39.あの日の言葉
レイが話したアスラ国の悲しい昔話。
それに出ていた悲劇の妹巫女に己を重ねエリスティアは一時期落ち込んだ。
しかしレイに慰められ、父であるユーグ・ファリスと色々話し合ったことで落ち着きを取り戻した。
エリスティアは勉強と偶にお菓子作りに精を出しながらアスラ国で暮らす覚悟を重ねていった。
「レイも、私と一緒にアスラ国に来てくれるのよね」
「ああ、元々それもエリーお嬢様に語学を教える条件の一つに入ってたからな」
「他の条件は?」
「衣食住の面倒を見てくれること、お陰で生まれてきてから一番良い生活をさせて貰ってる」
アスラ語授業の後、恒例のお茶会。
エリスティアの手作りのマフィンを口にしながらレイは悪戯っぽく笑った。
黒髪の少女はその発言に初めて会った時の彼を思い出す。
ボロボロの服に洗ったことのなさそうな髪。そしてガリガリに痩せた体。
でも瞳だけは強い光を宿し美しかった。
「レイがここに来てから、どれぐらい経ったかしら」
「八か月だな、早いもんだ」
「そうね、私のアスラ語ってちゃんと上達してる?」
「してるさ、簡単な買い物ぐらいなら出来るんじゃないか」
「買い物……」
そもそもエリスティアは買い物自体をしたことが無い。
過労死した一回目の時、イメリアに連れられ街に遊びに行ったので露店などは見たことがある。
買ってもらった菓子の甘さは今でも覚えているが、自分でお金を払った訳ではなかった。
「ああそうか、貴族のお姫様は店で買い物なんてしないもんな」
沈黙したエリスティアに対しレイはそう言って一人で納得した。
「そうなのかしら、私よくわからないの」
「俺も詳しくはわからないけど、少なくとも晩飯に使う魚とかは買わないだろ」
確かにそれは買わない気がする。エリスティアは頷いた。
でも店で直接選んで欲しいものを買うというのに憧れはある。
「お魚は欲しいとは思わないけれど、街のお菓子屋さんで好きなお菓子を買ったりはしてみたいな」
今はケーキでもなんでも食べたいものを十分食べられるようになったけれど。
店に飾られた色々なお菓子をじっくり見比べて選ぶのは楽しそうだ。
そう無邪気な憧れを黒髪の少女は口にした。
今は無理でもアスラ国に行ったらしてみたいと。
「それでしたら……男爵様にお願いしてみたらいかがですか?」
一度街に遊びに行きたいと。
子供たち二人のやり取りに、大人の声が割って入る。
紅茶とお菓子のお代わりを持ってきたイメリアだった。
「髪の毛は帽子をかぶればそこまで目立たないでしょうし、私がお嬢様をお守りしますよ」
ニコニコと優しい笑顔で提案する侍女にエリスティアの顔が凍り付く。
彼女が善意で言ってくれているのはわかる。
しかしその内容はエリスティアに取って恐ろしいものだった。
イメリアと街に行った帰りにアキム第二王子に出会ってしまったのだ。
公園で休んでいたら帽子を奪われ、黒髪を見られた。
更に無意識に彼の傷を癒してしまい女神の愛し子だと気づかれ王宮へ連れていかれた。
そして死ぬまで王宮から出られなかった。
だから死に戻ってから今までイメリアに外に出たいなんて願ったことは決してない。
屋敷から出られない愚痴も一切言っていない。
なのに、彼女はあの日と同じ笑顔で全く同じことを言った。
エリスティアの顔がみるみる青くなっていく。
「おい、エリー……?!」
「お嬢様?!」
レイとイメリアが心配そうに名を呼ぶのを聞きながらエリスティアは意識を失った。




