4.蜜月
ライトノベルを書いてみようと書きました。
4.蜜月
「気が付いた?」
目を開けたみさとは、ポールの穏やかな眸と出会った。
「きれえないろ。」
みさとが呟く。
「この髪、染めてるんだぜ。誰にも云ったことないけど。色素が薄過ぎて、白髪に見えるからって。」
ポールは自分で云いながら、驚いていた。本当に人には云ったことがないのだ。
「その目も染めてるの?」
「まさか!」
みさとは微笑んだ。
「ぢゃ、その色は君の色だよ。」
ポールも微笑んだ。
ポールはみさとの部屋に入り浸るようになった。
「いつか、この時を後悔するかもしれないよ。」
みさとがポールの裸の胸に顔を寄せながら、ふふふと笑う。
「俺達が敵同士になるって?」
ポールがみさとを引き寄せて、口付けしながら云う。
「トゥルプティーは、僕を敵視しているからね。」
みさとが笑う。ポールも笑う。
「問題の遺産は結局、みさとのものになったんだろ?」
「うん。」
「トゥルプティーの国家予算の何十倍にも相当する額だって聞いてるぜ。それは、トゥルプティーも敵視するだろうね。みさとが雅エンタープライズを継がなくても、それだけの財力を持つわけだから。」
ポールが笑う。
「アメリカ大統領も敵視する?」
みさとが訊いた。
「大統領は世襲制ぢゃないからな。」
ポールは暢気な声を出す。
朝食の席では、ランとポールと冬也が顔を合わせる。
ランが云った。
「ポール、貴方、みさとくんの部屋に入り浸っているんですって。」
ポールは、口を尖らせた。
「トゥルプティー滞在中は、自由に過ごしていいんだろ?」
「そうだけど、明日、帰るんでしょ?」
上手にナイフを使いながら、ランが云う。
「パーティの為に来たんでしょ?」
ポールはグレープフルーツを食べながら笑う。
「そうだけど、もうちょっと居てもいいかな。」
「いいわよ。」
ランは笑う。
「僕ももうちょっと居てもいいかな。」
慌てた様子で冬也が云う。ランは笑う。
「そんなに慌てなくても大丈夫よ、冬也。ポールはどうせみさとくんのことしか眼中にないわけだから。」
ランは横目でポールを見る。ポールはそれには応えずに苦笑した。
「みさとの体はどうなんだ?」
ポールが訊く。
「普通のトゥルプティー人の場合は魔法の力を持っているものだけど、みさとくんの場合は体のエネルギーを燃やしてパワーにしているみたいなの。だから、かなり消耗してるわ。」
ランが云った。
「あいつ、情緒不安定なんだ。自分の精神分析医を呼んで欲しいって云ってるよ。」
ポールは云った。
「それはわたしも聞いているわ。でも、それは出来ないのよ。」
ランは云った。ポールは目を丸くする。
「どうして?」
「トゥルプティーとしては、これ以上、事を大きくしたくないのよ。みさとくんには、宮殿の侍医を付けるわ。」
ランは大きく瞬きした。
「みさとの行動範囲も何とかならないか?」
ポールの言葉に冬也が声を上げる。
「あの、雅みさとがトゥルプティー宮を自由に歩いていい筈ないぢゃないか!」
「そりゃそうだけど、あのフロアだけなんて、あれぢゃまるで軟禁だよ。」
ポールが大きな声を出す。ランは眉を顰めた。
「あのフロアには、図書室も庭もあるわ。不便はない筈だけど。」
「そんなこと云わないで、行動規制を解除してやって呉れないか。」
ポールが云う。
「それは出来ないわ。」
固い表情のまま、ランが答えた。
みさととポールは、エミリーに連れられて、トゥルプティーの中庭にやって来た。
「ああ、気持ち良いなあ。」
ポールが伸びをしながら、云う。
「人工の空にしちゃあ、よく出来てるよねぇ。」
みさとが云う。ポールは、驚愕した。
「人工の空ー?」
「そう。」
みさとは頷いた。エミリーが後を引き継ぐ。
「トゥルプティーが空の上にあることは御存知でしょ?」
