剣闘士として
部屋に戻ると、ルームメイトのガイがいた。
此方をチラッと見て、視線を手元の本に戻す。前髪以外長髪なのは、切るのが面倒くさいが視界は確保したいかららしい。見てる方は鬱陶しいのだが、最低限の挨拶、会話はする奴だ。
「おかえり」
シオンを見ず、本をじっくりと見ながら言う。
「ただいま」
クソみたいなやり取りだとシオンは思うが、ダラダラ話すのも自分が面倒くさいから、この適当な距離感は嫌いではない。
ガイが読んでいる本は、またマシンの取説だろうか?マジメなのか、何なのか。何度も読むくらいなら、髪を切れと言いたい。
部屋はドアを中心に、左右にシングルベッドが一つずつ置いてある。ベッドの下に引き出しがあり、少ない荷物が入っている。
ドア側にそれぞれ用の机とモニター、ボードがあり、事務所のホストに繋がっているが、出来ることは少ない。ドアの反対側には、鉄格子の付いた窓があり、エアコンが付いている。またそれぞれ用のタンスもある。
ガイの読んでいるような紙の本があるのは、偉い人の方針らしいが、嫌いではない。
一応、ガイに声を掛ける。
「今からシミュレータ室に行くが、どうする?」
「いや、今日の訓練は終わったよ。実戦の後なのに、君は頑張るな」
「ハゲに色々言われたからな、風呂とメシも済ませてくるよ」
「分かった。明日は俺が出番だから、先に休んでるよ」
「OKだ。無理すんなよ、相棒」
「ああ、ありがとう」
とりあえず、着替えを持ち部屋を出て、シミュレータ室に向かう。
シミュレータ室の使用は決まりがあり、1日2時間ほどしか使えない。剣闘士の数と電力消費の問題でもある。
剣闘士の使うマシンは、複数の企業がそれぞれ許可を得て、製造している。
但し、コックピット、操作基盤は基本的に統一されており、多少、内装や椅子などに違いがある。理由は、操作性の違いが剣闘士の育成に影響を与えすぎるためと、公平性に欠けるからでもある。
もっと言うと、昔、製作者の趣味が暴走しすぎたマシンがかなりあり、結果、売れなかったことがあったのだ。
マシンそのものは、昔の戦争で使われたものであり、剣闘士用のマシンは、基本的に剣と盾が武装として許可されている。
又、マシンそのものは、企業毎の特色があるが、パーツ毎に接続が可能であり、A社のボディにB社のヘッド、C社の腕、D社の腰以下等、カスタマイズが可能であり、剣闘士毎に違いもある。
だが、純正品のみの組み合わせがより確実な組み合わせではある。企業毎の違いがあるのだから、組み合わせ次第では、性能低下のリスクやイレギュラーな事態に陥る可能性もある。
シミュレータ室では、高度な演算機を使用し、オリジナルのマシンのシミュレーションを行えることもあり、常に誰かしら居る人気の場所でもある。
オリジナルのマシン整備の事だけではなく、純粋な整備の為に、興行師は剣闘士以外にも、腕の良い整備士を雇う必要もあり、このコロッセオ自体、常時5000人以上の人間が暮らしている。
シミュレータ室に入ると、何人かが訓練中で、その周りにも人が居り、研究しているようでもあった。
シオンは、空いているシミュレータ機を見つけ、入り口を見る。コレにより、登録された個人情報にアクセスし、使用者の確認等を行う。体調管理もしているので、不調であれば帰宅を命じられる。
入り口が開いたので、使用許可が出たという事で、シオンは直ぐに中に入り、シートに座る。
基本的に、マシンはレンタル品しか使えないシオンではあるが、好みはあり、ファティマ社のマシンをよく利用している。ファティマ社のマシンはバランス型であり、突出した性能は無いが、シオン的には、足元の安定性、左右の腕に固定された盾等、相性が良かった。
グラム社はパワー型であり、一撃は圧倒的だが、足元が不安定な感じを受けた。又、パワー型の為か、長期戦を苦手とし、前面の防御力に対して、左右、後部の防御力はかなり低く、突進力に対して運動性、小回りが苦手である。
ジョンソン社はスピード型と言われるが、スピードが出るだけのパワーがある。装甲に関しては他社に劣るが、剣闘士用としては人気が高い。
