13.知らなかったことを知る
男爵家に生まれながら存在しないものとして育てられていた幼少時代。
親からの愛情どころか父の顔も母の顔も知らない。
そんな孤独な日常は黒髪の子供を深く傷つけていた。
エリスティアにとって一番辛い日々は王宮で王妃に酷使されていた時期だ。
死ぬまで解放されない地獄は実家での軟禁生活よりも過酷だった。
それでも、父の顔を前にすればこんなにも胸が痛く悲しい。
十歳に戻ったエリスティアは白髪の男爵を前に叫びそうになった。
会いたかった、憎かった、恋しかった、寂しかった。
名乗って、欲しかった。
自分がお前の父親なのだと。
彼が自分を娘だと認めていなくても。あの時に教えて欲しかった。
エリスティアは唇を噛み締める。そして自らの涙を拭った。
冷静に、ならなければいけない。
目の前の彼はまだ髪と目の色に対する真実を知らないのだから。
父に対する激情を無理やり飲み込んで黒髪の少女はゆっくりと口を開いた。
「……取り乱して申し訳ございません、フィリス男爵」
固い表情の相手に跪いて謝罪する。磨き上げられた革靴が目に入った。
対応を誤れば蹴り上げられるかもしれない。
エリスティアの体が緊張に強張った。
そんな彼女に高い場所から声がかけられる。
「謝罪はいらない。立って……いや、そこに座れ」
男爵が指で誘導した先には革張りのソファがあった。
エリスティアは少しの逡巡の後、寛大さに礼を言いそれに腰かけた。
少女の体は十歳にしては小柄で、床に足はつかずソファに若干埋もれる形になる。
多少難儀しながら背筋を張りエリスティアは向かいに座った父に改めて話しかけた。
「こんな夜半に突然訪れた無礼お許しください。ですがどうしても貴方に伝えたいことがあったのです」
「……伝えたいこととは?」
どうやら男爵は聞く姿勢に入ってくれたようだ。少女は機会を逃さないよう核心を告げることにした。
「私の髪と瞳の色は、女神ヴェーラと同じものです」
「何……?」
相手が怪訝そうな顔をする。流石に説明不足だったか。
エリスティアは慌てて女神ヴェーラと、その愛しい子の存在について話した。
自分が一度死んだことはまだ言わないでおく。荒唐無稽過ぎると判断したからだ。
そこまで話してしまうと子供の妄想だと思われる可能性がある。
死に戻った部分を抜かしエリスティアは説明を続ける。
それを一通り黙って聞いていたフィリス男爵は静かに言葉を発した。
「お前が今話した女神ヴェーラという存在を私は知らない」
「え……?」
少女の真紅の瞳が驚きに見開かれる。
アキム王子も王妃も、そして王宮内の使用人たちもエリスティアを女神の愛し子と呼んだ。
だから、姿かたちはわからなくても名前ぐらいは貴族なら知っていると思い込んでいた。
しかし、そうでなかった今どうすれば自分の言葉を信じて貰えるのだろう。
顔を青くするエリスティアにフィリス男爵は言葉をかける。
「お前には治癒の力があると先程話していたな。それが見たい」
女神の愛し子とやらの能力を確認させろ。
無表情に告げる美貌の男爵。
父の命令に黒髪の少女は戸惑いながら頷いた。




