最強剣闘士
「よお、シオン。随分調子が良いな?向こうさんも笑顔だぞ」
ダナーがモニター越しにシオンを褒める。実際、カトリーナはシオンの操縦技術がポーンの性能を引き出し、観客(他所の興行師や剣闘士)に良いアピールが出来たと喜んでいる。
「いや、本当に良い性能だぜ、ダンナ?後は上級の性能を引き出せれば良いんだがな」
「シオンさんなら大丈夫ですよ!」
ヤルハの嬉しそうな声が聞こえる。シオンに対する好意を感じられた。
「まぁ、やってみるさ。相手は……分かってるのかい?」
シオンは一応聞いてみる。ヤルハは普通に答える。
「相手は最上級剣闘士の1人で、機体は我がグラム社ベースのオリジナル。旧式の上級機体ですよ」
「その最上級剣闘士が使ってた旧式なのか?だとすると、かなり強敵だね。しかし、最上級剣闘士を呼べるなら、最初っからその人で良かったろ?」
「その方は朝から剣闘があり、依頼料が物凄く高くて。シオンさんの様に実力ある下級剣闘士って、あまり居ないんです」
「なーんか、複雑だな。だが、御披露目対戦の相手、最上級だし、負けるかもな?良いのかい」
「シオンさんなら、最上級剣闘士でもいけるんじゃないですか?善戦して頂ければ、こちらとしては十分でもありますから、安心して下さい」
「まぁ、気楽にいくよ」
「あ、忘れてました。ギミックは無しで、銃、近接武器、盾での対戦となります」
「了解だ。ヤルハ君」
会話中もポーンの換装が進み、会話と同時に終了した。シオンだけでは無く、ダナー等も換装の早さに驚いた。
シオンは再び試験場に戻る。凄まじい歓声が聞こえる。シオンには、最上級剣闘士の一騎打ちの時の歓声に感じられた。
試験場に入ると、其処には知っている機体があった。Tigerと呼ばれたグラム社ベースの機体であり、当時も今も最強の1人に挙げられる剣闘士の愛機が立っている。
「おいおいおい、最上級剣闘士どころか、最強剣闘士じゃないか!ヤルハ君、どうなってんの?」
シオンは歓声に納得し、目の前の機体に圧される。
「呪皇陛下の采配でね?最終テストの相手なら、只で受けさせると言って下さったのよ」
カトリーナがヤルハに代わり答える。
「シオン君、最終テストだが、撃破が目的ではない。私のTigerと良い闘いをしてくれれば良いのだ」
Tigerから声が発せられる。
「確かにそうだな。最強剣闘士と呼ばれる【虎】殿と闘える機会なんて、まだまだ先だったはずだ。ありがたく闘わせて頂きますよ」
「では、始めよう!グラム社の方」
虎がグラム社に開始の合図を求める。
「ポーン、性能最終テスト、始め!」
カトリーナが開始を宣言する。同時にシオンは間合いを一気に詰め、ランスで突き掛かる。
Tigerは抜き放ったバスタードソードで受け流し、ポーンの腹部に蹴りを放つ。咄嗟にランスを離しガードするも、蹴りをくらい吹っ飛ぶ。
「離してガードするか、中々上出来だ…が!」
Tigerがシオンが離したランスを拾い、ポーンに投擲する。シオンは体勢を立て直す暇も無く、転がってギリギリ躱し起ち上がろうとするが、そこに強力な蹴りが入り壁にぶつかる。
「ぐっ!?な、なんだと?」
「反応が遅いな?ポーンの性能なら、まだまだ動けるハズだ」
「ちっ!」
シオンは振り向き様にグラディウスを抜き、回転斬りを試みるも、Tigerは居らずに不発となる。
「先程迄は良い動きをしていた様に見えたのだがな」
Tigerがしゃがみ込んでおり下段回し蹴りを放つ。が、シオンはポーンを大きくジャンプさせて躱し、重量を乗せた蹴りを放つ。
「蹴り合いとか!」
「では」
Tigerが後ろに跳び、銃を連射する。
シオンはポーンの前面装甲で弾を受け、ダメージを軽減したつもりだったが、腕部脚部の装甲が吹っ飛ぶ。アラート音が鳴り、モニターにダメージ数値が出る。
「なんだと?実体弾じゃないのか」
「考える余裕があるのかね?」
「これが虎かよ!」
Tigerが接近しており、シオンは咄嗟に銃を抜き乱射する。
「素人以下か!」
