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59. プレジデント・エクス・マキナ

 後日。

 プロデューサーとディレクターは突然社長室へと呼び出された。

「なんだろうな」

 用件については伏せられていた。ただ「来るように」という言葉だけであった。

 用件を告げずに呼び出すというのは、恐らく通常の企業であれば起こり得ない事だろう。大凡の用件――例えばプロジェクトの進捗を聞きたいだとか――を告げてから呼び出すというのが正常な企業だろうが、この会社ではそれも良しとされていた。何故ならこの会社において、職責による序列とは正しいものであり、職責が上であれば下の者には――長期的・短期的問わず会社の損にならないという条件の下――どのような指示をしようとも許される、そんな風潮があったからである。そのせいで、プロデューサーもディレクターも好き放題出来るところはあるのだが、今のところその風潮が変わる気配は無い。

 ともかく。そんな風潮が広がっているからこそ、二人もその独裁者たる社長の理由なき呼び出しにもただただ従う他無かったのだ。



「話は聞いたよ」

 部屋に入った直後、社長が口を開いた。

「君のプロジェクトは一つダメになったそうだね」

 その件か、と分かって、プロデューサーとディレクターは心の中で頭を抱えた。

「それは、その事は仕方ないだろう。色々と難しいアイデアを形にしようとしていたようだが、そうした試みは失敗する事も往々にして存在する。それを否定するつもりは無い。今後も頑張って欲しいとは思っていた」

 怒られなかった事に、二人は小躍りしたくなった。むしろ激励までしてくれるとは、なんと光栄な事であろうか。

 ――言葉の違和感に、ディレクターが気づくまでは。

「思って、”いた”……で、すか?」

「うむ、その点だが」

 パン、と社長が手を叩くと、部屋に誰かが入ってきた。

 そこに居たのは、岡部真希、もう一つのプロジェクトのリーダーであった。

「おま、え、なんでここに?」

「君たちに対して、被害者からの意見も聞きたくてね」

 その言葉を聞いて、二人はゾッとした。『被害者』。その言葉には、自分達が加害者である事を意味しているように聞こえた。実際そうなのだろうが、社長の顔には怒りの顔も悲しみも何もかもが無く、ただただ淡々としていて、極めて不気味であった。

「昨日の事だ。彼女から通報を受けた。君からパワハラを受けていると。音声データ付きで、秘書室も含めて全員に。……副社長にもな」

 社長がそう言うと、真希は自らのスマホをチラチラと見せた。それには先程の会話の記録や先日の会議室でのデータがしっかりと残っていた。

 プロデューサーが録音した『自腹を切ってでも何としても買います』という言葉の前後も、こっそりと彼女は録音していた。そして、台車の横にこっそりとスマートフォンを置いてから金の持ち出しに関する話を出し、パワハラ発言についても引き出すように仕組んだのである。

「よーく見せてもらった。実に……実に参考になったよ」

「それは、捏造です。そんな事はありま」

 その言葉を遮るように、真希は再生ボタンを推した。

『前にも言ったろ。足りない資材は自分で買えって。領収書を取っておけば後で処理するから、一旦自分で買ってくれって』

『そう言って申請して、今まで一度もまともに返金された事ないのですが』

『いつか返されるよ』

「君の声だな?」

「…………あ、の、音声の、加工、とか」

 社長はその戯言を無視した。

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