナ。彼女はサンフレヤの思惑を最初から知っていた。
一辺100mにも及ぶ立方体の結界が足元から作られる。非常にゆっくりではあるがプレールナは逃げる素振りを見せない。
「今日この日...世界から『太陽』が没す...この『月』によってだ...日食といこうサンフレヤ?」
「いいえ,そんな事にはならない。貴方は地球の影に喰われるのよ。さぁ月食といこうかしらプレールナ?」
お互いの宣言が終わると同時に結界が効力を持つ。その瞬間,片や全てを燃やす勢いで,片やまるで瞬間移動の様なスピードで戦いの火蓋は切って落とされた。
「一瞬で終わらせる!」
サンフレヤは結界により外に危害が出ないと判断しプレールナを燃やし尽くすべく自身を太陽とする。それは表面温度5772Kを超えていた。太陽の中心温度をこの場で再現しようとしたのである。
「させるか!」
プレールナは秒速約1kmでサンフレヤに接近する。しかし一度も地面に触れていない。月の公転速度を自分に再現しているのだ。だが太陽に近づくという行為はほぼ自殺である。既にプレールナのドレスは燃え尽き,生まれたままの姿で肉薄する。
「はぁあ!」
サンフレヤはすかさず爆発を起こす。これは太陽フレアと似て非なるものではあるが通信妨害によりプレールナの裸体を隠すと同時に近づかせまいと牽制を込めている。
「喰らいなさい!」
僅か0.1秒にも満たない戦い,先に攻撃を当てたのはサンフレヤだ。一瞬にして距離を詰めるプレールナの終着点は自分だと判断し,プレールナの約2倍の速度で自転(・・)を開始する。
「そう来るか...!」
その際の蹴りは常人ならまず間違いなく真っ二つであろう速度にも関わらずプレールナな防御して見せた。が,完全に勢いを殺しきれず吹き飛ぶ。地面にぶつかろうが,それでもまだ勢いは衰えず結界に打ち付けられるがプレールナの顔だけはこちらを向いている。
「くっ...うおおおおおおお!」
サンフレヤにとってそれは不気味で仕方なかった。しかしサンフレヤは追撃の意を緩めない。プレールナを自身の衛星とし,とてつもない速度で振り回す。地面に結界に...いくら叩きつけても目が合うプレールナにサンフレヤは初めて焦りを感じた。このままでは負ける,と。
プレールナはその一瞬の隙を逃さない。先程と同じようにサンフレヤへ接近する。
「しまっ...!」
サンフレヤは同じ手は通じないだろうと飛び退いた。だがそれは悪手だった。ほんの数m移動しようとしただけなのに体が宙に投げ出される。更には落下速度も遅いと来た,恐らく自分の今の重力は地球の約6分の1だと気付いた頃には目の前に指を絡め振り下ろさんとするプレールナが居た。
「堕ちろ!」
ガードする暇などない瞬の一撃。サンフレヤは鳩尾にまともに食らってしまう。息も吐き出せない様な呻き声で落ちていくサンフレヤにまるで子守唄のように呟くプレールナ...
「『根源拡張:何者か 満つが見えぬは 朧月』」
瞬間,辺りが霧のようなもので覆われる。根源拡張とは認識が弱く実現が難しいものを拡大解釈により実現を可能とする一種の必殺技である。プレールナの根源拡張は満月に映る物を実現する事である。ただそれだけではない,辺りの晴れない霧により満月に何が映っているのかは分からないのだ。更に拡大解釈により自身がそう見えるなら何でも実現出来る。流石に限度はあるが大抵のものは実現出来てしまうのだ。しかし,対処法は存在する。先ずこれによる実現は必ず空に現れた月の表面で起こること。次に掛け声が存在すること。そして実現出来るのは同時に一つまでである事だ。
「『あぁ,あの月は...』」
サンフレヤは月を凝視する。霧のせいでよく分からないが,ろくでもない奴であるのは確かだった。
「『ライオンに見えるよ』」
その時月から降ってきたのは影のようなライオンだった。しかしあまりに拙い。だがそれが内包する魔力は常軌を逸していた。
「『根源拡張:豊穣も 破滅も全て 受け取って』」
サンフレヤも負けずと根源拡張を展開する。彼女の根源拡張は自身が味方と認識する者への回復能力の向上と,敵と認識する者への渇き(・・)である。尋常ではない魔力を秘めたライオンの魔力を枯渇させるにはこれ以上ないカウンターである。はずだった。
「何故...!」
不定形なライオンは毛並み一つ一つまで生え揃い,内包された魔力は先程を遥かに凌ぐ。
顔に三日月を浮かべたプレールナは心底楽しそうにサンフレヤを見る。
「太陽が輝けば輝く程月はその輝きを反射するだけだ。」
空に浮かぶ月を削るようにライオンが腕を振り下ろす。プレールナを見ていたサンフレヤは回避が遅れてしまった。
「ぐおおおおおおおお!」
すかさず自身の体温を高めるサンフレヤ。しかし同時にライオンの強さも上がりつつある事に気付いた彼女は変身を解いた。
