僕らの爛れていない性生活 第7話「星の見えない畑」
バイト先の気になる先輩を食事に誘った。
ずっと連絡先も聞けずにいたのだが、先月でバイトをやめてしまうということで、勇気を出して連絡先を聞いたのだ。
食事などに誘ってもいいかと聞いたら、いつでも誘ってと言ってもらえたので、真に受けて誘ってみたわけだ。
暇な日におしゃれして行こうと思っていたのに、陽キャの先輩は忙しいらしくなかなか日程が決まらない。
めげそうになる心をなんとか奮い立たせて、空いてる日があったら連絡してくれと頼んでいた。
そして今日、私が思いっきりバイトの日に空いてると言われた。
私のバイトは21時までで、本当にがっつりバイトなのだが、先輩はそのあとでもいいというし、この機を逃すと次がいつになるのか分からないので今日行くことになった。
バイト終わり、暇さえあればバイトに入っている身ではあるがやはり疲れるものは疲れる。
重たい体をこの後に向けて律し、トイレで化粧を直す。
バイトで乱れていた髪もきちんと整えて、集合場所の駅に向かう。
あらかじめLINEしておいたので、先輩は到着しているらしい。
気持ち急いで駅に入ろうとすると脇に停めていた車のクラクションが鳴る。
驚き振り返ると、運転席の窓から先輩が顔を出した。
車で迎えに来てくれるなんてなんだか大人だ。
高鳴る胸につられて気持ち悪い態度にならないよう気を付けながら、笑顔で挨拶する。
助手席に乗り込むと、先輩が車を発進させた。
お互いおしゃれなレストランに行くような感じでもないので、時間も時間だし運転もしてるしで吉野家に行くことに。
吉野家ならさっきの駅構内にあったのだが、そのことには二人とも触れない。
スマホで近くの吉野家の位置を調べながらおしゃべりをする。
バイトの時からそれなりに仲良くしていた先輩だ。
勇気が出なくてなかなか踏み込んだことは聞けなかったが、いつも仲良くしゃべっていたので話題に困ることはない。
何かデートらしい気の利いた会話をしたかったが、結局バイトの時と同じようなどうでもいい話をずっとしていた。
一軒目の吉野家は営業時間が終わっていて閉まっていた。
私は当然営業時間まで見ていなかったことを謝ったが、ご飯を食べるまでのドライブが続くことが内心嬉しかった。
先輩もあちゃーなんて軽い感じで特に気にした様子もなく、それがまた嬉しかった。
また数駅移動して、24時まで営業している吉野家に入った。
時刻は22時。
客も私たちの他にはサラリーマンらしき男性が二人だけ。
静かな店内で先輩のうるさくない声と私の声だけが聞こえていた。
普段は声のデカい先輩だが、こういう時はちゃんとボリューム落とすんだなんて思った。
多少の恥ずかしさもあったはずだが、広い店内で二人の話し声だけが聞こえることがまた少し嬉しかった。
会話の内容はやはりカップルに間違われるような甘いものには程遠かったが。
ご飯を食べて解散は寂しいなと思っていると、先輩が少し散歩しようと提案してくれた。
星が好きだそうで、どこかよく分からない畑の傍に連れていかれた。
3月ももう終わりごろで、夜も随分暖かくなってきた。
程よい涼しさに、車の中で着込んだコートのファスナーを少し下げた。
先輩が、ほら、星が見えるでしょと言って空を指さすが、目が悪いのでどれか全然分からない。
こういうロマンチックな空気も自分にはすこし恥ずかしかったのもあって、馬鹿正直にどれですか、なんて聞き返してしまった。
先輩はおーい、って困ったように笑った。
自分から壊しておいてなんだが、もう少しロマンチックでもいいかもと思って、今度は私から、オリオン座ってどれですかと聞いてみる。
先輩はえ、どれだろ、と特に興味もなさそうに首を傾げる。
星が好きなのに知らないのかよと軽く突っ込んでおいた。
すっかりデート感は失われ、先輩は煙草を吸う。
副流煙には注意してくれるようで、私が近づこうとすると、手ぶりで止められた。
どこかもよく分からない畑で、煙草を吸う先輩を離れて待つ謎の時間が流れた。
先輩が一本吸い終えると帰って来る。
再び車に乗り込んだが、明日特に早くはないと言うと、二つ目の畑に連れていかれた。
そこでもやっぱり星はよく見えない。
先輩はまた私から離れて煙草を吸っていた。
終電の時間が近かったが、過ぎたら送ると言ってくれた。
期待していたような時間にはならなかったが、私にとっては十分すぎるくらいに幸せな時間だった。
このまま終電を逃して送ってもらい、なんなら送り狼に、と妄想したが、トイレに行きたくなってきたのもあって、先輩に自分から声を掛けて駅まで送ってもらった。
駅に着くとすんなり解散。
バイト終わりの気だるさは心地よい疲労感に変わっていた。
その後、どうでもいい話はするのだが、2回目の食事の予定はまだ返信がない。
ほぼ実話