50. 天へ至る魂
真っ暗です。
突然眼の前が真っ暗になってしまいました。
「ここは?ムリナ様?ニーチェ様?カエ?」
ワタクシは近くにいるはずの二人の名を、そしてドアの外辺りにいるであろうメイドの名を呼びました。
しかし応答はありません。
いいえ、応答だけではありません。そもそも私の声自体が耳に届きません。
耳?
手を伸ばして耳の存在を確認しようとして、違和感を覚えました。手が動かないのです。いいえ、これは違います。そもそも手がありません。
手だけではありません。耳も、鼻も。口もないし、足もありません。なんなら胴体もありません。感覚が無いというわけではなく、無いという事が何故かわかる、そんな不可思議な状態でございます。
そして周りにも、――感覚器官の全てが無いからなのかもしれませんが――何もありません。ただ暗闇だけが存在する、そんな空間ですわ。
ここ、来た覚えがございます。
何やらつい最近に通ったようなそうでないような。そんな記憶だけがぼんやりと残っております。一体、此処は何処なのでしょうか。
『漸く、漸く回収できた』
何かが泣き喚くような声が聞こえてきました。女性の声です。耳も無い今の状況で何故聞こえるのか?不明ではございますが、ともかくその声をちゃんと捉えようとしてみます。
『本当に皆様にはなんと申し上げればよいか……』
啜り泣くような声と共に、その声はどうも土下座か何かをしているようで。
何か声を掛けたいのですが、それが何故か叶いません。
『あ、今は魂の状態なので何も出来ません、今完全に引き上げますので少々お待ちを』
今魂とおっしゃいました?
どういう事なのでしょうか。訝しむワタクシですが、他方頭がうまく働かないと言いますか、脳がそもそも無いのでしょうか。よくわかりません。
そんなワタクシを無視して、その声はうんしょ、うんしょと言いながら何か動き始めました。するとワタクシの体――いや、操作は出来ない、感覚もあまり無いのですが――が上へ上へと向かっていくような気だけします。
すると周りの風景が変わってきました。そこは何やら機械らしいものが立ち並ぶ部屋で、誰かがカタカタとキーボードを打っています。ラックのようなものにノートパソコンのようなものが設置されています。パッと見かっこいいです。
「よし、電源落ちた」
「BIOS側でのデータ消去も完了です」
「よしよし、んじゃ持ち出せ」
「はい」
男の方が二人。キーボードとディスプレイが一体となったそれをガチャンと畳み、そして奥へ押し込むと、ラックから何かを取り外しはじめました。
しかしワタクシはそれを全部見ることは出来ませんでした。それより前に部屋を通り抜け。……通り抜け?いや確かに壁をすり抜けた……?
ワタクシ、自らの身に起きている事をいまいち理解出来ません。ですがそれに構わず、ワタクシの視界はどんどんどんどん上へ上へと昇っていきます。
会議室、事務室、事務室、応接室、会議室、事務室……。
三十は部屋を通り過ぎると、今度は空へ上がっていきました。
辺りの高層ビルよりも高く、高く、高く。
そして、ワタクシの視界には、真っ白で、雲の上のような世界が目に入りました。
それはまるで天国のようで――
「ようこそ、魂の管理所へ」
――眼前に現れた女性は、正しく天使、いや女神の如く美しく、天女のような羽衣を着ておりました。




