表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/50

4.優しいメイドは破滅の一因でした

 男爵家にいた頃のエリスティアは自分の部屋から出ることが滅多に許されなかった。

 だから誰かが彼女に食事を運んでくる必要がある。

 そしてある時から一人の少女がその役目を半ば専任するようになった。

 妹がエリスティアと同年齢だという理由で親切にしてくれた若いメイドがいたのだ。

 

「お嬢様、お早うございます。今日のオムレツはいつもより卵たっぷりですよ!」


 そう元気な声と共に金髪に薄茶色の瞳をした娘が飛び込んでくる。

 既に自分で身支度を整えたエリスティアは笑顔でそれを迎えた。

 最年少メイドのイメリア。

 彼女は男爵邸の中で数少ないエリスティアに好意的な人物だった。


 両親の髪色からかけ離れた漆黒の髪、そして赤い瞳を持って生まれた赤ん坊。

 母は出産時に亡くなり、父は自分とは全く似ていない子供を受け入れられなかった。

 それでも一つ屋根の下で生きることを許したのは亡くなった妻への情けなのかもしれない。   


 しかし彼はエリスティアを娘と呼ぶことは無かったし顔を見ることさえ嫌がった。

 当主の感情は使用人にも影響する。


 赤子の時は覚えていないが物心ついたセレスティアの周囲に優しい大人はいなかった。

 使用人たちは汚物を見るような目で幼い黒髪の子供を見た。


 エリスティアが己の母に不義疑惑があると知ったのもメイドたちからだった。

 男爵に嫌われている彼女には何を言っても許される。そう錯覚した者が教えてくれたのだ。


 フィリル男爵もその妻も見事な金髪だった。

 それなのに黒髪の子供が生まれてきたのは、男爵夫人が黒髪の男と密通していたからだと。

 当時は幼過ぎて意味も分からず悪意だけを察して嫌な気持になっていた。


 だが時を巻き戻った今ならエリスティアもその意味を理解している。

 だからこそ情報を隠蔽していた王家への恨みが募った。

 黒髪紅眼は女神ヴェーラの愛し子の証で突然変異のもの。だから両親の髪と瞳の色は無関係だった。


 その事実を父である男爵が知っていれば自分たち親子の関係も少しはマシだったかもしれない。

 エリスティアは悶々とした考えを隠しイメリアに話しかける。


「嬉しいわ、最近食べ物がおいしくていっぱい食べてしまうの」

「それは成長期だからですよ。体が大きくなる為に食べ物がいっぱい必要なんです!」


 いっぱい寝ていっぱい食べてすくすく大きくなってくださいね。

 そう包容力のある笑みを浮かべイメリアはエリスティアの前に朝食をセッティングする。


 実際は成長期が原因ではないとエリスティアは知っている。

 王宮時代の慢性的な睡眠不足と食事不足の反動が来ているのだ。精神的なものだと思う。

 でも過食過眠を続けた結果セイナ王妃のようにはなりたくない。

 今後は少し控えようと考えつつオムレツを口に運ぶ手は止まらなかった。


 十歳に戻ってから温かい食べ物を格別に美味しく感じるようになった。

 食事中セイナ王妃に呼び出され、戻ってから冷めた物を食べる生活は予想より辛かったのかもしれない。

 再度作り直して貰う時間があったら寝たくて、最後は料理の味さえ感じなくなっていた。


 でも今は好きなだけ寝て好きなだけ食べられる。

 辛くて寂しかった軟禁生活だが思ったより快適だったんだとエリスティアは考え直していた。

 比較対象が酷すぎるだけだが彼女にそれを指摘出来るものは居ない。

 以前より一個増やされたパンを齧るエリスティアを見つめながらイメリアが言う。


「そろそろお嬢様の新しいドレスも御用意出来たらいいのですけれど」


 出来たらもう少し華やかで可愛らしい物を。

 そう切なげに言うメイドにエリスティアは複雑な気持ちを抱いた。

 彼女は叔父が学者らしい。凄く物知りで小さい頃何度も質問攻めにしたと話していた。

 なのでエリスティアのように黒髪の人間ばかり暮らす国があることを知っていた。

 そして先祖返りという現象で両親と全く似ていない髪色の子供が生まれることもあると以前教えてくれた。


 彼女はそれが真実だとは言わなかったけれど、エリスティアの気持ちを軽くしようとしてくれたのだ。

 実際イメリアの話した内容は女神の愛し子であるエリスティアには当てはまらなかった。

 それでも、自分の黒髪と赤い瞳を忌まわしく思わない人物が身近にいるという事実に孤独な男爵令嬢は随分と救われた。


 だから死に戻る前、男爵邸で暮らしていたエリスティアはイメリアに酷く甘え何でも話していたのだ。


『どうして私はこの部屋から出ちゃいけないの?』

『どうしてこの本に出てくる貴族の女の子みたいに素敵なドレスを持っていないのかしら』

『お父様は私を嫌っているご様子だけど、私はこの部屋でお婆ちゃんになるのは嫌!』

『イメリアの教えてくれたお話のように王子様が助けにきてくれたらいいのに』


 涙ながらにそう訴える様子に心優しいイメリアは同情したのだろう。

 男爵邸で隠すように育てられている黒髪の少女を救いたいと考えたのかもしれない。


 しかしそれは悲劇の切っ掛けを生み出した。

 十歳の誕生日、それを数日過ぎても父は娘に一切贈り物をすることはなかった。

 今まで一度も与えられた事はなかったのにエリスティアは何故か酷くがっかりした。


 そして気落ちする様子に同情したイメリアがこっそりと街へ遊びに連れて行った日。

 

 十年後過労死する黒髪の少女は美しい王子と出会い、そして破滅に至る恋をするのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