LOVE and BASEBALL
「好きじゃけえ・・付き合って下さい。。」
豊花は意を決して告白した。
「お・・お願いします、、」
一つ下の1年生、三空の返事は
快諾だった。
「まじかよ、絶対ダメだと思ったのに。。。」
「いいんか?本当にいいんか?」
豊花は心が震える思いだった。
昼休憩が終わるチャイムが鳴り響き
豊花と三空はそれぞれの教室に戻った。
豊花二三也は江舟商業高校野球部の2年生。
たった今その彼女になった三空楓は同校1年生のチアリーディング部に所属する
学年でも1、2を争う美少女である。
江舟商業高校は甲子園の常連校。
今年の夏も甲子園を目指す強豪校だ。
6月。
野球部は夏の県大会に向けた
メンバー争いが熾烈を極めていた。
エース段野を中心とした
今年のチームは春の中国大会を準優勝し
夏の大会では優勝候補の筆頭に挙げられていた。
豊花は中学生の頃はエースで3番バッターであり
チームの中心選手でもあった逸材だ。
憧れの江舟商業に入学し
そのユニフォームを着て試合に出ることが
何よりも大きな夢だった。
外野手としてメンバー入りを目指す
豊花だが、メンバー入りの可能性としては
当落線上と言える位置にいた。
そんな大切な時期に
出会ってしまい
その容姿に強く魅了されてしまった
1年生の三空楓に
ダメ元で告白をしたら
なんと成功してしまった。。
とんでもないことが起きてしまった。
メンバー入りの争いが佳境を迎える中で
大きな大きなモチベーションが
突然生まれた形であり
これ以上無い後押しとなる。
大事な紅白戦。
相手投手は2番手投手の左腕、吉村だ。
外目の高めに浮く甘いストレートが来た。
豊花はそれを振り抜き、右中間にライナーで
運んだ。
見事なツーベースヒット。
外野手の豊花としては、いかに打力でアピール出来るかがメンバー入りのポイントだ。
この結果は豊花としてもとても満足のいくものだった。
練習後に学校の側にある河川敷のほとりで
三空とデートをするのが大きな楽しみだった。
デートと言っても、ただ座って話をするだけなのだが
これが何よりも楽しかった。
「どうなん?メンバー入れそう?」
「今日も紅白戦で打てたし
なんとか入れるんじゃないかと思うんだよね。」
「そっか。。メンバー入れると良いね。」
「そうだね。今年のチームは全国優勝も狙えるって
監督さんも言いよるけえねー。もしメンバーに入れたらそのまま甲子園にも行けるかもしれんし、そうなったら良いよね。。」
「うん。楽しみじゃね。」
「今から夏の県大会のメンバーを発表する。
これが全国優勝を目指して戦う18人のメンバーじゃ。」
監督の守山がメンバーを呼び上げた。
そこで
豊花の名前が呼ばれることは無かった。
「なんでよ、、、なんで外れるんよ。。
打力なら自信があるし、調子も良かったのに。。」
メンバー入りに自信があった豊花は
うなだれるしかなかった。
メンバーに入ったのは同じ2年生で
内野も外野も守れる
ユーティリティプレーヤーの
大鹿だった。
このチームは打力が高く
スタメンは全員ホームランを打つ能力もある。
レギュラーと控えの打力の差が大きいことは
明らかだった。
豊花も確かにバッティングは良いが
レギュラー陣に比べると多少見劣りしてしまう。
控えとして必要なのは
必然的に、どこでも守れる選手や
ここぞというところで
代走として使える選手になってくる。
そういった選手を監督は選んだのだった。
メンバーに入るには
このチームがどういうチームであり
控えとして求められるものは何か?
