6.牢獄から地獄へ
当時十四歳だったアキム・バートンは非常に美しい少年だった。
暗闇の中でも淡く輝きそうな白金色の髪に神秘的な深い紫色の瞳。
十歳のエリスティアは恋という単語すら知らないまま彼に一目惚れした。
そうなることを期待して王家はアキムをヴェーラの愛し子捜しに起用したのかもしれない。
黒髪紅眼の女神が自分の権能を分け与える人間は必ず女性だったのだから。
帽子を勝手に奪われるという無礼な行為をされたことも、先程までの悲しい気持ちも。
自分の髪と瞳の色が特異であることも。
そもそも自分は家をこっそり抜け出していることさえエリスティアは刹那忘れた。
「帽子を、帽子を返してください!」
だが、必死に叫ぶイメリアの声で我に返る。
そうだ、自分の髪は目立ち過ぎる。慌てて両手で頭を覆うように隠しエリスティアも少年に言葉を発した。
「か、返して……お願い、それがないと……」
「どうして? そんなに綺麗な髪をしているのに……痛っ」
微笑みながら質問する少年が小さく呻く。
エリスティアは急に不安になりながら尋ねた。
「どう、したの?」
「帽子の飾りピンが外れて指を刺してしまったみたいだ、ほら」
白金色の髪の少年は、赤く滲んだ指先をエリスティアに見せる。
それは部屋に閉じ込められ育てられた少女が初めて見た血であり、怪我だった。
「もっと、みせて……」
どこかぼうっとした声でエリスティアが言う。
少年が言うとおりにすると彼女は指先に己の両手をかざした。
「傷よ、癒えよ」
まるで別人のような厳かさで黒髪の少女が告げる。
エリスティアは無意識にその言葉を口にしていた。
途端彼女の両手が輝く。
「エリスティアお嬢様……?」
驚くメイドと無言のまま少女を見守る年上の少年。
数秒してエリスティアの両手から輝きが無くなる。
そして少年の指先の怪我も綺麗に消え失せていた。
「やっぱり、君は……」
頬をうっすらと朱に染めた少年が興奮を抑えきれない様子で口を開く。
だが彼の言葉を最後まで聞くことなくエリスティアはその場から離れることになった。
人目を気にしたイメリアが彼女を抱き上げ走り去ったのだ。
メイドの奮闘のお陰で、その後は誰にも話しかけられる事もなくエリスティアは自室に戻った。
その後、着替えると黒髪の少女は食事もせずずっとぼんやりしていた。
自分の為に無茶をしてくれたメイドにお礼を言うことも忘れ美しい少年のことを考え続けていた。
「でも、もう会うことはできない……」
なぜならエリスティアは隠されて育てられた籠の鳥だから。
悲しくて次から次へと涙が零れた。
けれどエリスティアが泣き疲れて眠った次の日の朝、白金色の少年は彼女の家を訪れる。
第二王子アキム・バートンという身分を明かし男爵邸からエリスティアを連れ出したのだ。
「御息女が持つ黒髪紅眼と癒しの力は女神ヴェーラの愛し子であるという証拠だ。王家が庇護する」
そして彼女の成人を待ち自分の花嫁にする。
アキムは男爵家当主のユーグ・フィリスに宣言して、奪うようにエリスティアを生家から連れ去った。