エクス社は、圧倒的な防御力を誇るが、動作が重い。パワー型でもあるが、全方位の装甲が厚く、そこからくる鈍さが気に入らないのがシオンである。
シオンは、リストからファティマ社のマシンを選ぶ。いつものFMで、そのバランスの良さから、シオンはライブラと呼んでいる。
シミュレーション内容は、今日の反省として、サバイバルである。これは、複数の敵相手に制限時間を生き残るか、相手を全滅させるという、中級レベルの内容である。
シオンが今日、サバイバルを行った理由は、強さの確認と嫌がらせである。何もシオンだけが低級でサバイバルをさせられるワケでは無い。
能力が高い奴は、早めに中級、上級に上げて、バトルを盛り上げて生きたいと運営が考えているから、ちょこちょこ低級サバイバルがあるのだ。
シオンが今サバイバルを選んだのは、剣闘士としての闘い方をする為である。
実機だと、修理費用が気になり、剣闘士として闘えないと理解しているのもある。
シミュレーションだから、無茶苦茶な内容にも出来るし、シオンが行った設定は、時間無制限(使用許可時間内)のサバイバルで、敵ランクは下級から中級までである。
武装については、グラディウスが4本と固定の盾が2つ、手持ち盾が1つで、背中に取り付けている。
リアルなマシンの映像であり、現実と変わらない光景と衝撃である。
始まって既に1時間ほど経ち、精神的な疲れが酷い。最初はどうしても、直ぐに倒してしまい、徐々に調整していったが、それでも敵が弱く感じた。
剣闘士の評価という項目があり、指標として確認出来るのだが、圧倒的な強さと早過ぎるの項目が常時出ている。回避率の高さ、攻撃の正確さも高い評価なのだが、ツマラナイと評されるのが大問題だろう。
シオンは設定を変更し、敵を中級から上級にした。
結果は、惨敗だった。上級と思う機体の動きに、此方の機体がついて行けない。多分、反応は出来ていると思うのだが、レンタ君だと限界なのだと思った。
「機体の性能差か………実力とは、考えたくもないな………」
とはいえ、どういうワケか、好評価を得ていた。
時間となり、シミュレータ機から出ると、結構な人数が居た。
「あ、あのシオンさん」
少年が近づいてくる。確か、リオルだったか?
「なんだ?」
「最後の方の敵、中級レベルだったんですか?」
「?いや、多分上級だと思うが……」
周りがざわつく。何だよ、これ。
「じょ、上級!シオンさんて、まだ2ヶ月くらいの経験ですよね?それなのに、シミュレータとはいえ上級まで相手にするなんて……」
「何が言いたい?」
ちょっとイラついたのか、きつめの言葉になる。
「いえ、純粋に凄いなぁと。だって、中級レベルには楽勝だったじゃないですか!」
俺に向けるリオルの視線が、尊敬でも混ざったように見えた。
「そうか?上級には惨敗だぞ」
そのままリオルと少し話し、風呂に向かう。
シャワーで済まそうと思ったが、精神的な疲れもあり、のんびりと風呂に浸かる事にした。
頭、体を洗い、露天風呂に浸かる。露天風呂とはいえ、脱走は出来ない。しかし、形式上、奴隷してるが、露天風呂に浸かれるって、かなり幸せだよな。
野郎ばかりで目には優しくないが、外の景色が見られるだけマシよな。
もう一度、頭、体を軽く洗い、浸かり、出る。
このまま眠りたいが、腹が減った。
食堂に向かうと、あまり人が居ない。
「あれ?まだ時間大丈夫か?」
おばさんに聞いてみる。
「ギリギリだね。ラストオーダーだよ?あんたにしちゃ、珍しく遅いわね」
時計を指差して笑顔で言ってくる。確かに遅い時間だ、時計は20:00を表示している。
「悪い。訓練に夢中になって、長風呂しすぎた。何時もの肉で頼むよ」
「はいよ」
おばさんが、直ぐにカウンターに置く。
「早いな」
「あんたの剣闘と同じさね」
「おい」
「冗談、あんたの分しか残ってないもの、後は、ご飯と汁だね」
「味噌汁か、良いな。なんか、そんな気分だよ」
「いいから、早く食べとくれ」