そこまで考えてアピールしなければ
名門、江舟商業のメンバーにはなれなかった。
自分の愚かさを痛感した。
メンバー入りが叶わなかったことを
三空に告げると
あっけらかんとして
「自分の代でレギュラーになれば良いじゃん。」
そんな軽いような重いような言葉が返ってきた。
「まあ、確かにね、そうだよね。。」
豊花も強く共感が出来た。
力のあるチームも準決勝で新鋭の
水清館の投手陣に強打を封じ込められ
完敗した。
一個上の代の夏が終わった。
2年生の夏の大会というのは
メンバー外であっても
絶対に負けてほしくない理由がある。
単純に甲子園に行きたいから
というのもあるのだが
それとは別に
夏の新チーム練習を回避したいという理由もあった。
一個上が夏の県大会に負けた瞬間
新チーム練習が始まる。
いや、始まってしまう。
7月のくそ暑い時期から始まるのだ。
それが甲子園に行くことで
スケジュールは大きく変わる。
8月になっても
チームは新チームではなく
一個上の代のチームのままとなる。
本格的に新チームの練習が開始するのは
早くても8月中旬。
うまくいけば8月下旬までそれは先送りとなる。
今年は負けてしまったので
7月から新チームが始動することになってしまった。
肩の強さを買われた豊花は外野手から
キャッチャーへとコンバートされた。
このコンバートが功を奏し
豊花は新チームでキャッチャーのレギュラーを
獲得。
チームも秋季中国大会へと駒を進めた。
「夏は負けたけど、センバツにはもしかしたら
出れるかもしれん。そうなったら一緒に
甲子園行けるね。」
「そうなん?今回は行けそうなん?」
三空は野球についてあまり詳しくない。
だから豊花が野球について熱く語ったとしても
あまり大きく話が盛り上がることはなかった。
それだけに豊花は、三空の気持ちがいつか自分から
離れてしまうのではないかという不安でいっぱいになった。
何度も聞いた。
「本当におれのこと好き?」
三空はいつも頷いてくれた。
その瞬間は不安から解放されるのだが
また時間が経つと同じ不安にかられた。
センバツ出場を懸けた中国大会の2回戦。
相手は広島県大会で優勝した朝日東高校だ。
今大会最も警戒する高校である。
緊迫した投手戦が中盤まで続き
なんとか1対0の江舟商業リードで
6回の攻撃を迎えた。
強打を誇る朝日東相手にたった1点のリードでは
あまりにも苦しい。
なんとかもう1点取って有利に持っていきたい。
左バッターボックスの巧打者、双葉の
振り抜いた打球は放物線を描き
ライトスタンドに飛び込んだ。
江舟商業のベンチは沸いた。
そのリードを守り切った江舟商業は
優勝候補の朝日東に競り勝ち
準決勝へと駒を進めた。
宿舎に戻った豊花はすぐに三空に電話し
その勝利を報告した。
学校でもその話題は持ちきりだったようで
「知ってるよー。良かったね。」
三空のいつもよりも嬉しそうな声に
豊花も喜びが膨らんだ。
あと1回勝てばセンバツ出場も決定的となる。
準決勝も難なく退けた江舟商業は
甲子園出場を決定的なものとした。
準優勝の成績を納め、野球部一行は
広島へと帰郷した。
「夏に負けて、秋に我々は雪辱を果たすことが
出来た。これは3年生が残してくれたものが
きみら後輩に渡り、3年生に勝たせてもらったんだと思う。
夏まで頑張って戦ってくれた3年生。本当にありがとう。そして、まだまだ未熟なこのチームをこれからも応援してほしい。」
守山の言葉は引退した3年生に向けられた感謝の言葉だった。
解散後に豊花は三空と会い、改めて中国大会の成績を報告した。
「チア部も、甲子園に向けた練習が始まるみたい。」
嬉しそうに話す三空との会話は
何よりも幸せなことだった。
オフシーズンに突入し実践的な試合も一旦は終わり
走り込みやトレーニングを中心とした練習に
変わっていく12月。
練習後に三空の家に行き、いつものように
いろいろと話をしていたのだが
どうも三空の様子がおかしかった。
終始、反応も薄く、元気が無い。
「今日はどしたん?なんか調子悪いん?」
「うん、なんか風邪気味で。」
そっけない返事だ。
無言も多く、出来れば早く帰ってほしいと
いうような雰囲気が伝わってくるようだった。」
体調が悪いというよりは
何か自分のことを面倒くさそうに
感じているように豊花には映った。
「分かった。じゃあもう帰るね。またあとで
電話する。」
寮に帰宅後、夕食を食べてゆっくりしていると
三空からのメールが届いていることに気付いた。
「電話していい?」
三空のほうからメールをしてくることは
これまでほとんどなかったので
なにか嫌な予感がした。
返事をする前に豊花のほうから
電話を入れた。
「どした?」
「・・・」
電話口は無言だ。
「なに?どしたん?」
「・・・」
「別れてほしい。」
嫌な予感は的中するものだ。
「えっ?なんで?なんでなん?
