9. 交錯
ムリナ、アイツは天才だ。天才だった。だからこそ問題がある。アレは、一般化されていない天才だ。故にある意味天災と言える。
そう――問題は、彼女以外ちゃんと理解していないという事なのだ。このプログラムを。
一応天才でもあるから、それを一般化する事も出来る。設計書を書くことも勿論出来る。が、今回は特殊な事情がある。それはAIの学習途中だという点であり、その学習結果か何かの影響でバグが発生しているという点である。設計書はレビューを通っている。PMも俺も内容はざっくりと理解している。しかし、AIの学習内容に関しては、現在進行系で進んでいる話であるので、レビューを通っていない。つまりこのプログラムの、AIの思考については、誰も理解出来ていないのだ。強いて言えばムリナは説明出来るのかもしれない、しれなかった。
だがその唯一の望みが絶たれた。
「……どうすんだよぉ!!」
俺は怒鳴ってしまった。幸いその怒りの声は喧騒の中にかき消えたが、横に居た梨花はビクッと反応した。
「でかい声出さないで下さいよ!!」
もっとでかい声で反論された。何人かの視線が彼女に注がれる。
「あ、う、すまん。だが、その」
「気持ちはわかりますし私だって叫びたいですけど!!落ち着きましょうよおっ!!」
凄い大きな声が出て、周りがしんとなった。
「お前が落ち着けよ」
「ふーふーふー。……ごめんなさい、つい流れで」
梨花は流されやすく、そしてヒートアップしやすい性格だった。周りが煩いと自分も煩いし、周りが静かだと自分も静か。ノリで生きているタイプの人間であった。
「えー、はい、落ち着きました。……でどうします」
そう言われても。
「俺に聞かないでくれ。……後でPMに相談しよう。とりあえず出来るだけ解析は進めよう」
そう言って俺はガタンと椅子に座って、ふぅ、と息を吐いた。
あとはそうだな、祈るしかないかもしれない、事故の被害者が、ムリナじゃないことを。
無理だろ、自分にツッコミを入れる。流石にPMに電話が繋がる赤の他人なんて殆ど居ないだろうし、他の席ではムリナに連絡が取れないと散々騒いでいる。もう確定みたいなもんだ。
こういう時はどうすればいいだろうか。
自分達で解析?まだバグの発覚から一日も経っていないが、既に諦めムードになっているこの状況で?無理だろう。そんな確信にも近い思いが芽生え始めていた。
辺りもまた煩くなってきた。やれメンバーの見直しだ、やれスケジュールの見直しだ、そんな話ばかりが飛び交っている。
もう、もう神に祈るしかない気がしてきた。
「「おお神よ!!誰か何とかして下さい!!」まし!!」