Tigerは弾丸を躱しながら更に間合いを詰めてくる。
「これを躱すのかよ!………なんてな?」
銃をTigerにぶん投げて、接近しグラディウスで斬りかかる。避けるか防御すると考えての事だが、実際はTigerは銃を受け取り、こちらに撃ってくる。
「案山子か人形相手が精一杯かね」
Tigerが一度離れ、距離を取る。
「何で離れたんだ?」
「言ったろう?良い闘いをしてくれれば良いのだと」
シオンは虎の話を聞きながらランスを回収する。それを見たTigerが銃を投げて返してくる。
「良い闘いを…か、レベルがダンチだなぁ」
「ポーンの性能が引き出せていないからだ。性能だけならば、私のTigerはポーン以下なのだがな」
「そうだな。ポーンの性能に助けられてるな。このままじゃ、ダメだよな」
「本気になれたかな?」
再び間合いを詰めたポーンがグラディウスで逆袈裟斬りをするも、Tigerは躱す。
「先程より良い動きだな」
「まだまだ!」
斬りかかるポーンに躱すTigerを、数回繰り返す。
「ほう、我武者羅に見せかけて何を狙う?」
虎の言葉と同時にポーンの動きが変わる。
斬りに行くと見せて、後退しながら銃を乱射し、Tigerとの距離を取り銃のマガジンを交換する。
「全く動じないか……。最強剣闘士ってのは凄ぇな。手の内を全て見られてんのかね」
「いや、分かれば楽なんだが……、因みに、ポーンはそれで限界かね?まだいけるハズなんだが」
「すまないな。パイロットの慣れの問題でな?」
「もう少し遊ぶか?それでも構わないぞ」
「いや、結構本気なんだがな」
「だろうな。私の方が有利な条件で闘っているのだ。君は良く闘えている」
「さっきは、ポーンの性能が上って言ってなかったか?」
「性能はな。習熟度も違う。練度も、何もかもがな。君は有望な剣闘士の1人ではあるが、経験が足りんな。ポーンを初めて扱ってこの動き、操縦技術は大したものだが、やはり実戦の経験が足りなさすぎる」
「そうかい。なら!」
ポーンが動き出す。Tigerの左側に回り込む様に走る。
「それで良い。もっと動き、ポーンの性能を覚えるのだ」
虎がシオンに語る。
「さぁて、行くぞ」
シオンはあるボタンを押す。ポーンの装甲の元々無い脚部が開く。同時にポーンが浮き上がり、Tigerに突進する。ポーンは再びランスを左手で構えTigerに繰り出すが、Tigerはバスタードソードで受け流しランスを弾く。
「バーニアか!しかし、単調過ぎる」
「同意だな!」
シオンは弾かれた方向に回転し、バーニア全開の回し蹴りを放つ。
「ふっ」
読んでいたとばかりに、Tigerがポーンの軸足を蹴る。
「だろうな!」
蹴られ、バランスを崩し倒れそうになるが、ランスを地面に刺して無理矢理体勢を整える。ポーンから変な音が出るが、構わず右手のグラディウスをTigerに突き刺す。
「やるな!シオン」
グラディウスはTigerの装甲に傷を付けただけだが、周囲の人々は歓声を上げる。
「装甲だけだぞ?本体なんて、どうすりゃ攻略出来んだよ」
「それよ!旧式は装甲の厚さ、機体性能で上級剣闘士戦以降が長くてな」
「それで?俺の課題が長くしろなんだがな」
「その為に、新型は大幅な変更をしたのだよ」
「全く、良い迷惑だよな」
ランスを手放し、グラディウスと盾を駆使し、Tigerのバスタードソードと激しく剣を交える。
「どうした、シオン」
「バスタードソードでコレとか、パワー設定おかしくねぇか?」
「機体性能、特徴を掴むんだな」
「あからさまに、違わねぇか」
「言ったろう?性能はポーンの方が上だと」
「いや、こっちが押されすぎだってんだよ」
「だからさ。こっちに出来るなら、そちらも出来るだろう」
「舐めんなよ!」
一瞬の隙を付き、前蹴りを放ち、間合いを取るように見せてTigerの後ろに回り込む様に右手側に動く。
「誘いかね?その後はどう動くのかな」
バーニアが動き稼動し始める。瞬間、Tigerがバスタードソードを横一文字に振る。