影のようなライオンが消え,ボロボロになったサンフレヤらしき人が残る。放送を生で見ている人は息をするのも忘れる衝撃を受けた。サンフレヤが死んでしまったと思ったからではない。サンフレヤの正体がかの国民的アイドル日家 初炉その人だったからである。気付いてしまった瞬間,敗北という名の死を受け入れられない者や最強の魔法少女を失った事への絶望でやっと息を吸った。
そんな中プレールナだけはサンフレヤの死を信じていなかった。サンフレヤがライオンのからくりに気づいた事がわかっていたからである。そもそもあのライオンは『太陽』,つまりサンフレヤの魔力に比例するようなものだ。サンフレヤが変身を解いた時点で体を形成する魔力を補えなかったから消えた,ただそれだけである。しかしそれを加味しても変身を解くなんて行動をするとは夢にも思わなかった。故に裏があると読んだプレールナは追撃をくわえない。
「物語にはお約束ってのがあるの...」
ボロボロになった服装で立ち上がる初炉...流石にプレールナの様に全裸とまでは行かないがかなりきわどい格好をしている。だがやはり通信妨害により大事には至らない,そればかりか炎の渦が初炉を覆うように取り囲む。
「人はいつだって希望を...太陽を見上げている。だから私は輝くの。人々が希望を失わない様に私が希望にならなくちゃいけないの...だけど足りない。まだまだ足りない。だから皆の希望を下さい...皆の希望で私は強くなれるの...人前で変身なんて初めてだ...ふぅ...『変身:輝くの 皆信じて サンフレヤぁぁぁあああ』!」
辺りが眩しい光で包まれる。サンフレヤの動向を注意深く直視していたプレールナはあまりの眩しさに動けなくなる。まるで勝ちが確定している様に錯覚する最終回の様な演出に絶望の底の人々は希望を熱く滾らせる。
「『根源共有:希望から 得られる力 明日の為』」
根源共有。それは長らく魔法少女の頂点として君臨してきた経験とトップアイドルとして希望を与えてきたからこそなせる技である。効果はただ一つだけ,サンフレヤを信じる者の希望の数だけ魔力を増大させる。今この状況においてこの上ない切り札である。プレールナは焦る。悠長に待ちすぎてしまったと。その間にサンフレヤは全ての準備を終えてしまった。
「サンフレヤぁぁぁあああ!」
奇しくも同じ叫び声をあげサンフレヤに突撃するプレールナ,口元の三日月も消え失せ完全に余裕を失っている。
「『最残日』」
サンフレヤを渦巻く炎が一本の太刀となりてプレールナを両断しようと振り下ろされる。その瞬間プレールナの顔に再び三日月が浮かぶ。
「『根源強要:暗闇を 晴らす全てを 照り返せ』」
根源強要。共有とは全く違うが効果はほぼ同じである。だがたとえ嘘であろうと信じてしまうのだ。太陽光を照り返しているに過ぎない月光の様に。根源を強要され今のサンフレヤの攻撃は全てプレールナに反射される,しかしサンフレヤは攻撃の手を緩めることは無い。サンフレヤも決して理解出来ない訳では無い,反射されると分かっていても相打ち覚悟でプレールナの討とうとしている。
「『日光戻』」
振り下ろされた太刀は業火へと姿を変え,全てを焼き尽くさんと燃え上がる。しかしその先にプレールナは居ない。人類の希望がその希望により焼き尽くされようとしていた。
「ごふっ...」
サンフレヤの左上半身は焼き爛れ,即死かと思われたが傷口が焼けて塞がっていた為不幸にも死ぬ事はない。だが,もう死は免れないであろう。サンフレヤはその場に倒れ込む。彼女の周りの結界は未だにその業火を絶やしていない。まるで火葬のようだとプレールナは思う。
「流石人類の希望。その衰えぬ業火こそ私の新たな門出の切り火としよう。おい『結界』,早く私をここから出せ。対応次第では貴様を最後に...がっ...?!」
勝ちを確信したプレールナは結界の魔法少女に躙り寄る。その瞬間彼女の腹から一本の光が立ち上った。
「プレールナ...貴方が言ったんだよ...月が太陽の光を反射して輝くなら...私が死んだ後どうやって月を見ればいいの...?」
サンフレヤは最後の力を振り絞り,プレールナにトドメを刺そうとする。しかし,もう一度一点に熱を集める事が難しいと悟ったサンフレヤは腹部に大きな穴が空いたプレールナを抱きしめた。
「一緒に地獄へ落ちようか...───?」
「サ゛ン゛フ゛レ゛ヤ゛ァァァ!」
二人の少女を中心に炎は熱く燃え上がる。その炎は死体の骨や灰に至るまで消し去ってしまった。
同時に結界が条件を満たし,消えてしまう。この結界の解除条件,それは結界内部の生命体の消失である。サンフレヤは一方的に勝てるとは思っていなかった為相打ち,もしくは永遠に閉じ込める覚悟でプレールナに挑んだ。故に今回の結果は最上と言えるだろう。しかし何も知らない人類は最強の魔法少女を失ったとして絶望に昏れる。
太陽が没し,月が消えたこの日を人類は
新月の日
と呼んでいる。