57. 受け渡し
サーバ室から運び出したサーバを台車に乗せて、プロデューサーとディレクターは別の部屋、サーバの販売先となるプロジェクトの部屋へ向けて廊下を歩いていた。――二つのプロジェクトは同じビル内に部屋を借りていた。
「全く……取りに来いと言っているのに電話も通じない。どうなっとるんだ最近のヤツは」
四十代後半のプロデューサーはブツブツと文句を言いながら台車の誘導をしている。
「困ったものですね全く。取り外しにも時間が掛かりましたし、全く手間ですよ」
三十代後半のディレクターは台車を移動させながらそれに同意する。
「しかし買い取りはちゃんと了承したんですよね?」
「勿論。『自腹を切ってでも何としても買います』と言ってくれたよ。録音もしてある」
ああ、また色々と良くない手を使ったんだろうな、相手のPMは泣いていただろうな、等とディレクターは考えながら、「それは良かった」とただその行為を肯定する。どうせ部下なんていうものは掃いて捨てるほどいるわけだし、加えて幾ら不正したところで、社長派閥に属している自分達の行動が咎められる事は無い。マスコミにバラしたとしても余程上手くやらないと何処かでバレて止められる。無敵と言って差し支えない。
「ぜえ、ぜえ、あ、プロデューサー」
と、そこに買い取り相手のPMの女性、岡部真希が現れた。何やら息が上がっている。
「遅いぞ。連絡も取れないし」
「いやあ、プロデューサーを迎えるために色々と準備をしておりましてですねン……コホン、失礼致しました。ではそれは受け取らせて頂きます」
そう言うと真希は台車の持ち手を奪う。
「金は?」
「あの、やっぱり払わないとダメ、ですか?私のプロジェクトはご存知の通り予算が無く」
「前にも言ったろ。足りない資材は自分で買えって。領収書を取っておけば後で処理するから、一旦自分で買ってくれって」
「そう言って申請して、今まで一度もまともに返金された事ないのですが」
「いつか返されるよ」
嘘である。プロデューサーは今まで受け取った領収書の金を全て横領している。それを知ってお溢れに預かっているディレクターはニヤニヤとしながらそのやり取りを見つめている。
「じゃあ領収書返して頂きたいのですが」
「え?」
一瞬、プロデューサーの顔が強張った。どう取り繕うべきか考えている。だが、彼はこうした点については頭の回転が極めて早い人間であった。
「処理に時間がかかってる。経理に言って後で返すよ」
「必ずですよ」
「経理次第だから約束は出来ないけどな。で、話を逸らすな。金、現金で寄越せ」
「領収書は書いて下さい、これ」
そう言って真希は何か紙を取り出した。
「ダメだ。そういうのは無し。お互いの信義の元にこういうのはやるんだ。昔からそうなんだよ。今のやり方は知らないが、こういうやり方しかうちの会社は許してないんだ」
言いたい事を言われたのか、真希は口を噤んだ。
「……そうまでして欲しいものでもないのですが」
「いいから。部下からこっちにサーバが欲しいって依頼が上がってきてるんだから、そこはPMの責任でちゃんと買えよ」
話が最初の、脅した時に戻ったようで、段々とプロデューサーはイライラしてきた。
「前も申し上げたかもしれませんが、そうした報告は上がってきておりません」
「ああもう、そういう本音を普通の会議で言うわけないだろ?タバコ部屋で聞いたんだよ。そこで気を利かせるために色々手を焼いてやってるっていうのに、なんでそこを飲み込めないのかな、最近の若い連中はさ」
「タバコ部屋会議は禁止って話だったと思うんですけど」
昨今の風潮で、情報漏洩の防止のため、プロジェクトルーム以外での業務会話は禁止とされている。これにはタバコ部屋も勿論含まれている。
「そんなの建前に決まってるだろ。どうせバレないんだからいいんだよ。さ、とっとと寄越せ、100万円」
「…………」
何を言っても聞くつもりが無いと理解したのか、PMは渋々封筒を手渡した。
「ではこれで失礼します」
真希はそう言って台車をプロジェクトルームに運び入れていった。
「おう、他に困っている事があったら言えよ。プロデューサーとして出来る事はちゃんとやるから」
プロデューサーが去っていく真希の背中に語りかけるが、特に反応は無い。
嘘つけ、とディレクターはそれを見ながら思うが、口には出せない。
「全くロクな感謝の言葉も無しか。最近の若いやつはダメだな、こういうときは『上司のために貢げて嬉しいですぅぅぅぅぅぅ』って泣いて喜ぶくらいの事しないといけないのに」
「全くですね」
心にもない事を言うディレクターであったが、ふとそのプロジェクトルームから入れ替わるように誰かが出てくるのが見えた。
「とっとと消えましょう」
「ああ。今日は早退だ。飲みに行くぞ」
「わーい」
そう言って二人はビルを後にした。