ポーンはバーニア全開で跳び上がり機体を横向けにする。グラディウスを構え、横になったまま回転斬りをする。
Tigerはバスターソードを両手で持ち、切り上げる。装甲、スキンが飛び散り、ポーンが落下する。目の光が消えている機能を停止したのだ。
「頑丈だな。真っ二つになっておらん。見た目はグロテスクだがな」
「シオンさん、大丈夫ですか!」
ヤルハがシオンに声を掛ける。
「ああ、大丈夫だ。ちょっと体が痛いだけだ。すまない、カトリーナさん」
「問題はないですよ。最強剣闘士を相手にシオンさんがコレだけ闘ってくれましたから」
「手加減されまくりだがね」
「当然だな。性能テストで一撃で終わらせるバカはおるまい」
「シオン、本気で勝つつもりだったのか?」
ダナーが呆れたように言う。
「当たり前だろ。勝つつもりが無くて、性能出せるかよ」
「いや、シオンさんを指名して良かった。とりあえず、早く降りて此方に」
シオン、虎が降りる。マシンはそれぞれ回収されて行き、整備を受けるのだろう。Tigerは無傷だから、メンテナンスだけで終わるだろうが、ポーンは腰のフレームが曲がっていた。
「カトリーナさん、ポーンを壊してしまい…」
「大丈夫ですよ。シオンさん。自己修復機能と再生機能のテストも出来ますから」
「となると、俺たちは失業ですかな」
ダナーが笑いながら言う。
「いえ、自己修復、自己再生共にまだ完璧な機能ではありません。人の手はまだまだ必須ですよ」
カトリーナが答える。
「とはいえ、アレが直るなら大したもんだな。シオン君、良い闘いだった」
大柄な男性がシオンに手を差し出しながら近づく。シオンも手を出し、相手の手を握る。
「最強剣闘士の力、身をもって経験させて頂きました。ありがとうございます、虎さん」
「この方が!」
周囲がザワつく。無理もない。最強剣闘士と呼ばれる男がすぐ側に居るのだから。
「シオン君も、初めての機体、初めての上級性能での闘い、見事だったよ。君が上がってくるのを楽しみにしていよう」
「は、はい!勝ち上がり、いつか貴方と闘い勝って見せます!」
「ああ、君の様な剣闘士に会えただけでも十分だ。ダナーさん、両方、約束通りだと社長に伝えておいて下さい。ただ、下積みは彼の為になるのですがね」
「は、はい。社長に伝えさせて頂きます。虎様の御助力、商会全てが感謝申し上げます」
ダナーが土下座せんばかりに頭を下げる。
「なに、俺は言うだけだからな。後は、兄貴がやってくれる。将来有望な剣闘士の為にも、味方にしたい興行師にも、恩は売っておくに限る」
「あら、私共は如何でしょうか」
カトリーナが意味ありげにそして悪戯っぽく言う。
「ん?当然、君たちの協力も必須だよ。兄貴も感謝している。今回の無理強いにもコレだけ応えてくれたんだからね?」
「その御言葉、会長も大変喜ぶことと思います。会長の言葉ですが、当社一同、変わらぬ忠義と協力を誓います。と申しておりました」
「そうか、兄貴も喜ぶことだろう。会長には、兄貴の方が挨拶に行くと言っていた。俺…いや、私からも礼を言う。忠義、協力に感謝している」
「勿体なき御言葉、しかと会長にお伝え致します」
「ああ、頼みます。それでは皆さん、失礼します」
虎が手を挙げて立ち去る。シオンはどういう事か理解出来ずにいたが、虎の後ろ姿に頭を下げていた。
「シオン、今日はありがとう。表で車が待っている。それに乗って帰ると良い。それと明日、社長から迎えが行くから、待っているようにな」
「え?終わりなのか?」
「シオンさん、本日はありがとうございました。今後も当社とお付き合い頂けましたら幸いです」
「シオンさん、本当にありがとうございました。あの虎様との闘い、感動しました。また、お会い出来ましたら」
「ああ、カトリーナさん、ヤルハ君、今日は本当にありがとう。上の強さを知れたこと、どれだけ感謝してもしたりないよ。それじゃあ、またいつか」
シオンは手を振り、出口に向かう。
ダナー、カトリーナたちは、これからが仕事である。