1.享年20歳の過労死聖女です
エリスティア・フィリル。享年二十。
女神ラーヴァの恩寵の証である黒髪と紅眼を持って生を受ける。
フィリル男爵家の長女だった彼女は十歳の頃治癒の奇跡に目覚め、王族や高位貴族たちの病や怪我を癒し続けた。
数多くの人間を救った彼女は、セイナ王妃がかかった不治の病を癒す為己の命を使い息絶える。
死後バートン王家はエリスティアを黒曜の聖女として列聖した。
「……っていうのが下界での貴女の評価だけれど、何か言いたいことはある?」
「正直、言いたいことだらけですね」
豪華で広大な建物の中、自分の十倍以上巨大な美女を見上げながらエリスティアは言った。
聖女と呼ばれ敬われた彼女だが、その深紅の瞳の下には色濃い隈が存在し形の良い唇も乾いて荒れている。
質素なドレスに包まれた体は折れそうな程に細く、青白い顔色も含め病人のようだった。
「まず一つ、セイナ様は不治の病にはかかっておりません」
「そうね」
巨大な美女は長椅子に寝転びながらエリスティアの発言に同意する。
彼女の瞳もルビーのように赤く、長い睫は漆黒の色をしていた。
「王妃は肥満が原因の腰痛諸々の不調を患っていて、原因を解決する気がないから私が毎日治癒に駆り出されたのです!」
治しても治しても次の日には痛いって呼びつけてくるんですよ。
そう涙声で叫ぶ聖女を黒髪の美女は憐れむような瞳で見つめた。
「確かに腰痛は大変だけれど、それを治癒するのだって大変なのにねぇ」
女神の加護を受けた人間は聖力を持って生まれてくる。
そして奇跡を起こす度聖力は消耗する。
しっかり体と心を休めれば聖力は復活するがそうなる前に使い切れば枯渇する。
それでも更に奇跡を使い続ければ生命力を消費することになり死亡する。
奇跡を起こす力は無尽蔵ではないのだ。
「そうです、なので結果として私は自分の命を削りきって死にました。過労死ですね」
涙を拭うことなく空虚な笑顔でエリスティアは言った。
その表情と栄養失調症患者のような姿に巨大な美女は痛ましげな表情を浮かべる。
「なんか申し訳ないことをしたわね。わたくしが貴女を愛し子として選んだばかりに……」
「いいえ、ラーヴァ様。私が早死にしたのは王家と私の問題です。貴方様のせいではありません」
ロバも人間も働かせ過ぎれば死ぬ。
そんなこともわからなかった王族と断れなかった私が悪いのです。
今にも倒れそうな体で、しかしどこか清々しい表情で告げる愛し子を前に女神ラーヴァは暫し考え込む。
やがて艶やかで赤い唇から、決めたわという呟きが零れた。
「心優しきエリスティア、今から貴女の時間を巻き戻します」
「えっ」
「ごめんなさいね、何もかもを使い果たした貴女はもう転生するだけの力が魂に残っていないのよ」
流石に衝撃的な事実だったのかエリスティアは口を半開きにしたまま固まる。
過労が原因で死んだことは理解していても、彼女は死後転生できないとまでは思っていなかったのだ。
無言のままその紅玉の瞳から次々と涙が溢れ出す。
「大丈夫よ、貴女をこのまま消滅なんてさせない。魂と記憶はそのままに幼い頃まで時間を戻すの」
婚約者のアキム王子と出会う前に。
女神ラーヴァの台詞にエリスティアの表情が強張る。
第二王子アキム・バートン。白金色の髪と澄んだ緑の瞳を持つ美貌の王子。
エリスティアが王宮で暮らすようになったきっかけは彼から婚約を申し込まれたからだ。
一見玉の輿のようなそれは王族がエリスティアを昼夜問わず治癒係として飼い殺す為の方便だった。
つまり婚約さえしなければ、過労死の運命は回避出来る。
そう女神に説明され、エリスティアはやがて頷いた。
「お願いします」
「わかったわ、目を閉じて……そして彼と出会う前の自分を思い出して」
ラーヴァの言葉に従いエリスティアは暗い視界の中で過去の自分を思い出す。
王宮に連れてこられた直後、次はアキム王子に婚約を申し込まれた瞬間、更にもっと過去まで。
「……あっ」
そして、気づいた。
自分は生まれた家でもそれなりに酷い目にあっていたことに。