丼山盛りのご飯と丼の味噌汁とか、おかわり無しか。ゆっくりしっかりと食べ、食器を下げ、おばさんに礼を言い、部屋に戻る。
灯りは消え、ガイは寝ていた。本当に寝てるとか、流石に早過ぎないか?とはいえ、剣闘に訓練、長風呂と、俺も疲れが酷いようだし、早く寝よう。シオンはベッドに潜り込み、そのまま目を瞑る。
翌朝、目を覚まして時計を見ると8:00だった。
「9時間も寝たのか?寝過ぎだよな俺」
ふと、隣のベッドを見ると、ガイはもう居なかった。
「やば、朝飯!」
直ぐに着替え、歯を磨き、顔を洗い、食堂に向かう。
「セーフ!」
おばさんに向かい、ジェスチャーをする。
「本当に、あんたにしちゃ珍しいわ」
言いながら、カウンターに食事を置く。
「おーう、サンキュー、レディ!」
食事を受け取りながら、お礼を言う。
「バカ言わないの」
笑いながら奥に行くおばさん。
食堂にはシオンだけが居り、カウンターの奥で食堂班が仕事をしているだけだ。この食堂は商会用であり、カウンター奥のキッチンは巨大で、コロッセオ全体の食事を提供出来るようになっている。
キッチンを中心に搬入口、職員出入口以外はカウンターで囲まれ、各興行師組、剣闘士、職員等の食堂と分かれている。
食堂の時間は朝6:00~8:00で昼は11:30~13:30、夜は18:00~20:00迄で、シオンが遅すぎなのだが、懇意にしていることもあり、ギリギリなら多めに見てくれる。
基本的に、毎日剣闘が有るわけではなく、約15日に2日間行われ、1ヶ月に4日間行われる。
では、それ以外の日は?整備班は機体整備、コロッセオの整備もそうだが、剣闘士はシミュレータ室での訓練や実戦練習を行うし、中級レベル以上は、跡地に向かうし、回収班も同行する。
実戦練習と言っても、低級のレンタル品でもそこそこのお値段だし、報奨金も無く借りられない。
そこで、傭兵である。変な話だが、国家間の紛争ではなく、流離いのマシン討伐である。
これも跡地のマシン同様、何処からともなく不思議と現れ、町々を攻撃してくるのだ。
奴隷剣闘士は基本的に剣と盾だが、この時ばかりは、銃やキャノン等、マシン本来の武装で闘えるのだ。
ここでの活躍次第では、傭兵団や国家の兵士としてスカウトされる事もある。もっとも、剣闘士と違い、命懸けとなるのだが、剣闘士としても兵士としても、レベルが上がる。
命のやり取りを経て、戦士としての格が上がるのだろうか。また、脱走防止の為に遠隔操作の自爆装置が付けられる。
シオンはとりあえず、事務所に向かう。他人の競技に興味がないワケでもないが、昨日の話しが気になったのだ。
「おはよう、誰かいるかい?」
豪快にドアを開け、部屋を見る。
「あら、おはよう、シオン君」
「やあ、エリー、元気そうだな」
本来の事務員の1人、エリーが居た。
エリーは、赤髪の女性で23歳になる。明るく笑顔を絶やさない人柄の為、剣闘士たちには人気がある。
「話しは聞いたよ?昇給審査試験を受けるのね」
「そうなんだけど、ハゲかニコライさんは?」
「本当に君は口が悪いね?ニコライさんは教官のお仕事で……うーん、君の言うハゲが分からないなぁ?」
エリーは惚けたようにシオンに言う。
「おやぁ?では、改めて、シャッチョさん知らない?」
「なぁに、その言い方?社長は、貴方の為に申請書を持って、管理局に行ったわよ」
クスクスと笑いながらシオンをからかう。
「お、おう、エリー、俺の為とか言わないで?鳥肌ものよ?」
何となく、昨日の絡みを思い出したシオンである。
「変なの。まぁ、何時も変かな?」
「嘘、そんなに変かな?」
「シオン君、どしたの?ショック受けるなんて、珍しいじゃない?」
「あぁ、いやいや、何でもないさ、エリー」
「そうそう、ダナーさんが、機体について話しが有るとか無いとか?」
「了解、後で行ったり来たりするよ」
「お?いい反応だねぇ?」
「じゃあ、また。ダナーさんの所に行ってくるわ」
「あ、社長は15:00くらいには戻る筈よ」
「はいよ、ありがとう」
エリーに軽く手を振りシオンは事務所を出る。向かう先は商会の持つ整備工場である。