好きって言ってくれてたじゃん。」
動揺を隠せない豊花は
素直な気持ちをぶつけた。
「いや、自分でもよく分からん。
でも、もう好きじゃなくなって
しまったんよ。ほんとにごめん。」
豊花はその言葉の意味を理解出来なかった。
17才の少年にとって
それを理解し、納得という方向に結びつけるには
あまりにも経験と知識が足りなさすぎた。
「なんで?よく分からんのんなら
別に別れんでもいいじゃん。
なんで?絶対別れんといけんことなん?」
そんな押し問答も続いたが
三空の別れたいという意思は強く
最終的に豊花が折れる形で
電話は終わった。
夢にまで見た三空との恋は
この瞬間終わってしまった。
たった半年の出来事だったが
豊花はその間にいろんな感情の
移り変わりを経験した。
人を好きになるというのは
こういうことかと学んだし
分かりもしない相手の気持ちを
何度も想像してみたりもした。
結局のところは
全てがこの別れの日の為に
歩いてきた道であったことを
現実として受け止めるには
豊花には難しかった。
この半年間、誰よりも三空のことを
考えたし他の女子に興味が移ることも無かった。
これだけ好きなんだから
これだけ本気なんだから
客観的に
冷静に豊花を見た時に
豊花のその想いは一方的で
三空の気持ちを優先させるものでは到底無かった。
あくまで一方的な思い、感情。
そこに気付くことが出来なかった。
野球に置き換えてみたらよく分かるのではないか。
バッテリーは共同で打者を料理していく。
キャッチャーは相手のデータを頭に入れておき
現場でも観察する。
そして自分の思いをサインという形でピッチャーに
伝える。
ピッチャーがその思いに納得すれば
キャッチャーを目がけて渾身のボールを
放ってくれる。
でも納得しなければ
もう一度練り直して、改めてキャッチーから
思いを伝える。
一方的な思いだけでは
最高のバッテリーが誕生することはない。
豊花にはその気遣いが足りなかった。
あくまで自分の思いが優先。
三空楓という1人の女性の思いを
尊重することが出来なかった。
そこまで考えが回らなかったというのが
本当のところだろう。
見事に
振られてしまったのだ。
その後の豊花は
三空との幸せな時間を過ごすことは
出来なくなってしまったが
しっかりと野球に打ち込み、センバツ甲子園の
背番号2を力で掴み取った。
涙を流しながら
甲子園での活躍という目標は
切らすことなく持ち続け
その権利を勝ち取ってみせた。
別れた後、三空に新しい彼氏が
出来たことを知った。
1年生の同じ野球部だった。
恋は時に残酷だ。
せめて全く自分と関係のない
想像でしか浮かばない
人との噂を聞きたかった。
高校生にこの現実は少し過酷だ。
恋はそんなものさと
大人になれば言えるんだろう。
高校生でそれを経験してしまうこの現実。
耐えて耐えて
耐えて学んでいくしかない。
誰も悪くない。
恋はコントロール出来るものじゃない。
なるようにしかならないものだ。
豊花のこの気持ちは野球にぶつけるしかないのだろう。
センバツ甲子園で結果を出す。
そこに向けての準備は既に始まっていた。
〜完〜