ポールは頷く。
「ああ。でっかい雲の上にあるんだろ?」
「そうです。そのまんまでは、太陽に近過ぎるので、シールドで覆ってあるんです。」
エミリーは云う。
「その動力はどうなっているの?」
みさとが訊く。
「トゥルプティーの国民は、税の代わりに魔法の力を納めているんです。トゥルプティーのインフラ整備には、その力が使われています。」
エミリーが答える。
「知らなかったな。只の雲の上にどうやって、これだけの街並みを作り上げたんだろう、と不思議に思ってた。」
ポールは笑う。
三人は、中庭の温室の前に来た。
「此処が温室です。」
エミリーが云った。
「入ってみようぜ!」
ポールが応じる。
三人は温室に入った。
「あっ、薔薇だ!」
みさとが声を上げて、温室の中央に駆け寄った。温室の中央には薔薇の樹があり、黄色の蕾があった。
他の二人もみさとに続いた。
「本当に薔薇だ。」
ポールが云う。
「本当に綺麗ですね。」
エミリーが嬉しそうな声を上げる。
「いつ咲くかな?」
ポールが蕾を見ながら、云う。
「二三日ぢゃないでしょうか?」
エミリーが小首を傾げながら、答える。
「早く見たいね。咲いたら、またみんなで見に来ようね。」
みさとが云い、他の二人が頷いた。
ランと冬也は、ランの部屋に来ていた。窓からは、北の塔の残骸が見える。
「ラン、最近元気ないけど、大丈夫?」
冬也が訊く。
「あはは、やっぱり冬也にはバレてたか。」
ランは苦笑する。
「みさとくんのこと?」
冬也が訊く。ランが頷く。
「ええ。まだ、熱が下がらないのよ。」
「ランが気にする必要ないんぢゃないか?」
冬也の言葉にランが首を振った。
「でも、わたしのせいだもの。」
「みさとくんには、謝ったんだろ?」
冬也が云い、ランが頷いた。
「ええ、だけど、自分が悪いって。」
ランが大きな緑色の目を伏せた。
「どうして?」
「知らないわよ。凄く自罰的なの。何を云っても、自分が悪いの一点張りで。」
ランは苦しそうに顔を歪めた。
みさとの部屋に一人の女性が訪ねて来た。白衣を着て赤毛をアップにした、恰幅のいい女性だ。普通の人の3倍位ある。ハグリットみたいな人だ、とみさとは思った。
「トゥルプティーの侍医、サーシャです。」
女性が云った。
「雅みさとです。」
みさとが黙礼した。
「貴方は微熱が続いているということだけど、他に何か気になる症状はありますか?」
サーシャが訊いた。
「気分が落ち込み易いです。」
みさとが答える。
「どんな時に?」
「いつでもです。僕の精神分析医を呼んで下さい。」
みさとの言葉にサーシャは首を振った。
「それは出来ないわ。貴方はわたしが診ます。」
サーシャが冷たく答えた。
「それなら、安定剤を下さい。」
みさとの声が少し大きくなった。だが、サーシャはまたも首を振った。
「トゥルプティーでは、原因の判らないものに薬は使わないわ。」
「原因の判らないもの?」
サーシャは頷いた。
「そう、貴方の訴えはハッキリ云って、微熱にしても情緒不安定にしても、体に異常はないわけだから。」
「不定愁訴と云われるのには、慣れています。」
みさとの声のトーンが冷たくなった。
宮殿の廊下でみさとと冬也が出会った。
「こんにちは。」
みさとが微笑む。
「こんにちは。」
冬也は固い表情のまま、一礼して、通り過ぎようとした。
「ちょっと待って。冬也くんは、僕が厭い?」
みさとは、冬也を呼び止めた。
「ああ、厭いだね。」
冬也は、開き直って答えた。
「どうして?」
みさとは小首を傾げた。
「その媚びたような仕草が大厭いなんだよ。」
冬也が云う。
「それは、君が僕に対してそういう欲望を抱くからぢゃないのかい?」
みさとはやっとそれだけ云ったが、それが相手に何の効果も与えてないのは、明らかだった。
まだまだつづきます。