ガルムの盾
唯一絶対神カルナリの侵攻を受けたオルタリウス国は、全知全能の神オルノスの命により、人間の戦士ガルムを派兵する。
大神オルノスがガルムに勅を下す折に、出兵に当たり必要な物が在れば何なりと申せとしたところ。ガルムは一頭の山羊が欲しいと言う。聞けば、先日、カルナリ兵がガルムの村を襲い、飼っていた山羊を連れて行かれた。幸い、女神ツァーリアの眷属白梟により、カルナリ軍の侵略を事前に知りえて、間一髪、村民に被害は無かったが、家畜は置き去りにされた。
「大神オルノス様、私には年老いた母と病弱な妹、幼い弟がいます。父は弟が生まれた年に戦死し、兄たちは先の戦で命を落としました。現在は私と、山羊だけが一家の働き手で、此度の出兵より無事帰って来ても、山羊がいなくては、我が家は生活できません。どうか健康な山羊を一頭頂けないでしょうか。」
ガルムは膝を突き深々と頭を垂れ、大神オルノスの返事を待った。
「良かろう、地の神グリウスが育てた一本角の山羊を使わす。戦士ガルムよ、侵略者カルナリを討伐せよ。」
「はっ。」
ガルムは破顔で答えた。
山羊一頭で他国の神を討つとは、安請け合いも甚だしいが、その遣り取りを見ていた神々は、一変でガルムを気に入り、出兵の準備をする彼に話しかけに行った。まず女神ツァーリアが彼の衣類に矢避けの言祝ぎ行うと、衣はシルクより軽く、鉄帷子より丈夫な勇ましい甲冑に変化した。次に海神プリマルがトルマリンで出来た酒瓶に入った慈酒をくれ、太陽神アキゼムはガルムの刀に断鋼の呪いを掛けると、忽ち宝剣光炎刀に様変わりした。暗黒神ゼクターン・月の女神ハールルの親娘神は不可視になる漆黒のマントをくれた。大地神グリウスは竜馬の若駒フューンと一角山羊を引き連れ、ガルムに忠告した。
「決して、カルナリの声を聞いてはなりません。あの声を聞かなければ、きっと彼方はこの山羊の良き主人になれるでしょう。この竜馬はグレン殿より預かっておる若駒の中で特に脚の速い駒です。」
最後に歩み寄ったのは、不死の竜王グレンでした。
「お前の盾をよこしなさい。」
竜王グレンはガルムの手より木製の盾を受け取ると、自らの指先を噛み切り、滴る鮮血にて『ガルムの盾は負を通さず』と書き込み、返した。
一晩にしてガルムは辺境の一戦士から、救国の勇者『大神オルノスの剣』と、その運命が激変した。
ガルムが大神オルノスの城白亜宮『オルタニス』より竜馬フューンに跨り単騎飛び出した。
人間を背に乗せることがない竜馬にガルムが跨ったこの瞬間、人類初の龍騎の誕生の瞬間でもあった。
唯一絶対神カルナリ軍は、オルタリウス国の大陸大横路を約100kmほど西侵していた。
唯一絶対神カルナリは、自ら先陣に立ち、四方に雷を撒き散らし、時折『カーロヴ・ラードゥ』という 雷槍を放つと、凄まじい爆音とともに、今までそこにあったはずの山が消え去っていた。
この世に防ぐ物無しと云われている唯一絶対神カルナリの雷槍。
「神は我のみなり、下賤のものが神を名乗るとはおこがましい。我が雷槍の前に出る勇気があれば褒めて遣わす。勇気のある者はおらんか。」
唯一絶対神カルナリの声はオルタリウス全土に届くほどの大音量であった。
その発言が終わるか終らないかという時に、一頭の戦馬に跨った騎士が大軍の前に歩み出た。
歩みはゆっくりと、しかし確実に唯一絶対神カルナリを目指している。
「なんじゃその方、お前がオルノスか?随分とチンケじゃのう。」
ドッと唯一絶対神カルナリ軍が沸き上がった。
「見れば唯の人間じゃないか。オルノスの奴め、唯一絶対神カルナリに恐れをなし、身代りにこの様な輩を寄こすとは、見下げた奴じゃ。やはり神はわれのみぞ。」
そう言うと、騎士めがけて『カーロヴ・ラードゥ』を放った。
「人の身でありながら、唯一絶対神である我に立ち向かうとは、その勇気に敬意を表し、我が雷槍の光塵となれ。」
閃光と爆音が暫く続いた。
砂煙が収まると、神と人々は自らの眼を疑った。
不壊の王岩石のタイルで出来た大陸大横路の路面が抉れ、大地がむき出しになっているのに、騎影は先ほどより大きくなっていたからだ。
騎士の手には大きな、しかし木製の盾があるだけで、其の盾には傷一つ付いていなかった。
山が消え失せてしまう程の一撃を、木製の木の盾で防いだというのか。
「我が大神オルノス様の命により、蛮神カルナリ殿、貴殿を地下宮殿ウェンブリウスへ誘おう。」
ガルムは片手で、白光する宝剣光炎刀を顔前に構え、刃を返し唯一絶対神カルナリへ切っ先を指し向けた。
竜馬フェーンの首筋を、ガルムは残りの手で優しく撫でた。
龍騎は静かに、滑るように、しかし力強く奔り出した。
カルナリ軍は迫りくる一騎に、5万の矢の雨を降らせた。
しかし矢は、ガルムの脇をすり抜け、地面に季節外れの麦畑を生み出した。
止まらぬ龍騎に軍は浮足立った。
唯一絶対神カルナリの居る軍の最前列は、規律を順守し、槍を構え迎え撃とうとするが、単騎の敵に功を欲する後方の兵達は、単発の投射や、白刃を手に躍り出ようとする者もいた。
ドゴーン
二度目の閃光と爆音は、唯一絶対神カルナリ軍の目と鼻の先で起こった。
衝撃に巻き込まれたカルナリ兵も少なくは無かった。
しかし、またしても龍騎は木製の盾に守られて、その奔りを止めることはなかった。
ガルムが漆黒のマントを前面にかざすと、龍騎の姿が消え失せた。
目標を失った唯一絶対神カルナリ軍は、ただ立ち尽くすしかなかった。
「見損なったぞ、隠れていないで出てこい臆病者。」
大気が震えている。
唯一絶対神カルナリは激高し、四方八方に雷撃が飛び交う。
手応えは全く感じられない。
その気配を感じたのは、『カーロヴ・ラードゥ』を打ち出そうと右腕を高々と揚げた時だった。
「地下宮殿の漆黒の門は、たった今開いた。蛮神カルナリ殿、あなたの進撃もこれまでだ、早々にこの門より退去願おう。」
唯一絶対神カルナリの右脇腹に、突如現れ出でたガルムは、煌めく宝剣光炎刀を目一杯突き立てた。
唯一絶対神カルナリの右脇から滑りこんだ宝剣光炎刀は、左の鎖骨を切断し、体外へ飛び出した。
ガルムは体を入れ替え、宝剣光炎刀をそのまま下に打ち下ろした。
「「「ぐぉおおおー」」」
叫ぶ唯一絶対神カルナリの口元は、雷が暴走し溢れ出て、見境なく道連れを増やした。
傷口からも雷撃が溢れ、その体躯が漆黒の門を潜るまでに、カルナリ軍の三分の二は感電死した。
ついに、『大神オルノスの剣』ガルムは、大神オルノスの勅命を果たし、唯一絶対神カルナリを、地下宮殿ウェンブリウスへ追い遣った。